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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第4章 侵食域ノ聖遺構(レリック)

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第69話 消された足跡

 光の少女が消えたあと、

 遺構の内部は不思議な静けさに包まれていた。


 音が消えたわけではない。

 足音も、衣擦れも、呼吸も、確かにある。

 それでも──何かが一歩引いたような感覚だけが残っている。


「……今の、何だったんだろうね」


 ミリアがぽつりと呟いた。

 カイはすぐに答えられず、手の中の光片を見つめたまま黙っていた。


 レオンもまた、胸元に残る違和感を確かめるように、

 ゆっくりと呼吸を整えている。


「一度、整理しよう」

 ミリアが言った。

「ここ……感じたまま進むには、情報が足りなさすぎる」


 そう言って、携えていた記録板を取り出す。

 外見は簡素だが、周囲の変化や反応を残すための、

 レオン由来の観測道具だ。


「さっきの“光の子”は、たぶん記録には残らない」

 ミリアは続ける。

「でも、この場所全体なら……何か引っかかるはず」


 床に膝をつき、記録板を地面へ近づける。

 淡い光が広がり、遺構の内部をなぞるように揺れた。


 しばらくして──


「……ねえ、これ」


 ミリアの声が、少し低くなる。


「変だよ」


「変?」

 カイが近づく。


「うん。

 “最初から何もなかった”って感じじゃない」


 記録板の表示が切り替わる。


「“あったはずのところ”だけ、すごく静かに抜けてる。

 消えた、っていうより……

 最初から触らなかったみたいな空白」


 カイが覗き込むと、確かにそこだけ不自然だった。

 周囲は細かな揺れや反応で埋まっているのに、

 その部分だけが妙に滑らかだ。


「……確かに」

 カイが呟く。

「何もなかったなら、こんなきれいに空かない」


「でしょ?」

 ミリアは頷く。

「雑に消した感じじゃない。

 消したなら、もっと引っかかるはずなのに……

 ここだけ、避けてる」


 その言葉に、レオンが反応した。


「……避けている、ですか」


「うん。

 残っちゃいけないところだけ、

 そっと抜いていった感じ」


 ミリアは少し黙り込み、記録板を見つめ続ける。

 やがて、ぽつりと言った。


「……前に、見たことある」


 カイとレオンが同時に顔を上げる。


「前に?」

 カイが聞く。


「はっきりとは覚えてないけど……

 レオンが残してたログを整理してた時」

 ミリアは眉をひそめた。

「こういう“消え方”、見た記憶がある」


 レオンの表情が、わずかに変わった。


「……なるほど」


「名前までは言えないけど」

 ミリアは続ける。

「見た瞬間、同じ引っかかり方した。

 理由は説明できないけど……

 嫌な感じが、同じ」


 空気が、ひとつ締まる。


 レオンはゆっくりと息を吐いた。


「それは……偶然ではありません」


「やっぱり?」

 ミリアが顔を上げる。


「ええ。

 これは“消された”のではなく、

 **“残さないように処理された”痕跡です」


 カイは拳を握った。


「……じゃあ、誰かがここで何か起きるって、

 最初から分かってた?」


「少なくとも、“何かが起きる”ことは予測していたでしょう」

 レオンは静かに言う。

「そして、その痕跡だけを消した」


 ミリアは、悔しそうに唇を噛んだ。


「……放っておいた、って感じじゃないよね」


「ええ。

 何もしなかったわけではありません」


 レオンは、遺構の奥を見つめた。


「この消し方……

 Jのやり方です」


 カイの胸が、重く鳴った。


「……やっぱり、Jか」


「彼はいつもそうでした」

 レオンは淡々と言う。

「すべてを消さない。

 “見せなくていい部分だけ”を消す」


 ミリアは記録板を閉じた。


「つまり……

 Jは、ここで起きることを知ってた。

 でも、自分は前に出なかった」


「ええ」

 レオンは頷く。

「舞台だけ整えて、

 “辿り着いた者”に続きを託したのでしょう」


 カイは、遺構の奥へ視線を向けた。


「……逃げたわけじゃ、ないんだな」


「うん」

 ミリアが静かに答える。

「むしろ……

 出てこられなかった感じがする」


 三人の視線が、自然と奥へ揃う。


 消された足跡。

 残された構造。

 そして、名を持たない呼び声。


 それらは、一本の線でつながり始めていた。


 Jは、この場所に何も残さなかったわけじゃない。

 残すべきでないものだけを、消したのだ。


 そして今──

 消された足跡の、その先に、ようやく辿り着いた。


 カイは光片を見つめ、静かに言った。


「……行こう。

 Jが隠した“続き”を、確かめに」


 三人は、再び歩き出す。

 消された痕跡の、その奥へ。


 Jの不在は、

 もはや“不在”ではなかった。


 それは──

 遅れて現れるための、準備だったのだから。

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