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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第5章 止まった世界の外側へ

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第83話 イベントは起きる

――動きは、ある。


それが一番厄介だった。


街は静止していない。

人は歩き、声を上げ、争い、泣き、笑う。

事件も起きる。事故もある。血も流れる。


なのに――

何も進んでいない。


カイは通りを歩きながら、その違和感を噛みしめていた。


昼下がりの市場。

人の流れは多く、雑音が重なっている。


突然、怒鳴り声が響いた。


「おい! 俺の袋がないぞ!」


振り向くと、商人が顔を真っ赤にして叫んでいる。

周囲がざわめき、誰かが走り去る影が見えた。


盗難だ。


(……起きたな)


カイは即座に動いた。

逃げる影を追い、路地へ入る。


距離は短い。

逃げ足も速くない。


角を曲がった先で、若い男が立ち止まっていた。

息を切らし、盗んだ袋を抱えている。


「……返せ」


低く言うと、男はびくりと肩を震わせた。


抵抗はなかった。

袋は戻り、商人は怒鳴りながらも礼を言った。


騒ぎは、あっさり終わる。


「助かったよ、兄ちゃん」


「よくあることなんだ。最近物騒でな」


周囲の空気は、すぐに日常へ戻った。


(……よくある、か)


その言葉が、引っかかる。


翌日。


同じ市場。

同じ時間帯。

同じ場所。


再び、怒鳴り声。


「おい! 俺の袋がないぞ!」


カイは、思わず足を止めた。


声の調子。

周囲の反応。

走り去る影の方向。


――昨日と、ほとんど同じだ。


(……偶然?)


だが、追わずにはいられなかった。


結果は同じだった。

犯人は違う。顔も違う。

だが、展開はほぼ一致している。


介入すれば収束する。

被害は最小限。

誰も深く傷つかない。


そして、誰も覚えていない。


「昨日も、似たことがあったよな?」


カイが商人にそう尋ねると、

相手は怪訝そうに首を傾げた。


「昨日?

いや……覚えてないな」


まるで、

最初から存在しなかった出来事のように。


別の日。


今度は小競り合いだった。


酒場の前で、二人の男が掴み合っている。

理由は些細だ。順番、視線、勘違い。


カイが間に入り、引き離す。


殴り合いは起きない。

怪我も残らない。


その場は収まる。


――翌日。


同じ酒場。

同じ位置。

似た口調。

違う顔。


まったく同じ規模の争い。


「よくあることだよ」


住民は、口を揃えてそう言う。


「街じゃ珍しくもない」


「忘れちまうくらい、些細なことさ」


カイの胸に、冷たいものが溜まっていく。


(……忘れてるんじゃない)


(残ってないんだ)


事件は起きる。

解決もする。


だが、

履歴が積み上がらない。


経験が、街に残らない。


それはまるで、

舞台装置が用意した“イベント”を、

何度も再生しているみたいだった。


カイは観測ログを開く。


――事件発生:記録

――介入:記録

――収束:記録


異常なし。


ログには、すべて残っている。


(……なのに)


街には、何も残らない。


被害者の警戒心も。

加害者の後悔も。

周囲の学習も。


翌日には、

まっさらな状態に戻っている。


「……なぁ」


カイは、通りすがりの女に声をかけた。


「この辺りで、最近事件が多くないか?」


女は少し考え、肩をすくめる。


「さぁ?

でも、まあ……よくあることじゃない?」


その答え。


それ自体が、

この街の異常だった。


よくある。

だから、気にしない。

だから、覚えない。


覚えないから、

同じことが起き続ける。


カイは歩きながら、理解していく。


ここでは――

「事件」は進行のトリガーではない。


物語を変えない。

世界を更新しない。


ただ起きて、

ただ消える。


(……イベントはある)


(でも、履歴がない)


つまりこの街は、

“消費される出来事”だけを許可している。


人が変わるような事件。

街が変わるような事故。

価値観が揺らぐような痛み。


そういうものは、

すべて削除される。


安全のために。

安定のために。


カイは足を止め、空を見上げた。


雲の流れすら、

どこか既視感がある。


(……これじゃ)


(生きてるんじゃなくて)


(再生されてるだけだ)


その瞬間、

観測ログの端が、かすかに揺れた。


――同一イベントの反復を検知


――影響度:基準値以下


基準値以下。


つまり――

何も問題がない。


カイは、唇を噛んだ。


「……ふざけるな」


事件が起きても、

誰も覚えない世界。


介入しても、

何も積み上がらない世界。


それは、

選択の結果が無意味な世界だ。


カイは拳を握る。


「なら……」


「覚えられないなら」


「残せないなら」


「……刻むしかない」


イベントではなく、

履歴として。


消費される出来事じゃなく、

削除できない変化として。


カイは、通りの奥へ歩き出した。


次に起きる事件を、

ただ解決するためじゃない。


――

世界に“残る形”で関わるために。


その背後で、

街はいつも通りに動いていた。


事件が起き、

収束し、

忘れられながら。


だが、

その繰り返しの中に、

小さな歪みが生まれ始めていることを――


まだ、誰も気づいていなかった。

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