表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第3章:観測殻の崩落

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/100

第49話 反転の残滓

森で“浸食者の狩人”を退けた翌朝。

街全体は、異様なまでに静まり返っていた。


 静か、というより――

 音が一枚、削り取られている。


 人が歩く足音も、風が吹き抜ける音も、どこか“薄い”。

 影だけがやけに濃く、落ち葉が揺れるたび、不自然に伸び縮みしていた。


「……反転の残滓が広がっている」


 レオンの眉間には、深い皺が刻まれていた。


 観測殻を外した彼の視界には、

 普通の人間には見えない“影の揺らぎ”が常に波打っている。


「昨日、浸食者と戦った森だけじゃない。

 この街全体の深層が、一方向に引きずられている。

 ……まるで、何かが“足跡”を残して歩いているみたいだ」


「浸食者が……?」


「可能性は高い。形を壊されても消えない。

 “反転現象”として、深層に残滓を刻み続ける」


 レオンの声は、いつもより低く重かった。


◆◆ ミリアの黒痕


「ちょっと……来て」


 ミリアが袖をめくり、カイに腕を見せた。


 昨日より濃くなった“黒い痕”が、はっきりと浮かんでいる。


 皮膚の上に貼りついた影のような模様。

 よく見ると、内側でゆっくりと動いているようにも見えた。


「ミリア、それ……」


「広がってるよね……? やっぱり、わかる……?」


 ミリアは笑おうとしたが、声が少し震えていた。


 影の痕は火傷ではなく、痛みも熱もない。

 ただ――世界と自分の境界が歪んでいる証拠だった。


「深層が反転した時の後遺症だ。

 ミリア、お前の魔力回路そのものが“裏側”に触れた」


 レオンが淡々と告げる。


「治せるのか?」

 カイが思わず食い気味に問う。


「普通なら、時間経過で薄くなる。だが……反転は“保存される”。

 浸食者の残滓が世界の布を裏返している限り、痕は残り続ける」


「じゃあ――」


 カイが「どうにかならないのか」と言いかけた時、

 ミリアは小さく首を振った。


「平気だよ。痛くないから……」


 そう言いながらも、その手ははっきりと震えていた。


(ミリアは強い。でも、本当は怖いんだ)


 カイは悔しさを押し込めるように、拳を握りしめた。


◆◆ 街に広がる“小さな異常”


 その日を境に、街のあちこちで“説明のつかない現象”が増えはじめた。


 井戸の水は鏡のように不自然な静止を保ち、

 風が吹くと光源とは逆方向へ揺れた。


 橋の下の影は、川の流れに逆らって上流側へ伸びていく。


 パン屋の娘は言う。


「お父さんの影がね、一瞬だけ“ひとりで歩いた”の」


 人々は不安に包まれ、やがて不安は形を変えて噂になった。


「……魔法が効かないやつが来てからだろ」


「反転現象はあいつの周りで起きてるって、自警団が……」


「カイってやつ……“外の何か”を連れてきたんじゃないか」


 カイは、その声をすぐ近くで聞いてしまった。


 顔を上げることができない。


(俺のせい……なのか?)


 胸が重くなり、呼吸が浅くなる。


◆◆ 青い光片の反応


 その時だった。


 ポケットの中で、かすかな振動がした。


「……?」


 カイは取り出す。


 あの“青い光片”。


 それが――うっすらと脈打っていた。


「光が……反応してる?」


 ミリアが驚き、そっと覗き込む。


 レオンもすぐに目を細めた。


「深層の反転に……応答しているのか?」


 青い光は、黒い影とはまったく逆の波形を帯びていた。

 その脈動は柔らかく、外側から“優しくなぞる”ように揺れる。


(昨日、森で浸食者と戦ったときも……光が強くなってた)


