第69話 消された足跡
光の少女が消えたあと、
遺構の内部は不思議な静けさに包まれていた。
音が消えたわけではない。
足音も、衣擦れも、呼吸も、確かにある。
それでも──何かが一歩引いたような感覚だけが残っている。
「……今の、何だったんだろうね」
ミリアがぽつりと呟いた。
カイはすぐに答えられず、手の中の光片を見つめたまま黙っていた。
レオンもまた、胸元に残る違和感を確かめるように、
ゆっくりと呼吸を整えている。
「一度、整理しよう」
ミリアが言った。
「ここ……感じたまま進むには、情報が足りなさすぎる」
そう言って、携えていた記録板を取り出す。
外見は簡素だが、周囲の変化や反応を残すための、
レオン由来の観測道具だ。
「さっきの“光の子”は、たぶん記録には残らない」
ミリアは続ける。
「でも、この場所全体なら……何か引っかかるはず」
床に膝をつき、記録板を地面へ近づける。
淡い光が広がり、遺構の内部をなぞるように揺れた。
しばらくして──
「……ねえ、これ」
ミリアの声が、少し低くなる。
「変だよ」
「変?」
カイが近づく。
「うん。
“最初から何もなかった”って感じじゃない」
記録板の表示が切り替わる。
「“あったはずのところ”だけ、すごく静かに抜けてる。
消えた、っていうより……
最初から触らなかったみたいな空白」
カイが覗き込むと、確かにそこだけ不自然だった。
周囲は細かな揺れや反応で埋まっているのに、
その部分だけが妙に滑らかだ。
「……確かに」
カイが呟く。
「何もなかったなら、こんなきれいに空かない」
「でしょ?」
ミリアは頷く。
「雑に消した感じじゃない。
消したなら、もっと引っかかるはずなのに……
ここだけ、避けてる」
その言葉に、レオンが反応した。
「……避けている、ですか」
「うん。
残っちゃいけないところだけ、
そっと抜いていった感じ」
ミリアは少し黙り込み、記録板を見つめ続ける。
やがて、ぽつりと言った。
「……前に、見たことある」
カイとレオンが同時に顔を上げる。
「前に?」
カイが聞く。
「はっきりとは覚えてないけど……
レオンが残してたログを整理してた時」
ミリアは眉をひそめた。
「こういう“消え方”、見た記憶がある」
レオンの表情が、わずかに変わった。
「……なるほど」
「名前までは言えないけど」
ミリアは続ける。
「見た瞬間、同じ引っかかり方した。
理由は説明できないけど……
嫌な感じが、同じ」
空気が、ひとつ締まる。
レオンはゆっくりと息を吐いた。
「それは……偶然ではありません」
「やっぱり?」
ミリアが顔を上げる。
「ええ。
これは“消された”のではなく、
**“残さないように処理された”痕跡です」
カイは拳を握った。
「……じゃあ、誰かがここで何か起きるって、
最初から分かってた?」
「少なくとも、“何かが起きる”ことは予測していたでしょう」
レオンは静かに言う。
「そして、その痕跡だけを消した」
ミリアは、悔しそうに唇を噛んだ。
「……放っておいた、って感じじゃないよね」
「ええ。
何もしなかったわけではありません」
レオンは、遺構の奥を見つめた。
「この消し方……
Jのやり方です」
カイの胸が、重く鳴った。
「……やっぱり、Jか」
「彼はいつもそうでした」
レオンは淡々と言う。
「すべてを消さない。
“見せなくていい部分だけ”を消す」
ミリアは記録板を閉じた。
「つまり……
Jは、ここで起きることを知ってた。
でも、自分は前に出なかった」
「ええ」
レオンは頷く。
「舞台だけ整えて、
“辿り着いた者”に続きを託したのでしょう」
カイは、遺構の奥へ視線を向けた。
「……逃げたわけじゃ、ないんだな」
「うん」
ミリアが静かに答える。
「むしろ……
出てこられなかった感じがする」
三人の視線が、自然と奥へ揃う。
消された足跡。
残された構造。
そして、名を持たない呼び声。
それらは、一本の線でつながり始めていた。
Jは、この場所に何も残さなかったわけじゃない。
残すべきでないものだけを、消したのだ。
そして今──
消された足跡の、その先に、ようやく辿り着いた。
カイは光片を見つめ、静かに言った。
「……行こう。
Jが隠した“続き”を、確かめに」
三人は、再び歩き出す。
消された痕跡の、その奥へ。
Jの不在は、
もはや“不在”ではなかった。
それは──
遅れて現れるための、準備だったのだから。




