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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第4章 侵食域ノ聖遺構(レリック)

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第75話 調整者、降臨

 封印区画が、悲鳴を上げた。


 音ではない。

 空間そのものが限界を訴える――歪みだ。


 亜種核の回転が、明らかに段階を越えた。

 これまでの観測。判定。理解。


 ――終わった。


 次に来るのは破壊じゃない。

 侵食による再定義だ。


「……来る……!」


 レオンが歯を食いしばる。


 彼の周囲で結界が軋む。

 封印が揺れ、鎖が鳴り、空間がそれに耐えきれず歪んでいく。


 カイの視界が、また二重にぶれた。


(まずい……)


 観測特異点としての自分が、この暴走に引きずられている。

 “ここ”が、ほどける。


『全域に侵食拡大! 封印区画が持たない!』


 ミリアの声が通信越しに飛ぶ。


 亜種核の周囲で、黒い“揺れ”が膨張した。


 霧じゃない。影でもない。

 世界の定義が剥がれ落ちた残骸だ。


 床が溶ける。

 壁が意味を失う。

 空間が、“空間である理由”を忘れていく。


 次の瞬間――

 区画全体が、亜種核に呑み込まれる。


 ……はずだった。


 だが。


 世界が、ねじれた。


 あまりにも自然に。

 あまりにも当然のように。


 まるで、「最初からそこにあった調整値」へ戻されるみたいに。


 ――静止。


 亜種核の回転が、ピタリと止まった。


 侵食の拡張が、途中で押さえ込まれる。

 黒い揺れは見えない枠に詰め込まれ、広がれないと理解したように収縮を始めた。


「……?」


 カイは息を呑む。


 誰かが触った。

 観測でもない。破壊でもない。


 調整だ。


 ねじれが一点に収束し――


 そこに、人影が現れた。


 黒でも白でもない、曖昧な輪郭。

 だが次の瞬間、それははっきりと“人”として定義される。


 落ち着いた佇まい。

 静かな視線。感情の揺れが見えない。


 ――J。


「……これは」


 Jが、淡々と口を開く。


「調整すべき事態だ」


 英雄的な宣言も、説明もない。

 事後報告のような声。


 だが、その一言だけで空間が完全に“抑え”へ入った。


 Jは亜種核へ歩み寄る。

 武器はない。構えもしない。


 ただ、片手をかざす。


 瞬間、亜種核の揺らぎが変質した。


 暴走が鈍化する。

 消えるのではない。壊れるのでもない。


 存在を肯定したまま――

 振る舞いだけを書き換えている。


(……抑制……?)


 通信越しに、ミリアが息を呑む気配。


『……干渉方式が違う……破壊コードじゃない……』


 Jは静かに告げた。


「この核は、破壊すべき対象ではない」


 誰に向けた言葉でもない。

 だが全員が聞いていた。


「理解し、選別し、観測する。

 それ自体は、世界にとって“異物”ではない」


 亜種核の回転が、完全に制御下に置かれる。

 侵食が止まり、封印区画の歪みがゆっくり戻っていく。


「問題は――」


 Jの視線が一瞬、カイを掠めた。


「共鳴が起きたことだ」


 カイの胸の光片が、静かに脈打つ。


 Jはそれ以上言わず、視線を移す。


 レオンを見る。


 ほんの一瞬。

 だが、その沈黙には長い時間が詰まっていた。


「レオン」


 Jの声が、わずかに低くなる。


「君の封印が、ここまで揺らぐとは……想定外だった」


 レオンは鼻で笑う。


「……お前の監視が甘かっただけだろ、J」


 空気が張り詰める。


 だがJは否定しない。


「否定はしない」


 即答だった。


「私の想定は、常に“最悪を避ける”前提で組まれていた。

 だが――今回は、私の想定を超えた」


 Jの視線が、レオンの結界へ落ちる。

 軋む鎖。閉じきらない封印。


「……だから、自分を遠ざけた」


「そうだ」


「君が前に出れば、この規模の干渉が起きる可能性があった」


 レオンが拳を握る。


「……結果、起きた」


「だから、私は出てきた」


 Jははっきり言った。


「私は助けに来たわけじゃない。

 限界が来たから介入した」


 その言葉が刺さる。


 ずっと見ていた。

 ずっと抑えていた。

 ずっと、出ないでいた。


 それが破綻しただけだ。


 Jは亜種核へ視線を戻す。


「この核は、しばらく私が管理する」


 命令ではない。決定事項だった。


「破壊すれば、次が生まれる。

 抑制すれば、情報が残る」


 そして、カイを見る。


「君の観測特異点は、すでに臨界に近い」


 カイは言葉を失う。


「次に同じ共鳴が起きれば――

 私は“調整”では済まなくなる」


 警告だ。

 それも、逃げ道のない種類の。


 Jは踵を返す。

 空間が再びねじれ始める。


 去る準備。


「……J!」


 レオンが呼び止めた。


「次は……いつ、出てくる?」


 Jは一瞬だけ立ち止まり、振り返らずに答える。


「出てくる必要がなくなれば、それが最善だ」


 そして、続けた。


「だが――観測が壊れるなら、私は必ず出る」


 次の瞬間、Jの姿は消えた。


 空間は安定し、封印区画に静寂が戻る。


 だが誰も安堵しなかった。


 これは救済ではない。

 猶予だ。


 そして全員が理解する。


 調整者は、常に“遅れて現れる”存在だ。

 つまり――遅れた時点で、すでに終わりかけている。


 次に壊れるのは、世界か。

 観測か。

 それとも――主人公自身か。


 調整者、降臨。


 それは救いではなく、

 限界の証明だった。

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