第82話 選択肢が少なすぎる
――選択肢が、少なすぎる。
それは不安というより、
不自然さとしてカイの思考に引っかかっていた。
街は広い。
建物も多い。
道も入り組んでいる。
――はずだった。
カイは、街の外れへ向かって歩いている。
門を目指しているわけではない。
出口を知っているわけでもない。
ただ、
「外へ出ようとしている」
それだけだ。
最初の違和感は、分かれ道だった。
通りは確かに分岐している。
左へ伸びる細道。
右へ曲がる石畳の坂。
正面には、少し開けた通路。
見た目だけなら、選択肢は十分にある。
カイは、左を選んだ。
歩く。
数十歩。
曲がり角を二つ。
そして――
同じ広場に出た。
噴水。
欠けた女神像。
露店が並ぶ配置。
見覚えがあるどころじゃない。
さっき立っていた場所だ。
カイは立ち止まる。
(……偶然、か?)
もう一度、今度は右を選ぶ。
坂を下り、裏道へ入る。
人通りが減り、壁が近づく。
距離は確実に進んでいる。
足の疲れも、時間感覚も、嘘じゃない。
だが――
抜けた先は、やはり同じ広場だった。
同じ位置。
同じ角度。
同じ噴水の水音。
(……戻された?)
いや、違う。
戻った感覚はない。
引き返した覚えもない。
歩き続けた結果、同じ場所に到達した。
カイは額を押さえ、深く息を吐いた。
「……ループしてる?」
だが、その言葉は自分でもしっくりこなかった。
ループというには、
世界の反応が静かすぎる。
カイは観測ログを開く。
視界の端に、淡い文字列が浮かぶ。
――移動距離:正常
――時間経過:正常
――位置座標:正常
異常は、どこにも表示されていない。
(……は?)
カイは眉をひそめる。
距離は進んでいる。
時間も流れている。
座標も、嘘をついていない。
それなのに、
結果だけが同じになる。
「……つまり」
カイは、広場を見渡す。
視界に入るすべてが、
「ここに集約されるように設計されている」。
道は存在する。
分岐もある。
だが、それは見た目だけだ。
実際には――
どの選択肢を選んでも、同じ結果に辿り着く。
カイは、別の横道に入った。
狭い路地。
物陰。
行き止まりに見える壁。
だが、壁の向こうには確かに空間がある。
感覚がそう告げている。
一歩、踏み込む。
視界が歪み、
次の瞬間――
やはり、同じ広場だった。
噴水の水音が、やけに大きく響く。
(……選択肢が、存在しない)
正確に言えば、
**「存在しているように見せかけているだけ」**だ。
カイは、ゆっくりと歩きながら考える。
これは罠ではない。
敵意も感じない。
むしろ――
過剰な安全装置だ。
世界が、
「迷わせない」
「失敗させない」
「外へ行かせない」
そう決めている。
観測ログをもう一度確認する。
数値はすべて正常。
異常なし。
(……閉じてるのは、俺じゃない)
(世界の方だ)
ここは、
閉じたフィールド。
外へ向かうためのルートが、
最初から定義されていない空間。
探索は許されている。
移動も自由だ。
だが、
脱出という選択肢だけが存在しない。
カイは、広場の中央に立った。
周囲の道を、ゆっくり見回す。
左も、右も、奥も。
すべてが「戻ってくる道」。
まるで、
「考えなくていい」
「選ばなくていい」
と、世界に言われているみたいだった。
「……冗談じゃない」
低く呟く。
選択肢がない世界は、
安全かもしれない。
でも――
それは、生きているとは言えない。
カイは観測ログを閉じ、
感覚に集中する。
数値ではなく、
構造を見る。
道ではなく、
**道が拒まれている“境界”**を。
そのとき、
広場の端に、わずかな違和感を見つけた。
影の向きが、微妙にずれている。
音の反射が、不自然に鈍い。
そこだけ、
「戻されていない」。
カイの口元に、わずかに笑みが浮かんだ。
(……あるじゃないか)
(少なすぎるけど、ゼロじゃない)
選択肢は、
用意されていない。
だから――
自分で作るしかない。
カイは、その違和感の方へ歩き出した。
閉じたフィールドの中で、
初めて「外」を意識した一歩。
その瞬間、
観測ログの片隅に、
小さな警告が浮かんだ。
――想定外の行動を検知
カイは、足を止めない。
選択肢が少ないなら、
壊せばいい。
世界が用意していない道を、
踏み抜けばいい。
閉じた世界の中で、
最初に“閉じられていない場所”へ向かって。




