第60話 影の手と光の救い
双龍斬の余韻がまだ空間に残っている。
斬り裂かれた霧が揺れ、巣の外郭は崩れ落ち、反転域全体が大きく呼吸を乱していた。
だが――終わりではなかった。
むしろ、ここからが“本当の核”だった。
◆
巣の中心。
傷ついた影の狩人の気配が残る黒い球体が、ぷつりと波紋を走らせた。
次の瞬間。
球体の表面が、ゆっくりと、しかし致命的な音を立てて割れはじめる。
黒い霧が縫い目のように裂け、
空気が凍るような冷気が吹き出す。
そこに露わになったのは――
“影”でもない。
“闇”ですらない。
形という概念そのものを持たない、異質な空白。
「……あれが……核の“本性”……?」
レオンが震える声を漏らした。
黒い裂け目が静かに広がる。
霧を焼く火傷のように、壁も地面も輪郭を失っていく。
そこから伸びたのは――
手。
しかし、人のものではない。
影の狩人の腕に似ているが、その濃度も存在感も、比べ物にならない。
“形を奪うためだけに生まれた手”。
「きみ……きみのかたち……ほしい……」
喉奥で響くような囁きが裂け目の奥から響く。
◆① ミリアが影に呑まれる寸前
ミリアの黒痕は心臓へ到達し、さらに奥へと進もうとしていた。
黒い紋様が脈を打つたび、
ミリアの呼吸が浅く、弱く、薄くなっていく。
「ミリア! ミリア、聞こえるか!!」
レオンが叫ぶが、ミリアの瞳は焦点を失っている。
胸の黒痕は、核の鼓動と完全に同じリズムを刻んでいた。
――このままでは、ミリアの“形”も飲まれる。
(そんなこと……絶対にさせない……!)
◆② カイの影が引き剥がされる
影の手がカイへ伸びる。
触れた瞬間――
カイの影が浮いた。
足元から剥がれ、
紙のように薄く、細く、裂け目に向かって引き剥がされていく。
「くっ……!」
腕が震え、双龍斬の反動で力が入らない。
影の裂け目の引力は、すでに抵抗できる範囲を越えていた。
(まずい……! このままでは俺の影ごと“形”が奪われる!)
◆③ 光片が飛ぶ ――ミリア救出
そのときだ。
カイの胸の光片が、
何かの意思に突き動かされるように、蒼光を放って飛び出した。
「光片……!?」
光片は一直線にミリアへ走り、
黒痕へ衝突した。
蒼光が弾ける。
黒い紋様が逆流し、
青い光の線に変わっていく。
「……っは……!」
ミリアが息を取り戻した。
「ミリア!!」
レオンの声が震えた。
◆④ 光片、影の手を撃ち落とす
光片は反転し、
次の瞬間にはカイへ伸びていた影の手へ突撃する。
蒼光が影を貫き、
影の手は焼け焦げるようにねじれ、霧散した。
核が震える。
「ガ……ァ……ッ……!」
悲鳴でも声でもない。
影そのものが苦しんでいるのが分かる。
(効いてる……! 光片の力が核に届いてる!!)
◆⑤ だが——核はしぶとい
「きみ……
きみのかたち……
まだ……ほしい……」
核の裂け目は再び開き、
さらに濃い影を吐き出してくる。
カイの影はまだ完全には戻っていない。
脚元の影は、いまも細い糸のように上へ引かれている。
(まずい……双龍斬のあとで体力が持たねぇ……!)
息をするたび、視界が揺れる。
このまま影の手を斬っても、取られても、同じだ。
斬撃では――届かない。
◆⑥ カイの“原点”が目覚める
(なら……叩くしかない……)
剣を握る手に、懐かしい“熱”が宿った。
昔の、まだ弱かった頃。
剣も魔術もまともに扱えず、
それでも必死で前へ進もうとしていた頃。
“拳で殴るように剣を振る技”。
脚が折れようが、腕が震えようが、
意地だけで前へ出るために生まれた技。
――《撃》。
刃に宿すのは技巧ではない。
ただの衝動。
前に進みたいという、原点の意思。
(双龍斬で足りなかったなら……原点で叩き返す!!)
◆⑦ 核の引力と激突
影の裂け目と白い残響が同時に揺れる。
影の引力がカイを飲もうとし、
逆方向から白い声がカイを呼んでいる。
二つの外側が、
まるでカイ一人を引き裂こうとしているかのようだった。
身体が軋み、肺が悲鳴を上げる。
(くそ……! どっちにも行かない!!)
◆⑧ 《撃》発動
「――撃ッッ!!」
カイは残る力のすべてを込めて剣を振り抜いた。
刃から蒼白の衝撃が弾ける。
斬り裂くのではない。
ただ前へ押し出す、魂を叩きつける一撃。
それは一直線に核へ突き刺さり――
「アアアアアアアアアアッ!!!」
核の外殻が砕ける。
影の裂け目がひしゃげ、
反転域全体が震え、
黒い霧が波のように押し返されていった。
核は後方へ吹き飛び、
裂け目はギチギチと音を立てて閉じていく。
◆⑨ 反転域、崩壊
影の気配が急激に薄れ、
建物の壁は輪郭を取り戻し、
空気のざわめきも消えた。
「……収束した……!」
レオンの声は、震えていた。
ミリアは胸の前で光片を抱くようにして、かすかに微笑む。
カイは剣を下げ、息を整えながら光片に触れた。
「……よくやってくれた。ありがとう。」
光片は、心臓のように一度だけ“とくん”と脈打つ。
◆――3章、決着
核は退き、
ミリアは救われ、
レオンは生き残り、
反転域は消えた。
ただ一つだけ残った謎。
なぜカイだけが、
《影の外側》と《白い残響》――
双方に触れられるのか。
その答えは、まだ彼自身も知らない。
だが確かに――
何かが覚醒しはじめていた。




