第66話 地層からせり上がるもの
光片の脈が、これまでで最も強くなっていた。
ただ方向を示すのではない。
まるで地面そのものを引き寄せるかのように、赤い光が揺れている。
「……この辺りだ」
カイが足を止めると、ミリアとレオンも自然と歩みを止めた。
森は不気味なほど静まり返り、風の音すら遠く感じられる。
そこだけ、地面がわずかに盛り上がっていた。
岩とも土ともつかない色合いの地表が、
波打つように不自然な隆起を描いている。
「ここが……空白域の中心?」
ミリアが小さく息をのむ。
その問いに答えるように──
地面が、きしりと音を立てた。
「……え?」
次の瞬間。
ズ……ゴゴゴ……。
低く、鈍い音。
大地が“めくれ上がる”。
土が裂け、岩が押しのけられ、
長い眠りから覚めるように、何かが姿を現した。
「……うそ……」
ミリアの声が、震えた。
それは──建物だった。
石で組まれているのに、どこか滑らかで、
装飾はあるのに意味が読めず、
古いはずなのに、完全には崩れていない。
まるで、大地の下に
無理やり押し込められていた記憶。
「……埋まってたんじゃない」
カイの声がかすれる。
「“押し込められてた”んだ……」
構造物は地層を突き破るように半身を現し、
静かに、しかし確実に、そこに“在る”と主張していた。
その瞬間。
「……っ……」
レオンが、息を詰まらせた。
「レオン!?」
カイが振り返る。
彼の表情は、これまで見たことのないほど強張っている。
痛みというより──
内側で何かが目を覚ましたような戸惑いと緊張。
「大丈夫!?」
ミリアが駆け寄る。
レオンは深く息を吸い、しばらく何も言わなかった。
視線は、せり上がった構造物から離れない。
「……やはり」
低く、確信を帯びた声。
「ここは……
私の“封印”が、反応する場所です」
空気が、一瞬で冷えた。
「……封印?」
カイが聞き返す。
ミリアも、息をのむ。
「どういう……意味?」
レオンは、わずかに苦笑した。
「隠していたわけではありません」
だが、視線は逸らさない。
「ただ……話す必要がないと思っていただけです」
彼は、胸元に手を当てる。
「私の中には、かつて“深層”から持ち帰ってしまったものがあります。
それをこの世界に影響させないため──
私は、自分自身に封じをかけました」
「……自分に?」
ミリアの目が見開かれる。
「はい。
完全ではありませんが……
“必要な時以外、表に出ないように”」
レオンは再び、構造物を見つめた。
「そして、この場所は……
その封印と、同じ“深さ”にある」
カイは、ゆっくり理解し始めていた。
「じゃあ、この空白域は……」
言葉を選びながら続ける。
「最初から、レオンと関係してた?」
「ええ」
即答だった。
「少なくとも、無関係ではありません」
その声は落ち着いている。
だが、内側で何かが揺れている。
「この構造物……
私がかつて“深層”で見たものと、よく似ています」
「……偶然じゃ、ないよね」
ミリアの声が、かすかに震える。
「偶然なら……」
レオンは静かに言った。
「ここまで、私の中が騒ぐことはありません」
構造物の表面に、淡い赤い光が走った。
光片の脈と──完全に同期している。
カイは、光片を握りしめた。
──ドクン。
──ドクン。
まるで、大地と、構造物と、レオンと、
そして自分が、同じ鼓動を共有しているかのようだ。
「……俺だけが呼ばれてると思ってた」
カイは、正直に言った。
「でも……違うな」
視線を、レオンに向ける。
「レオンも……呼ばれてる」
レオンは一瞬、目を閉じ──
そして、静かに頷いた。
「ええ」
低い声。
「正確には……
“私の中のもの”が、ここに応えているのでしょう」
ミリアが、構造物を見上げてつぶやく。
「じゃあ、この場所は……
封印を試すための場所?」
「あるいは」
レオンは続ける。
「封印が解ける“前提条件”が、揃った場所」
背筋に、冷たいものが走る。
「……解けたら、どうなる?」
カイが問う。
レオンは、少し考え──
率直に答えた。
「分かりません」
そして、付け加える。
「ただ……
私がここに長く留まるべきではない理由は、
その先にあるのでしょう」
構造物の奥から、かすかな振動が伝わってくる。
まるで──
内部で何かが、目覚めかけている。
光片が、これまでで一番強く光った。
──来い。
命令ではない。
拒絶もない。
ただ、当然のように“進め”と告げる方向。
「……進むしかないな」
カイが言う。
ミリアは不安を滲ませながらも、うなずいた。
「ここまで来て……引き返す理由、ないしね」
レオンは、構造物へと一歩踏み出す。
「……ええ」
静かな声。
「この空白域と、私の封印。
その因縁を、ここで確かめる時が来たのでしょう」
大地からせり上がった古い構造物は、
黙ったまま、彼らを迎え入れるように口を開けている。
それは遺跡であり、
傷であり、
そして──
世界が、忘れたふりをしてきた記憶そのものだった。
三人は、その影の中へ足を踏み入れる。
封印と呼び声が交差する場所へ。
世界の“下”に眠っていたものが、
いま、確かに──目を覚まそうとしていた。




