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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第4章 侵食域ノ聖遺構(レリック)

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第68話 封印が軋む

 遺構の奥へ進むにつれ、空気が変わっていくのを三人は感じていた。

 息が詰まるほどではない。

 だが、見えない圧が外から押すのではなく、内側へ向かって収束してくる。


「……なんか、さっきより歩きにくくない?」

 ミリアが声を落とす。


「ええ」

 レオンは短く答えた。

「この場所……空間そのものが、内側へ閉じていく構造です」


 その表情は、これまでになく硬い。


 カイには理由が分かる気がしていた。

 光片の脈が、明らかに変わっている。


 一定だったリズムが崩れ、

 何かに“照合”されるように、不規則な強弱を繰り返していた。


 そして──


「……っ」


 レオンが、足を止めた。


「レオン?」

 カイが振り返る。


 レオンは胸元に手を当て、深く息を吸っている。

 痛みではない。

 内側から何かが押し返してくる違和感に耐えている様子だった。


「……来ましたね」

 低く、確信を含んだ声。


「何が?」

 ミリアの声が緊張する。


 次の瞬間、レオンの胸元が淡く光った。


「え……?」


 衣服の下、心臓の位置。

 そこに一瞬だけ、光で描かれた紋様が浮かび上がる。


 円でも文字でもない。

 だが、意味を持つ形だと直感できる“配置”。


「……封印が、反応しています」

 レオンは静かに言った。


「封印……?」

 カイが聞き返す。


「はい」

 レオンは視線を逸らさない。

「私の中にある“上層の欠片”を抑えるためのものです」


 ミリアが息をのむ。


「じゃあ……ここに来たせいで?」


「ええ」

 苦笑が浮かぶ。

「この遺構は、私の封印と同じ“由来”を持つ。

 近づくほど……互いに軋む」


 カイは光片を強く握った。

 胸の奥で、別の鼓動が重なる。


 そのとき──


「……?」


 視界の端で、何かが揺れた。


 壁でも、床でもない。

 空間そのものに、細かな光の粒が集まり始めている。


(……なんだ)


 粒はゆっくりと形を結び──

 やがて、一人の少女の姿を取った。


 小柄で、年若い。

 身体は透けていて、輪郭が定まらない。

 だが、確かに“立っている”。


「……」


 言葉が出なかった。


 少女は、カイだけを見ていた。

 他の誰でもなく。


「……カイ?」

 ミリアが不思議そうに言う。

「どうしたの?」


「……見えない?」

 無意識に、そう聞いていた。


「え? 何が?」

 ミリアは完全に戸惑っている。


 カイは、ゆっくりとレオンを見る。


「レオン……あそこに……」


 レオンは、その方向を見た。

 だが、首をかしげる。


「……何も、見えませんが」


 その瞬間、理解した。


(……俺にしか、見えてない)


 少女は動かない。

 ただ、光の粒が静かに揺れている。


 そして──

 胸の奥に、あの感覚が流れ込んできた。


 ──だいじょうぶ。


 声ではない。

 だが、意味が直接伝わる。


「……ここに、誰かがいる」

 カイは、ゆっくり言った。

「たぶん……ずっと前から」


 ミリアは慌てて記録板を確認する。


「……異常なし。

 空間の乱れも、光の反応も……外側からは観測できない」


 つまり──

 外では、何も起きていない。


 レオンは、すぐに理解した。


「……なるほど」

 カイを見つめる。

「あなたにだけ、見えているのですね」


「……そうみたいだ」


「それは、あなたが“観測の特異点”だからです」


 ミリアが息を詰める。


「それって……?」


「普通の観測者は、“起きた事象”しか捉えられません」

 レオンは静かに続ける。

「ですが、カイ君は……

 “存在しようとするもの”を先に捉えてしまう」


 胸元の紋様が、再び淡く光る。


「私は“上層の欠片を封じた者”」

 一拍置く。

「そしてあなたは──

 それを見ることができる者」


 少女が、一歩だけ前に出た。


 音はない。

 光の粒が床に落ち、また集まる。


 カイは、無意識に一歩踏み出していた。


「……君は……」


 名を呼ぼうとして、止まる。


 まだ、名はない。

 だが──

 知っている気がした。


 少女は、微笑んだように見えた。


 次の瞬間、光の粒が散り、

 彼女の姿は消えた。


「……消えた?」

 ミリアが不安そうに言う。


「ああ……」

 カイは胸を押さえる。

「でも……進めって、言われた気がする」


 レオンは、静かに頷いた。


「ええ」

 低い声。

「この場所は、私にとっては“封印を揺らす場”。

 そしてあなたにとっては──

 呼び声と、初めて重なった場所です」


 光片が、深く脈を打つ。


 ──進め。


 封印が軋み、

 光の少女が現れ、

 そして消えた。


 この遺構が、

 レオンとカイ、両方の因縁を抱えた場所であることは、

 もはや疑いようがなかった。


 三人は、再び歩き出す。


 封印の奥へ。

 呼び声の先へ。


 まだ名を持たない光の少女は、

 確かに、この遺構のさらに奥で待っている。


 ──カイは、そう確信していた。

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