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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第4章 侵食域ノ聖遺構(レリック)

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第73話 観測崩壊の前兆

 世界が、重なって見えた。


 二重ではない。三重、四重。

 重なっているのは像じゃない。――時間そのものだった。


 カイは、自分が立っている場所を掴めなくなる。


 足元には封印区画の床。

 だが同時に、かつて歩いた石畳があり、さらにその奥には、見覚えのない白い空間が透けていた。


(……何だ、これ)


 目を閉じても消えない。

 むしろ閉じた瞬間のほうが、別の光景がくっきり浮かび上がる。


 亜種核が回転していた。


 揺らぎは周囲を歪めるだけじゃない。

 カイの“観測”そのものに触れている。


 光片が限界まで明滅する。


 ドクン。

 ドクン。

 ドクン。


 心臓の鼓動と、観測の脈が同期していく。


 ――まだ、だめ。


 声は耳でも脳でもない。

 “認識の奥”から直接響いた。


(……共鳴してる)


 理解した瞬間、世界が一段、軋む。


 亜種核の周囲で、空間が剥がれるように裂けた。

 裂け目の向こうに見えるのは、黒でも白でもない、定義できない揺れ。


 空間じゃない。時間でもない。

 観測が成立する前の、未確定領域。


 視界が一気に引き延ばされる。


 幼い頃の記憶。

 初めて光片に触れた瞬間。

 前に聞いた混線する声。

 そして今、目の前に浮かぶ亜種核。


 全部が“現在”として押し寄せた。


「……っ!」


 カイは膝をつく。

 床に手をついた感触が、遅れて届く。


 だが同時に――

 別の場所で、同じ動作をしている感覚もあった。


(……俺、どこにいる……?)


 自分の輪郭が曖昧になる。

 観測している主体が定まらない。


 亜種核の中心に、焦点の光が走った。


 細く、鋭く、正確に。

 今度は――完全にカイだけを捉えている。


 その瞬間、言葉が“意味”ではなく“性質”として突き刺さった。


 ――観測特異点。


 視界が、さらに分裂する。


 現在の自分。

 過去の自分。

 そして――まだ存在していないはずの自分。


「……はは……」


 乾いた笑いが漏れた。

 笑った理由すら、追いついてこない。


 そのとき――


『カイ、聞こえる!?』


 ミリアの声が割り込んだ。


 通信だ。

 だが、その声すらわずかに遅れて、二重に響く。


「……ミリア……?」


『応答がズレてる……やっぱり!』


 声が切迫する。


『あなたの観測波形が、崩壊しかけてる!』


 同時に、カイの視界に“数値”が走った。


 見たことのない指標。

 なのに、なぜか理解できる。


 ――観測安定率。

 ――位相同期。

 ――自己定義係数。


 どれも、危険域。


「……観測、波形……?」


『そう! あなたの観測が亜種核と共鳴してる!』


 ミリアは早口だった。

 でも取り乱してはいない。――理解している者の声だ。


『本来、観測は“外部を見る行為”。

 でも今のあなたは違う。

 観測そのものが、対象になり始めてる』


 背筋が冷たくなる。


(……見られてる、だけじゃない)


 観測される構造に、取り込まれている。


 亜種核がさらに回転を速めた。


 封印区画の壁が波のように歪み、別の光景が透ける。

 かつての戦場。

 まだ見ぬ場所。

 崩壊した未来の断片。


 時間が、選ばれず流れ込んでくる。


『このままだと――』


 ミリアの声が途切れた。


 ノイズ。通信の乱れ。

 違う。


(……俺のせいだ)


 カイの観測が不安定だから、通信そのものが“確定”できない。


『聞いて、カイ!』


 ミリアが叫ぶ。


『あなたは今、世界を観測してるんじゃない!

 世界が、あなたを基準に再計算し始めてる!』


 言葉が、致命的な意味を帯びる。


 観測者が、基準点になる。

 それは――世界構造の書き換えだ。


「……そんな、こと……」


『ある! あなたは最初から特異点だった!』


 ミリアの声が震える。


『だからJは距離を取らせた!

 だからレオンは前に出なかった!

 あなたが前に出ると、観測が壊れるから!』


 胸が締め付けられる。


 Jの監視。

 レオンの封印。

 自分が前に出るたび、世界が軋んだ理由。


 全部が、一本に繋がった。


 亜種核の焦点が極限まで細くなる。


 光が、カイの視界を貫いた。


 瞬間――

 世界が、完全に重なった。


 過去と現在。

 選ばれなかった可能性。

 壊れた未来。


 すべてが同時に“在る”。


 叫ぼうとした。

 だが声が出ない。


 自分が、どの時間の自分なのか判別できない。


 ――まだ、だめ。


 混線の声が必死に訴える。


 ――ここで壊れたら、戻れない。


『カイ!』


 ミリアの声が、今度ははっきり届いた。


『観測を絞って!

 全部を見るな!

 一つだけ選んで!』


 選ぶ。


 見る世界を。

 今の自分を。

 立つ時間を。


 カイは歯を食いしばる。


(……俺は……)


 目の前にある亜種核。

 崩れかけた空間。

 そして、まだ戦っている仲間。


(……今、ここだ)


 意識を、無理やり一点に縛りつける。


 光片が悲鳴を上げるように輝いた。


 亜種核の揺らぎが、一瞬だけ乱れる。


 完全な崩壊じゃない。

 だが――前兆は、はっきり出た。


『……抑えた。

 でも、限界は近い』


 ミリアの声に、安堵と緊張が混じる。


 カイは荒い息を吐いた。


 視界はまだ完全には戻らない。

 世界は、薄く揺れ続けている。


 亜種核は再び、静かに回転し始めた。


 だが、その揺らぎには確かな変化があった。


 ――理解した。

 ――この存在は、壊れる。


 観測特異点としてのカイが、

 世界ごと崩壊させかねない存在であることを。


 そしてミリアも理解している。

 自分は前線に立たずとも、裏側から世界を支えているのだと。


 この戦いは、剣や力だけのものじゃない。


 観測が崩れれば、物語そのものが成立しなくなる。


 その瀬戸際に、彼らは立っていた。


 ――観測崩壊の前兆は、

 もう、始まっている。

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