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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第4章 侵食域ノ聖遺構(レリック)

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第61話 脈打つ光片

 反転域での戦いのあと、三人は体力の回復と街の混乱を避けるため、

 近くの山中にひっそりと佇む小さな山小屋へ身を寄せていた。


 ミリアは見違えるほど回復していた。

 影に呑まれていたのが嘘のように、呼吸は穏やかで、顔色もいい。

 レオンも装具を装着してからは精神の均衡を取り戻し、

 ひとまずの危機は去った──そう思わせる静けさがあった。


 夜の山小屋は深く、静かだった。

 外では風が木々を揺らし、葉擦れの音が遠くで重なっている。

 室内には三人分の寝息が控えめに溶け合い、

 ようやく訪れた“何も起こらない時間”を感じさせていた。


 ──だが。


 カイは浅い眠りの底で、

 違和感だけを先に拾い上げた。


 ドクン。


 すぐ傍で、

 小さな心臓が打たれたような感覚。


 はっとして目を開く。


 枕元で、“光片”が赤く明滅していた。


「……嘘だろ」


 光片が光ることは、これまでもあった。

 だがそれは、外界の変化に反応した時だけだ。


 今のそれは──まったく違う。


 ゆっくりと、確かに。

 生き物の鼓動そのもののように、脈を刻んでいる。


「ミリア、レオン……起きてくれ」


 二人は眠そうに身を起こしたが、

 光片を目にした瞬間、表情が凍りついた。


「……なにこれ。ほんとに、脈みたい」

 ミリアが息を潜める。


「不思議ですね」

 レオンは落ち着いた声で言い、そっと手をかざした。

「まるで、意思を宿した光だ」


 その通りだった。

 これは単なる反応ではない。


 何かを、伝えようとしている。


 カイの胸の奥がざわめく。


 その時、レオンが静かに口を開いた。


「……Jに連絡してみるべきかもしれません」


「え、Jに?」

 ミリアが眉をひそめる。

「街で一度姿を見せただけで、連絡も取れなくなったあいつに?」


「はい。彼は観測者の中でも、特に異常事象に精通していました。

 もし光片の変化に心当たりがあるとすれば……彼でしょう」


 丁寧な口調とは裏腹に、

 レオンの目には明確な警戒があった。


 J──

 頼れる存在というより、

 何かを知っていて、決してすべてを語らない男。


 思い返せば、彼はカイを“観察”するような視線を向けていた。

 それが、今になって引っかかる。


 レオンは端末を取り出し、操作する。


 ──ピッ。


《エラー:応答なし》


「……おかしいですね」


 手順を変え、再度試す。


《応答なし》


「やはり……つながりませんか」


 ミリアが不安げに言った。


「無視されてる……とかじゃないよね?」


「ええ。彼はそういう人物ではありません」

 レオンは静かに否定する。

「呼べば、必ず“気配”だけは返す人でした」


 たった一度の会話。

 それでもJは状況を正確に把握し、

 最小限の言葉で核心を突いてきた。


「応答がないのは……むしろ、不自然です」


 その言葉に、空気が重く沈む。


「じゃあ、Jは……」

 カイが息を詰める。


「話せない状況にあるのでしょう」

 レオンは断言した。

「黙っているのではありません。黙らされている」


 ミリアが小さく身をすくめた。


「……なんか、嫌な感じ」


 その瞬間だった。


 光片の脈が、急激に速まった。


「カイ……さっきより、速い!」

 ミリアの声が震える。


「こんなふうに、誰かを呼ぶみたいな反応……ある?」


「少なくとも、私は知りません」


 レオンの視線が闇へ向く。


 カイは光片を握りしめた。

 脈に合わせて、赤い光が一定の方向へ引かれている。


「……カイ」

 レオンが低く言う。

「あちら側の気配が、異様に薄い」


「薄い?」


「ええ。空気が抜け落ちたような……

 存在の輪郭が、欠けている感覚です」


 ミリアも唾を飲み込んだ。


「この脈……

 “こっちへ来て”って、言ってる気がする」


 ──呼ばれている。


 光片が、何かに応えている。


「行こう」


 言葉は、自然に口をついて出た。


「危険かもしれません」

 レオンが確認する。


「わかってる。でも……」

 カイは視線を逸らさなかった。

「行かないほうが、もっと危ない気がする」


 ミリアが静かにうなずく。


「……うん。そんな感じ」


 三人は山小屋の扉を開け、夜気の中へ踏み出した。

 森の闇は静かで、

 何かを隠しているようにも見える。


 光片を掲げると、赤い脈動が道を描くように前へ伸びた。


「やはり……あちらですね」

 レオンが言う。


「その先に、何があるんだろ」

 ミリアがつぶやく。


 カイは深く息を吸い、歩き出した。


 手の中で脈打つ光片は、

 もはや“道具”ではなかった。


 必死に、

 理由を伝えようとする存在のようだった。


 光片だけが答えるように脈を刻み、

 三人を導く。


 暗闇の奥へ。

 まだ誰も知らない、

 **「知ってはいけない理由」**の待つ場所へ──。

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