 カイの胸がざわつく。


「カイ、また……誰かの声が聞こえる?」


「……断片だけ。

 昨日の夢と同じ声だ……」


 耳の奥で、かすかな囁きが滲む。


 ――かい……

 ―― ……きて……

 ―― そこから……はなれ……


「やっぱり……誰かが、呼んでるんだ」


 ミリアは自分の黒痕を押さえながら、小さく呟いた。


「この光……カイを護ってるみたい。

 影の反転が広がるたび、“逆向きの波”を返してる……」


◆◆ レオンの直感


 レオンは、青い光片とミリアの黒痕を交互に見つめた。


(光と影……どちらも“外側からの干渉”だが、質がまるで違う……

 これは、浸食者の反転とは逆の層……)


 観測殻を外したことにより、深層の波形は直接レオンの脳を叩く。

 その負荷は大きく、彼はこめかみを押さえた。


(観測局では絶対に捉えられなかった波……

 これは、本来この世界が“触れられない”層から来ている)


「……カイ」


「なんだ?」


「その光片は、おそらく“深層の縫い目”を修復しようとしている」


「修復……?」


「反転が広がるたび、お前を守るように波形が変化している。

 つまり、この光の主は――浸食者とは“正反対の外側”の存在だ」


「昨日の……あの声の主……?」


「声の正体まではまだわからない。だが、方向性は逆だ。

 浸食者がこの世界を“歪める側”なら――」


 レオンは光片をじっと覗き込んだ。


「これは、お前を“元の形に戻そうとする側”だ」


 カイの胸が、どくりと跳ねた。


(元の形……?

 俺は……何が“元”なんだ?)


◆◆ 追いかけてくる“反転の足跡”


 そのとき、街の向こうから悲鳴が響いた。


「影がっ……!

 影がついてくる……誰もいないのに!!」


 人々が逃げ惑う方向を見ると――

 地面に落ちた影が、持ち主とは別に“尾を引いて”動いていた。


 カイの背筋が冷たくなる。


「……浸食者の残滓が、“形を探している”」


 レオンの声には、わずかに震えが混じっていた。


「浸食者は倒されたわけじゃない。

 痕跡が深層に残り、影をそこへ引きずり込もうとしている。

 次の“形”をつくるために……“存在の輪郭”を集めているんだ」


「輪郭……?」


「昨日の自警団の男の影が削られていただろう。

 あれは、形を奪う前兆だ」


 ミリアの肩がびくりと揺れた。


「じゃあ……また、昨日みたいな“狩人”が……?」


「形を変えて、必ず現れる。

 深層の反転が収まらない限り、何度でもな」


 レオンはこめかみに手を当て、息を吐いた。


「……正直、俺の視界も限界に近い。

 観測殻なしで深層を“直視”し続けるのは、長くはもたない」


 その瞳には、明らかにノイズが滲んでいた。

 まるでレオン自身が、少しずつこの世界から浮き上がり始めているように。


◆◆ カイの決意


 カイは青い光片を強く握った。


 小さな光は、手の中で心臓のように脈打つ。


(光は、俺を呼ぶ誰かの欠片。

 影は、浸食者の残した反転。


 どっちも“外側”から来ている。

 でも――)


「どちらにせよ……

 俺が動かなきゃ、何も変わらないんだよな」


 その声は、もう迷ってはいなかった。


 ミリアは黒痕のついた腕を押さえながら、カイに微笑む。


「カイだけが……“反転に巻き込まれない”んだもん。

 あなたの剣だけが、浸食者に届く……」


「……だからこそ、急がなきゃいけない」


 レオンが続ける。


「反転の残滓が増えれば増えるほど、この街は“形”を保てなくなる。

 まずは、反転が最も濃い場所を特定する必要がある」


 カイは青い光片を、そっと胸に当てた。


 その瞬間――

 光はふわりと揺れ、街の北側を指し示すように脈動した。


「……今、動いたよね?」


 ミリアの声が震える。


 レオンは目を見開いた。


「……光片が、反転源に“干渉している”のか……?」


 カイは小さく息を吸い込んだ。


「行こう。

 この光が指してる場所へ――」


 街の空気が、さらに一枚、静かに剥がれ落ちたように感じた。


 反転の残滓は確実に増えている。

 浸食者は、まだ“次の形”をつくっている途中だ。


 光と影のどちらが先にカイへ辿り着くのか――


 世界は静かに揺れながら、

 次の“破れ目”を開こうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