第47話 アバターの欠片
黒い夜風が街を満たした夜が明けた。
朝の光はちゃんと差し込んでいるのに、
街の空気にはまだ“夜の残りかす”がへばりついていた。
影は勝手に伸びたり縮んだりを繰り返し、
水面の揺れは光源とは逆方向へずれている。
世界は明るくなったはずなのに、まともには戻っていない。
その混沌の中で――
カイは“それ”を見つけた。
◆◆ 路地裏の青い光
早朝。ほとんど人のいない裏通り。
石畳のすき間で、
なにかが、かすかに光っていた。
「……ん?」
カイはしゃがみ込み、そっと手を伸ばす。
それは羽の切れ端くらいの大きさで、
氷の欠片にも、水滴の結晶にも見えた。
けれど――色が違う。
淡い青。
深いのに浅く、冷たいのにあたたかい。不思議な矛盾をはらんだ光。
指先が触れた瞬間――
「っ……!」
胸の奥で、強い鼓動がはねた。
視界の奥が揺れ、
耳の奥に、少女の声が響く。
――かい……
―― ……きて……
(……誰の、声……?)
思い出せないのに、やけに懐かしい。
◆◆ ミリアの気づき
「カイ?」
背後から声がした。ミリアだ。
「なに拾ってるの?」
「これ……なんかさ……」
カイは手のひらを開く。
「……光の欠片?」
ミリアも思わず息を呑む。
「……あったかい。魔力……? でも違う……
魔術式の反応じゃない……」
魔力なら、どこかに“流れ”がある。
だがこの青い光には、流れがない。
ただそこに、静かに存在しているだけ。
世界の理から、少し外れているような、静かな光だった。
◆◆ レオン、現れる
「触りすぎるな」
冷えた声が、二人の背後から落ちた。
振り向くと、レオンが立っていた。
観測殻を外した影響で、
その瞳にはかすかなノイズが揺れている。
だが、青い欠片を見た瞬間――
そのノイズとは別の色が走った。
「……これは……」
レオンはゆっくり近づき、
カイの手から光片を受け取る。
指が触れた瞬間、空気に波が走った。
昨夜の黒い夜風とは違う。
もっと澄んだ、やわらかい波形。
「この構造……観測局の技術じゃない」
「観測局じゃない……?」
ミリアが眉を寄せる。
「じゃあこれは……誰が?」
「わからん。だが、一つだけ言える」
レオンは光片を指先で転がした。
「これは“上層世界由来”でもなく、
“魔力由来”でもない。
もっと……外側の構造を持っている」
外側――
昨日レオンが見た“虚無の影”とは、明らかに違う方向。
奪う闇ではない。
削る虚無でもない。
これはむしろ、“世界の膜を破って落ちてきた光”だった。
◆◆ カイの胸に響くもの
「……レオン、その“外側”ってさ……」
カイは胸に手を当てる。
「これ拾ったとき……声がしたんだ」
「声?」
「……誰かが、俺を呼んでるみたいな……」
ミリアが目を見開く。
「また……あの夢のときみたいに?」
「うん。
あの白い夢の中で、俺を呼んだ女の子の声……
それに似てる、気がする」
レオンの息が、わずかに止まった。
(……夢で呼ばれた……?
下層の夢は、深層構造とつながる……まさか……)
レオンは青い光片を、少し強く握りしめる。
◆◆ レオンの分析:未知の“光片”
「この光片は、本来この世界には存在しないものだ」
「え……?」
「これは“情報片”だ。
外側からこの世界に何かを伝えようとした存在が、
何らかの理由でバラバラになって、こうして落ちてきた」
ミリアは息を呑む。
「じゃあ……誰かが、この世界にメッセージを送ろうとしてるの?」
「その解釈でいい」
レオンは、短くうなずく。
「黒い夜風は、外側からの“侵食”だった。
だが、これは違う。
これは……侵食の逆だ」
「逆……?」
「虚無は、世界を削る。
だがこれは……世界に“つながろうとする”光だ」
ミリアの瞳が揺れる。
「じゃあ……この光は、敵じゃない?」
「少なくとも、虚無残滓とは完全に別物だ」
◆◆ カイと光片の共鳴
そのとき、光片がかすかに震えた。
カイのほうへ向かって。
「……また反応してる」
カイの胸の鼓動が、強くなる。
――かい……
―― みつけて……
―― そこに……いては……
夢の中で聞いた声と同じ。
ただ、まだ輪郭はおぼろげだ。
「レオン……誰なんだよ、これ……
この光、誰の……?」
カイの問いに、レオンはすぐには答えなかった。
「……まだ断定はできない。
だが一つ確かなのは――」
レオンはカイを見る。
「お前は、もう“誰かに呼ばれている”。
この世界の誰でもない、もっと外側から」
「……外側……?」
「そうだ。虚無の影とは別の、もう一つの外側だ」
◆◆ ミリアの直感
ミリアは、カイの横顔を見つめた。
黒い夜風の中心ではなく、
カイはむしろ“光の側”に引かれている。
(カイは、狙われてるんじゃない……
呼ばれてる……?
もしかして――助けられようとしている……?)
ミリアの胸に、ほんの少しだけ希望が灯る。
◆◆ レオンの確信
「カイ」
「……ああ?」
「これは――お前を探して落ちてきた光だ」
カイは顔を上げる。
「お前を呼ぶ存在がいる。
虚無でも、観測局でも、この世界の誰でもない。
それよりもっと外側の、深い場所から」
ミリアが、小さな声でつぶやく。
「その……呼んでる“誰か”って……」
カイは光片を握りしめた。
青い光はやさしく震え、
確かに、カイにだけ反応している。
(――かい……)
耳の奥で、少女の声が揺れた。
(……俺、知ってる……
どこかで……会ったことがある……?)
思い出せないのに、
涙が出そうなほど懐かしい。
レオンは静かに告げる。
「名前は、まだわからない。
だが――この光は“誰かの欠片”だ。
その誰かは、お前を呼び続けている」
カイは、手のひらの青い光を見つめた。
その色は、この世界のどんな光とも違っていた。
虚無でも、魔力でも、観測局の技術でもない。
ただ“誰か”の、かすかな希望。
少女の名はまだわからない。
けれど、この青い光片だけは、はっきりしている。
――これは、カイを“探しに落ちてきた”光だった。




