第68話 封印が軋む
遺構の奥へ進むにつれ、空気が変わっていくのを三人は感じていた。
息が詰まるほどではない。
だが、見えない圧が外から押すのではなく、内側へ向かって収束してくる。
「……なんか、さっきより歩きにくくない?」
ミリアが声を落とす。
「ええ」
レオンは短く答えた。
「この場所……空間そのものが、内側へ閉じていく構造です」
その表情は、これまでになく硬い。
カイには理由が分かる気がしていた。
光片の脈が、明らかに変わっている。
一定だったリズムが崩れ、
何かに“照合”されるように、不規則な強弱を繰り返していた。
そして──
「……っ」
レオンが、足を止めた。
「レオン?」
カイが振り返る。
レオンは胸元に手を当て、深く息を吸っている。
痛みではない。
内側から何かが押し返してくる違和感に耐えている様子だった。
「……来ましたね」
低く、確信を含んだ声。
「何が?」
ミリアの声が緊張する。
次の瞬間、レオンの胸元が淡く光った。
「え……?」
衣服の下、心臓の位置。
そこに一瞬だけ、光で描かれた紋様が浮かび上がる。
円でも文字でもない。
だが、意味を持つ形だと直感できる“配置”。
「……封印が、反応しています」
レオンは静かに言った。
「封印……?」
カイが聞き返す。
「はい」
レオンは視線を逸らさない。
「私の中にある“上層の欠片”を抑えるためのものです」
ミリアが息をのむ。
「じゃあ……ここに来たせいで?」
「ええ」
苦笑が浮かぶ。
「この遺構は、私の封印と同じ“由来”を持つ。
近づくほど……互いに軋む」
カイは光片を強く握った。
胸の奥で、別の鼓動が重なる。
そのとき──
「……?」
視界の端で、何かが揺れた。
壁でも、床でもない。
空間そのものに、細かな光の粒が集まり始めている。
(……なんだ)
粒はゆっくりと形を結び──
やがて、一人の少女の姿を取った。
小柄で、年若い。
身体は透けていて、輪郭が定まらない。
だが、確かに“立っている”。
「……」
言葉が出なかった。
少女は、カイだけを見ていた。
他の誰でもなく。
「……カイ?」
ミリアが不思議そうに言う。
「どうしたの?」
「……見えない?」
無意識に、そう聞いていた。
「え? 何が?」
ミリアは完全に戸惑っている。
カイは、ゆっくりとレオンを見る。
「レオン……あそこに……」
レオンは、その方向を見た。
だが、首をかしげる。
「……何も、見えませんが」
その瞬間、理解した。
(……俺にしか、見えてない)
少女は動かない。
ただ、光の粒が静かに揺れている。
そして──
胸の奥に、あの感覚が流れ込んできた。
──だいじょうぶ。
声ではない。
だが、意味が直接伝わる。
「……ここに、誰かがいる」
カイは、ゆっくり言った。
「たぶん……ずっと前から」
ミリアは慌てて記録板を確認する。
「……異常なし。
空間の乱れも、光の反応も……外側からは観測できない」
つまり──
外では、何も起きていない。
レオンは、すぐに理解した。
「……なるほど」
カイを見つめる。
「あなたにだけ、見えているのですね」
「……そうみたいだ」
「それは、あなたが“観測の特異点”だからです」
ミリアが息を詰める。
「それって……?」
「普通の観測者は、“起きた事象”しか捉えられません」
レオンは静かに続ける。
「ですが、カイ君は……
“存在しようとするもの”を先に捉えてしまう」
胸元の紋様が、再び淡く光る。
「私は“上層の欠片を封じた者”」
一拍置く。
「そしてあなたは──
それを見ることができる者」
少女が、一歩だけ前に出た。
音はない。
光の粒が床に落ち、また集まる。
カイは、無意識に一歩踏み出していた。
「……君は……」
名を呼ぼうとして、止まる。
まだ、名はない。
だが──
知っている気がした。
少女は、微笑んだように見えた。
次の瞬間、光の粒が散り、
彼女の姿は消えた。
「……消えた?」
ミリアが不安そうに言う。
「ああ……」
カイは胸を押さえる。
「でも……進めって、言われた気がする」
レオンは、静かに頷いた。
「ええ」
低い声。
「この場所は、私にとっては“封印を揺らす場”。
そしてあなたにとっては──
呼び声と、初めて重なった場所です」
光片が、深く脈を打つ。
──進め。
封印が軋み、
光の少女が現れ、
そして消えた。
この遺構が、
レオンとカイ、両方の因縁を抱えた場所であることは、
もはや疑いようがなかった。
三人は、再び歩き出す。
封印の奥へ。
呼び声の先へ。
まだ名を持たない光の少女は、
確かに、この遺構のさらに奥で待っている。
──カイは、そう確信していた。




