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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第3章:観測殻の崩落

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第44話 観測局の封鎖

 夜が明けても、街は不穏な揺らぎを続けていた。


 朝の光を浴びてもなお、影は本来の位置とわずかに違う。

 水面だけが逆方向に揺れ、生活魔法は不安定に“点滅”し、

 時計塔の秒針は進むたびに、一瞬だけ“巻き戻る”。


 異常は増え続け、街の住民はあからさまに怯え始めていた。


「影が……さっきと違う……」

「魔法が急に消えるなんて……」

「昨日よりひどくなってる……」


 そのざわめきを背に、レオンは街を離れ、孤高の丘へと向かっていた。


 ――誰にも聞かせたくない。“観測局絡み”の話をするために。


 


◆観測局への通信――通常ルート(失敗)


 丘の上。


 風は穏やかだが、地面の下だけが、かすかに震えていた。

 深層構造の揺らぎ――この世界の“土台”がずれつつある証拠だ。


 レオンは手首の金属輪に触れ、低く呟いた。


「こちらレオン。下層世界第十二地区より報告。

 観測殻の崩壊に続き、物理法則の安定性が――」


 言い終える前に。


「……シ………ュ、……ザ…………」


 通信輪から返ってきたのは、砂を擦るようなノイズだけだった。


(……またノイズか)


 試しに魔力を流し込む。

 輪は規定どおり光を発するが――

 本部側から返るはずの“同期信号”が返ってこない。


「本部、聞こえるか? こちら第十二地区観測者レオン。返答を――」


 言葉の途中で、光がぷつりと途切れた。

 通信輪はただの冷たい金属へと戻り、沈黙する。


 レオンの眉が深く寄る。


(……通常ルートは完全に切られてる。やはり“正式な観測者”としての権限はもう剥奪済みってことか)


 観測局にとって、レオンはすでに“裏切り者”だ。

 規約違反者に、本部への正規通信を許す理由はない。


 


◆レオンは“裏切り者”


 本来なら、観測局はレオンをとっくに拘束していてもおかしくなかった。


 上層世界の者は、下層の存在に“触れすぎてはならない”――それが観測局の鉄則だ。


 だがレオンは、その禁を破った。

 この世界でカイと関わりすぎ、

 観測殻を通じて“この街”に同調しすぎた。


(俺は……カイを見捨てられなかった。それだけだ)


 観測局は冷徹だ。

 「異常の中心にいる存在」は、たとえ子どもであろうと排除対象になる。


 だからレオンは観測局を裏切り、

 “観測者としての中立”を捨てて、この世界の側に立った。


 その結果が――この遮断だ。


(それでも、情報は必要だ。侵食の規模、上層の判断、封鎖範囲……何ひとつ分からないまま、戦えるわけがない)


 


◆裏ルートへのアクセス――観測ログの“盗み見”(失敗)


 レオンは一度、深く息を吸った。


「……なら、正面からじゃなく、裏から行くさ」


 彼は金属輪を外し、内側に刻まれた微細な紋様に指先を滑らせる。


 紋様は本来、観測者の身元証明と同期用に使われる識別陣だ。

 だがレオンは、その一部を“別用途”に書き換えてある。


 ――観測局のメインラインではなく、

 処理班や補助観測機構が使うサブラインを逆探知するための、非公式ルート。


「プロトコルを……一段階落とす。

 第七層ログに直接アクセス――“受信専用”なら、まだ弾かれないはずだ」


 レオンは、低く呟きながら呪式を組む。


 輪の内側に刻まれた紋様が、青から淡い紫へと反転していく。

 これは“観測ログ閲覧モード”――本来は、上層から許可された観測者が、

 過去の記録を参照するときだけ使われる機能だ。


 レオンは本部の許可を待たず、

 自分の権限を偽装してサブルートへ侵入しようとしていた。


(本部と直接話せなくてもいい。

 下層の観測ログさえ覗ければ、“本部がどう判断しているか”は逆算できる)


 魔力を流し込む。

 視界の端に、淡い光の文字列が浮かび上がる。


 数字と記号の羅列。

 時刻情報。

 地区番号。


 ――しかし。


「……ログの要約が……抜けてる?」


 観測イベントの“枠”だけが存在し、

 最も重要なはずの内容が、すべて黒く塗りつぶされていた。


 さらに、数秒遅れて、別の波形が輪を満たす。


(……いや、これは……塗りつぶしじゃない。“上書き”だ)


