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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第4章 侵食域ノ聖遺構(レリック)

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第65話 呼び声の方向

 Jのノイズが完全に消えたあと、

 三人はしばらく言葉を失っていた。


 森は相変わらず静まり返っている。

 だが、先ほどまでとは違う。

 何かが“起きる直前”の沈黙が、肌に張りついていた。


 その沈黙を破ったのは──

 カイの手の中の光片だった。


 トクン……

 トクン……


 規則正しい。

 だが、明確な“意思”を伴った脈動。


 しかも、その光は先ほどより強く、

 まっすぐ一方向へ傾いている。


「……奥だ」


 カイは、自分でも驚くほど自然に呟いていた。


「奥?」

 ミリアが顔を上げる。


「空白域の……もっと奥だ。

 さっきまでとは違う。

 “あっちだ”って、はっきり言ってる」


 光片は、迷いなく森の深部を指していた。

 地図から消され、記録も抜け落ちた、

 最も危うい場所を。


 レオンが静かに頷く。


「ええ。

 光片の反応が、明確に“一点”へ収束しています。

 偶然ではありませんね」


 カイは、光片を握る手に違和感を覚えた。


 冷たい石のはずなのに、

 体温に近い、わずかなぬくもりがある。


 ──それだけではない。


 胸の奥が、じわりと震えていた。


(……誰か、いる)


 音でもない。

 言葉でもない。


 それでも確かに、

 **こちらを見ている“何か”**の気配があった。


「……呼ばれてる」


 カイがそう言うと、

 ミリアは一瞬、言葉を失った。


「呼ばれてるって……誰に?」


「わからない」

 カイは即座に首を振る。

「でも……Jじゃない」


 それだけは、はっきりしていた。


 Jのノイズには、焦りと切迫があった。

 だが、今感じているものは──


 静かで、やさしく、

 それでいて揺るがない。


 拒絶する力ではない。

 ただ、「来てほしい」と願われている感覚。


 ミリアは表情を引き締め、

 レオンから渡されていた記録板を取り出した。


「待って。カイ、そのまま動かないで」


「え?」


「今のカイ……少し、おかしい」


 記録板の表面に、淡い光の筋が浮かび上がる。

 ミリアはそれを食い入るように見つめ、息をのんだ。


「……やっぱり」


「何かわかったのか?」

 レオンが静かに問う。


「カイの“流れ”に……別の揺れが重なってる」


「別の揺れ?」


「うん。

 影でも、反転現象でもない。

 もっと……やさしい。でも、はっきりした干渉」


 ミリアは言葉を探すように、少し黙り込んだ。


「例えるなら……

 カイの中に、もう一つ心臓があるみたい」


 カイは思わず胸に手を当てた。


 確かに感じる。

 自分の鼓動とは別の、静かなリズム。


 それは、光片の脈と重なっていた。


「……危険なのか?」

 カイが尋ねる。


「わからない」

 ミリアは正直に首を振る。

「見たことのない反応。

 だから、敵か味方かも判断できない」


 レオンが一歩近づき、

 カイをまっすぐに見据えた。


「カイ。

 あなたは今──“選ばれている状態”にあります」


「選ばれてる……?」


「はい」

 レオンは静かに言う。

「誰かが、あなたにだけ手を伸ばしている。

 光片は、その呼びかけに共鳴しているのでしょう」


 ミリアが不安そうに言う。


「でも……なんでカイなの?」


 それは、カイ自身が最も知りたいことだった。


「俺、特別なことなんて……」


 その言葉を、レオンはやさしく遮った。


「“選ばれる”理由は、力や才能ではありません」

 一拍置いて、続ける。

「むしろ……

 声が、届いてしまう者が選ばれる」


「届いてしまう……?」


「ええ。

 願いに。痛みに。助けを求める気配に。

 それらを、無視できない者です」


 その言葉は、不思議と胸に落ちた。


 カイは思い出す。

 これまで、目を背けられなかった場面。

 誰かが苦しんでいるとき、

 放っておけなかった自分。


 光片が、再び強く脈打った。


 ──こっち。


 言葉ではない。

 だが、確かな“方向”が胸に響いた。


「……聞こえた?」

 ミリアが小さく尋ねる。


「声じゃないけど……」

 カイは頷く。

「確かに、そう言われた気がする」


 ミリアは記録板を見つめ、ゆっくり息を吐いた。


「干渉、強まってる。

 でも……怖くない」


「怖くない?」

 カイが聞き返す。


「うん。不安はあるけど……拒絶じゃない」

 少しだけ、微笑む。

「むしろ……ずっと待ってた、って感じ」


 レオンは森の奥を見据え、低く言った。


「……その声の主は、あなたを探していたのでしょう」


「俺を……?」


「はい」

 レオンは静かに頷く。

「光片ではなく──あなた自身を」


 背筋に、静かな震えが走る。


 それは恐怖ではない。

 もう戻れない場所に足を踏み入れたという実感。


「ねえ、カイ」

 ミリアが少しだけ笑った。

「選ばれたなら……逃げられないよね」


「……そうだな」


 光片は、もう迷っていなかった。

 空白域の、さらに奥。


 そこにはきっと、

 名前も姿もわからない“誰か”がいる。


「行こう」

 カイは言った。


 レオンは深く頷く。


「ええ。この呼び声の先に……答えがあります」


 三人は歩き出す。

 森の奥へ、空白の中心へ。


 光片の脈は、

 まるで再会を待つ心臓のように、

 温かく、確かに打ち続けていた。


 ──まだ、声は名を名乗らない。


 だが、

 その呼びかけは、もう始まっている。


 選ばれた者だけに届く、最初の声として。

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