第67話 観測殻に似た内部構造
遺構の内部は、外から想像していたよりも静かだった。
大地を押し上げるほどの力で現れた建造物だというのに、足を踏み入れた瞬間──音という音が“遠ざかった”。
消えた、というより。
距離が伸びたような感覚。
カイは一歩、また一歩と慎重に進む。
足元は石の床のはずなのに、冷たさがない。
むしろ、わずかに体温を返してくるような、不思議なぬくもりがあった。
「……中、思ったより狭くないね」
ミリアが小さく言う。
「ええ。ただし……単純な空間ではありません」
レオンは周囲を見回しながら答えた。
壁や天井の“形”だけを見ているのではない。
形の裏にある規則を読み取ろうとしている視線だった。
内部は円筒に近く、通路はなめらかな曲線を描いている。
角がほとんどない。
削ったというより、最初から“そう在る”ような形。
カイは胸の奥がざわつくのを感じていた。
(……見覚えがある)
理由は分からない。
だが、この感覚は初めてではない。
夢の続きを踏んだような、既視感の気配。
「ねぇ……ここ」
ミリアが壁を指した。
「レオンが使ってる“観測殻”と、ちょっと似てない?」
レオンは足を止め、静かに頷く。
「はい。私も同じことを感じています」
声は低い。
「構造の考え方が……非常によく似ている」
「じゃあ、やっぱり……」
ミリアが言いかけて口をつぐむ。
「ええ。ただし、決定的な違いがあります」
レオンは壁の表面に手をかざした。
触れていない。
だが、その距離で十分だと言わんばかりに、指先が微かに震える。
「情報の“詰まり方”が……異常です」
「詰まり方?」
カイが首をかしげる。
「私の観測殻は、“必要な分だけ”情報を流します」
レオンは淡々と続けた。
「ですがここは違う。
……世界そのものを押し込めようとしたような密度だ」
ミリアが肩をすくめる。背中に冷たいものが走った顔だ。
「それって……多すぎるってこと?」
「ええ。多すぎて、普通なら受け取れない」
レオンは言い切った。
「触れただけで、意識が壊れてもおかしくない量です」
カイは無意識に、壁へ近づいていた。
「カイ?」
ミリアが声をかける。
「……大丈夫」
自分でも、言葉が曖昧だと感じる。
「なんか……呼ばれてる気がする」
それは、前に感じた“女性の呼び声”と同じ質だった。
やさしい。
けれど、曖昧さがない。
カイは、そっと壁に手を触れた。
その瞬間──
視界が、白く弾けた。
眩しい光ではない。
内側から立ち上がる光が、眼球の裏を走る。
壁の内側から細い線が無数に伸び、絡み合い、編まれ、形を成す。
文字。
だが、見慣れた文字ではない。
線と線が重なり、ほどけ、結び直される。
“読む”というより、意味が先に流れ込む。
──《接続条件:確認》
──《観測点:応答》
──《権限照合……不完全》
──《許可範囲:暫定》
「っ……!」
声を上げる暇もなかった。
光は霧のように消え、通路の静けさが戻る。
カイは反射的に手を引っ込め、息を荒くした。
「カイ!? どうしたの!」
ミリアが駆け寄る。
レオンの声は低く、鋭い。
「……今、何が見えました?」
「……見えた」
カイは喉の乾きを飲み込みながら言う。
「一瞬だけ……光る文字みたいなのが」
ミリアとレオンが同時に息をのむ。
「文字……?」
ミリアは信じられないという顔をした。
「ここ、情報が多すぎて……普通は“見えない”はずだよ?」
レオンはカイを真っ直ぐ見つめる。
「……あなたは、それを“読んだ”のですね」
「読んだってほどじゃない」
カイは首を振る。
「意味が……勝手に分かっただけだ」
短い沈黙。
そしてレオンが、はっきりと言った。
「それは……“普通の観測者候補”にはできません」
カイの胸が強く脈打つ。
光片の鼓動と、奇妙に重なる。
「どういう意味だ?」
「観測殻に似た構造は、選ばれた者にしか反応しません」
レオンは言葉を選びながら続ける。
「しかもここは、私の知るものより……さらに“上”の考え方で作られている」
ミリアがごくりと唾を飲む。
「じゃあ……この遺構って……」
「ええ。単なる古代遺跡ではありません」
レオンは静かに言い切った。
「“上層”と、そのさらに奥──
未知の技術が、混ざっています」
カイは完全には理解できなかった。
だが、一つだけ分かる。
この場所は、誰でも入れる場所ではない。
そして自分は──
**“入れてしまった側”**だ。
「ねぇ、カイ……」
ミリアの声が少し震える。
「さっき見えた文字……怖くなかった?」
カイは少し考え、正直に答えた。
「……怖かった」
一拍置く。
「でも、それ以上に……懐かしかった」
レオンの表情が、わずかに揺れた。
「やはり……」
彼は小さく息を吐く。
「あなたは、この遺構にとって“異物”ではない」
通路の奥で、淡い光がまたたいた。
壁の内側を、何かがゆっくり動いている気配。
光片が、低く、深く脈打つ。
──次へ。
言葉ではない。
だが、確かな指示。
「……進めってことだな」
カイが言う。
ミリアは覚悟を決めたように頷いた。
「うん。もう後戻りできない感じだし」
レオンは一歩前に出て、静かに言った。
「この遺構は、あなたを“試して”います」
そして、続ける声が少しだけ硬くなる。
「同時に……あなたを“迎え入れよう”としている」
三人は歩き出した。
観測殻に似て、しかしまったく別の思想で作られた内部へ。
世界の下に隠されていた、
**“上層と未知が交わる場所”**の、さらに奥へ。
カイの胸の奥で、光片と同じリズムの鼓動が静かに続いていた。
それはもう偶然ではない。
この場所は、彼を待っていた。
そして──
「暫定」の文字が、次に何を要求するかだけが、まだ分からなかった。