 誰かが後からログに手を加え、

 元の内容を別の“無害な記録”に差し替えている。


 たとえば――


 「第十二地区 異常度:B 状況:収束傾向」


 ――という、明らかに嘘くさい定型文が繰り返し表示される。


 レオンは、小さく舌打ちした。


「やられたな」


 本部は、すでにサブルート経由での“盗み見”も想定し、

 重要箇所を意図的に“偽装ログ”で埋めている。


 通常ルートは遮断。

 裏ルートは、情報そのものが改竄済み。


 つまり――


(俺が外部から状況を把握する手段は、ほぼ完全に潰された……)


 視界の中で、“危険度評価”だけがやけに丁寧に塗り替えられていく。


 だが、ひとつだけ偽装しきれない情報があった。


 ――「観測ライン部分停止」


 ――「第十二地区:封鎖領域候補」


 ――「要注意要素:特異点個体 K」


「……やっぱり、カイは観測局のログ上でも“特異点”扱いか」


 レオンは冷えた笑みを浮かべる。


(そして本部は、その特異点ごと、この地区を切り捨てる気でいる)


 裏ルートからの情報収集は、ここで完全に行き詰まった。


 これ以上、強引に潜れば、

 レオンの“位置情報”ごと上層に晒してしまう。


 そうなれば――この世界に残した“安全装置”まで無効化される。


「……手詰まりか。いいさ。

 どうせ俺は、そのつもりで“観測者”を捨てたんだ」


 レオンは輪から指を離し、その光を完全に落とした。


 観測局は、情報を与えない。

 助ける気もない。


 ――なら、その選択ごと切り捨てるしかない。


 


◆それでも、レオンには目的がある


 通信が断たれても、ログが偽装されていても――

 レオンには守るべきものがある。


「カイ……ミリア……

 そしてこの街の人々を、観測局は助けない」


 ならば――


「だったら、俺がやるしかないだろうが」


 拳を握る。

 指先が白くなるほど強く。


(侵食者を止める。

 それができるなら、観測局のやり方なんてどうでもいい)


 観測局は、未確認の侵食に対して徹底して非干渉だ。

 危険と判断すれば、“観測をやめて切り捨てる”のが常だ。


 レオンは、その冷たさがどうしても許せなかった。


(カイは――ただ“巻き込まれた”だけの子どもだ。

 それを“特異点”だの“排除候補”だのとラベル付けして終わらせる気か)


 あの日。

 レオンが観測リンクを自ら破壊し、この世界に本気で踏み入れた瞬間を思い出す。


(選んだのは俺だ。

 だから、最後まで責任を取る)


 その決意は、上層からの沈黙よりはるかに重かった。


 


◆ミリアの登場


「レオン!!」


 突然、丘の下から声が上がった。


 振り返ると、ミリアが必死の形相で駆け上がってくる。

 額に汗をにじませ、息を荒げながら叫んだ。


「大変なの! また……また街で異常が!」


「……どれほどの異常だ?」


「今度は――“人の影が、消え始めてる”って!」


 レオンの瞳が鋭く光る。


(もう、そこまで来たか)


 影は、存在の“層”が世界に投げる影像だ。

 影が弱くなるということは――

 その存在を世界が“完全には捉えられなくなっている”ということ。


 ミリアはさらに続けた。


「カイの影も……前より薄くなってるって……!」


 レオンは息を呑む。


(やはり……侵食の中心はカイだ)


 だがそれは、

 “カイが世界を壊している”という意味ではない。


 むしろ逆――


(世界のほうが“カイを扱いきれなくなっている”。

 カイの存在構造が、侵食者と世界の“境目”に立たされている)


 観測局が封鎖を決めた理由。それはきっと――

 この特異点を“危険要素”と見なしたからだ。


 だが、レオンは引かない。


「ミリア。カイのところへ案内してくれ」


 ミリアは、迷いなく頷いた。


 レオンは最後にもう一度、手首の輪を見下ろす。


 光はない。

 応答もない。

 偽装したログだけが、空しく残っている。


(観測局は俺を捨てた。

 裏ルートさえ潰して、何も渡さないつもりか)


「……いいさ。

 ここから先は、“あんたらの観測”なんて要らない」


 レオンは輪を袖の内側に隠し、ミリアと共に丘を駆け下りた。


 観測局本部が下層世界の観測ラインを偽装し、

 実質的な封鎖を行ったその瞬間――


 この世界の運命は、“裏切り者”と呼ばれたひとりの男に託されることになった。


 観測局の一員としてではなく。


 ――世界と、カイと、ミリアを守る“本物の観測者”として。

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