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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第4章 侵食域ノ聖遺構(レリック)

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第71話 侵食核・亜種

 封印区画の中心は、異様なほど静まり返っていた。


 遺構の奥へ進むにつれ、壁の曲線は不自然なほど滑らかになっていく。

 床には継ぎ目がなく、削った形跡も見当たらない。


 ――作られた空間ではない。

 最初から、「そう在ること」を前提に定義された場所。


「……ここが、中心?」


 ミリアの声は、無意識に抑えられていた。

 音が反響する以前に、**空間そのものが“音を拒んでいる”**ような感覚があったからだ。


 円形の広間。

 その中央に――何かが、浮かんでいる。


 最初は影に見えた。

 だが、目が慣れるにつれて理解する。


 それは影ではない。


 黒に限りなく近い、濃密な色の塊。

 固体のようでいて輪郭はわずかに揺らぎ、内部には押し込められた光が、鼓動のように脈打っている。


 ――侵食者の核。


 カイの脳裏に、過去に対峙した記憶がよぎる。

 暴走し、喰らい、触れたものすべてを歪める、理性なき破壊の塊。


 だが――

 目の前のそれは、決定的に違っていた。


「……動かない?」


 ミリアが、確かめるように呟く。


 核は、距離を詰めても反応しない。

 逃げもせず、威嚇もなく、攻撃の兆しすらない。


 ただ――

 “間”を取っている。


 カイの背筋を、嫌な汗が伝った。


(……見てる)


 根拠はない。

 だが、確信だけがあった。


 核の表面を、かすかな揺らぎが走る。

 それは視線のようでもあり、呼吸のようでもある。


「……これは」


 レオンが、低く息を吐いた。

 その声には、いつもの冷静さがわずかに欠けている。


「普通の侵食者核ではありません」


「違うの?」


「ええ。

 通常の核は、接触した瞬間に反応します。

 壊すか、喰らうか――迷いはない」


 レオンの視線は、核から一瞬も離れない。


「ですが、これは……

 こちらを測っている」


 その言葉が落ちた瞬間、空間の温度が一段階だけ下がった気がした。


「測る……?」


「どの程度の存在か。

 どれほど危険か。

 どこまで踏み込めるか――」


 核の揺らぎが、ほんの一瞬だけ強まる。


 カイは悟った。


(……こいつ、わかってる)


 自分たちが、ただの侵入者ではないことを。

 そして――自分が特に異質であることを。


 光片が、警告するように強く脈打つ。


 ドクン。


 胸の奥がざらついた。

 前で聞いた、あの混線する声が、微かに重なる。


 ――まだ。


「……下がってください」


 レオンが一歩前に出た。


「レオン?」


 ミリアの声にも、彼は振り返らない。


「これは……侵食核の亜種です」


「亜種……?」


「上位と呼んでもいい。

 少なくとも、私の知る侵食者とは次元が違う」


 核が、ゆっくりと回転した。


 音はない。

 だが、空間が僅かに歪む。


 それは攻撃ではない。


 観測。


「……見られてる」


 ミリアが後ずさる。


「ええ」

 レオンは静かに続けた。

「これまでは、私たちが世界を観測する側でした。

 ですが、これは違う」


 声が、低く沈む。


「これは――

 私たちを、観測してくる側です」


 核の中心に、細い光の線が走った。

 焦点を合わせる、眼のように。


 その瞬間、レオンの直感が警鐘を鳴らす。


(……危険だ)


 理由はいらない。

 封印の奥に眠る“何か”が、悲鳴を上げている。


「……これは、ヤバい」


 レオンは断言し、構えた。


「カイ、ミリア。

 これは話し合う相手じゃない」


「まだ、襲ってきてない!」


「だからです」

 即答だった。

「“今は”観察しているだけ。

 理解が終われば……次に来る」


 核の揺らぎが、微妙に変質する。

 結論に近づいた――そんな気配。


「……俺を見てる」


「でしょうね」

 レオンは一瞬だけカイを見る。

「あなたは、観測の外側に触れている。

 こいつにとっても、無視できない存在だ」


 光片が、限界まで輝く。


 混線する声が、はっきりと届いた。


 ――まだ、だめ。


 だが、待ってはくれない。


 核の周囲に、侵食の気配が立ち上がる。


「来るぞ!」


 次の瞬間――

 観測される側だった世界が、反転した。


 彼らはもはや、見る者ではない。


 見られる存在として、戦闘へ引きずり込まれる。


 物語は、確実に一段階、深みに踏み込んだ。


 ――この敵は、ただ壊すための存在ではない。


 理解し、選び、

 そして――こちらを試している。


 それを悟った時には、

 すでに退路という概念は、消えていた。

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