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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第3章:観測殻の崩落

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第54話 白い夢の残響

影の巣の中心へ歩いていくカイを、

黒い霧の糸が「迎える」ようにゆらゆらと揺れていた。


 巣の鼓動は、さっきまでの不規則なうねりとは違う。

 まるで誰かの呼吸みたいに、規則正しくなり始めている。


 影の子の声は、もうカイの背後から聞こえてくるのではなかった。


 上からでも、下からでもない。

 空間そのものが、口を持ったようにささやいてくる。


「きみ……

 きみの……かたち……」


 背中のほうで、ミリアのかすれた息が震えた。


「カイ……い、いかないで……そこ……は……」


 声は弱々しく、喉の奥だけでかすれるような音しか出ない。


 黒痕は胸元からさらに広がり、

 心臓のすぐ手前まで黒い枝が迫っていた。


 そこを越えたら、本当に戻れなくなる――そんな“線”が見える場所だ。


 レオンはミリアを抱きかかえたまま、叫んだ。


「カイ! あまり奥へ行くな!

 巣の中心は“戻れなくなる境界”だ! 今ならまだ引き返せる!」


 だが、カイは足を止めなかった。


 黒い霧が渦を巻く中心。

 そのいちばん奥で、淡い“光の芽”が脈打っている。


 そこに、何かがいる。

 影の子の声よりも、巣の脈動よりも、もっと深いところで――


 カイの名前を呼ぶ声が。


(……あの声だ。

 白い夢の中で俺を呼んだ……あの少女の声……)


 カイは、ためらいなく手を伸ばした。


 そして――巣の中心に触れた。


 その瞬間、視界が白くはじけ飛んだ。


◆◆ 白い空間の“本物の声”


 音もない。

 影もない。

 匂いも、温度も、何もない。


 ただ、どこまでも白い。


 白い空間。

 白い呼吸。

 白い残響。


 無数の小さな光の粒が、雪のようにふわふわと漂っている。

 どこにも境界がないのに、不思議と“懐かしさ”だけは胸の奥を温めた。


 カイは思わず、自分の胸に触れる。


 そこには、あの青い光片がある。

 巣の不気味な脈とは逆のリズムで、静かにトクン、トクンと脈打っていた。


(……呼び合ってる……?)


 そう思った瞬間――


 声がした。


「カイ……」


 柔らかい。細い。

 でも、確かに“生きている声”だった。


 息づかいも、感情の揺れもある。

 影の子が真似していた空っぽの声とは、明らかに違う。


 ――これが、本物だ。


 カイは本能でそう理解した。


「……誰だ?」


 白い空間を見回しても、姿は見えない。


 光は均一で、影のひとかけらもない。

 それなのに、声だけが、すぐ耳元でささやいているように近い。


「そこは……ちがう……

 カイ……そこは……あなたの場所じゃ……ない……」


 震える音。

 今にも泣き出しそうな、必死の訴え。


 けれど、少女の姿はどこにも見えない。


 声だけが、白い世界の表面をきしませる。


「おまえ……誰だ……ティ……?」


 カイが、その名前を呼ぼうとした瞬間――

 声が、ぶつりと途切れた。


 同時に、白い空間全体がびくんと震える。


 そこから先を言うなと拒絶されたみたいに、

 光がわずかに濃くなり、世界そのものが警告を発してくる。


「ティ……までが限界……なのか……?」


 光の粒が一斉に揺れ、

 遠くで“何かが割れるような音”が、かすかに響いた。


 白い世界は一瞬だけ濃度を変え、

 目には見えない「線」が引かれたような違和感を残す。


(……この世界……安定していない……?)


 少女の声が、苦しそうに再びささやいた。


「戻って……カイ……

 そこに触れたら……あなたまで……きえてしまう……

 “あれ”は……あなたの……じゃ……」


 最後の言葉は、

 ノイズにかき消されて、聞き取れなかった。


◆◆ 黒い巣へ引き戻される


 次の瞬間――


 強い力で、後ろから引きずり戻されたような感覚に襲われた。


 白い世界が粉々に砕け、

 視界が暗く揺れ、光の粒が嵐のように渦を巻く。


 そして、気づけば――

 カイはまた、黒い巣の中心に立っていた。


 胃の中身が裏返るような、ひどい酔いが全身を襲い、

 膝に力が入らない。


 胸の光片だけが、なおも強く脈動している。

 その光は、ここにいる誰でもなく――カイだけに届いていた。


 影の子の声が、

 白い夢の世界から現実へ戻った瞬間、その色を変える。


「きみ……どこ……いってたの……

 まってた……

 きみのかたち……ほしい……」


 カイは、荒い息のままつぶやいた。


「……違う。

 あれは……“お前の声じゃない”。

 俺を呼んだ声は……もっと……」


 胸元の光片が、ぐっと強く光る。


 さっきの白い空間の残響を、

 もう一度ここに“重ねて見せよう”としているかのように。


(あの声は、俺を“止めた”。

 影の子みたいに、引きずり込もうとはしてこなかった。

 あれは――こっち側じゃない。“光の側”の声だ)


 黒い巣の脈に対し、

 光片は完全に逆のリズムで応える。


 そのつながりを感じているのは、カイだけだった。


――光は、カイだけに触れている。


 レオンは、その事実に気づき、息を呑む。


(光のほうからの干渉は……“カイ個人”とだけ繋がっている……?

 なぜミリアや俺じゃなく、カイだけなんだ……)


 だが、考える時間はなかった。


◆◆ 迫る「一線」


「カ……イ……」


 レオンの腕の中で、ミリアがかすかに声を漏らした。


 黒痕は、心臓の真上で波打っている。

 そこから一歩でも踏み込めば――


 もう、“傷”では済まない。


 戻る場所ごと、あちら側に引きずり込まれる。


「ミリア! しっかりしろ!」


「……レ……オ……ごめ……」


 その声は、風の音に消えそうなほど小さい。


 レオンは奥歯を噛みしめた。


「……くそ……時間がない……!」


 そのとき、影の子の声がまた響く。


 今度は、明らかに“こちらを狙って”いる気配を帯びて。


「いかないで……

 きみは……ここに……

 きみのかたち……ちょうだい……」


 黒い影の糸が、

 幼い手を伸ばすみたいに、だらりと長く伸びてくる。


 カイは、胸の光片を握りしめた。


(……白い夢の中の声は、はっきりと言った。

 “そこは違う”と。

 なら、影の子の願いは――俺が、はっきり拒絶しなきゃいけない)


 カイはレオンのほうを振り返る。


 そして、静かに告げた。


「ミリアを……取り戻す。

 この“光”を使って」


 光片が、眩しいほどに脈打った。


 その光に触れた瞬間、

 影の巣全体がびくんと痙攣する。


 影の子の声は、

 幼い泣き声へと変わりながら、さらに狂気を帯びていく。


「……やだ……

 きえないで……

 きみは……ぼくの……かたち……」


 黒い影と、青い光。


 今まさに、この倉庫の中心で――

 ふたつの“外側”が、カイを挟んで正面衝突しようとしていた。

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