第4話 揺らぐ世界と、見えない“線”
●訓練場に落ちる“ゆがんだ光”
ミリアの家の裏手にある、小さな訓練場。
昼下がりの光が木々の隙間から揺れ、地面に黄金の模様を落としている。
広くはないが、ミリアが火の魔法を練習するには十分だ。
家の壁には点々と焦げ跡が残り、彼女の努力の証となっていた。
「――《フレア・リボン》!」
ミリアが唱えると赤い魔法陣が浮かび、炎が一本の帯となって舞い上がる。
それは弧を描いて花のように開き、まるで生き物が踊っているようにしなやかだった。
「ね、すごいでしょ!」
ミリアは誇らしげに胸を張る。
「火属性はただ燃やすだけじゃなくて、こういう細かい制御ができないと駄目なの!」
訓練場の端で剣を磨いていたカイは、ぽつりと答えた。
「……ああ。綺麗だな」
言葉は素直だが、その瞳だけがどこか遠い。
(また……だ)
胸の奥がざわつく。
(時々、世界がゆがんで見える)
魔法陣の周囲だけ、空気が違う――
“膜”のような層が幾重にも重なり、揺れているように視えるのだ。
本来、魔法は光や色で視えるもので、
層だの線だの、そんな構造を視認するものではない。
だが――カイには視えてしまう。
そして、視ようとすると頭痛が走った。
●ミリアの不安と、カイの“違和感”
「ねぇカイ、魔法書そんなに難しい?」
魔法を終えたミリアが汗をぬぐいながら隣に座る。
「難しい……というか、魔法陣の形が妙なんだ」
「形?」
「何かの“設計図”みたいな線が上から重なって見える」
「せ、設計図……?」
「俺にだけ、そう見えるんだ」
ミリアの表情が曇る。
「やっぱり変だよ。カイには魔法が効かないし、計測器も全部エラー……三年前からずっとそう」
「迷惑かけてるよな」
「迷惑じゃない!」
ミリアの声が訓練場に響く。
「拾ったのは私。助けたいって決めたのも私。
カイがどんな子でも……大丈夫だから」
照れたように笑い、ミリアはカイの手をそっと握る。
その瞬間――
世界が“暗転”した。
(また……)
地面と空の境界がゆがみ、ミリアの輪郭が二重にぶれ、
空中に黒い線が走るのが視えた。
一秒にも満たない。
だが間違いなく【異物】だった。
もちろん、ミリアには視えない。
この世界の人々には、そもそも視る仕組みがない“裏側”の現象だから。
「カイ? ぼーっとしてると火傷するよ?」
「……ああ、悪い」
返事はしたが、胸のざらつきは消えない。
(俺は……何を視てる?)
●ミリアの最後の魔法と、カイだけが視る“線”
ミリアはもう一度立ち上がり、太陽へ掌を向けた。
「よーし、最後の締め! いくよ――!」
白い紋章が展開し、魔力が集中する。
「――《サン・ピラー》!」
眩い光をまとった炎柱が天へ伸びた。
太陽の光を束ねたような純白の炎。
見物していた住民たちが歓声を上げる。
「さすがミリアだ!」
「今年も大会優勝だな!」
ミリアは誇らしげに微笑む。
――だが、カイだけは別のものを視ていた。
(……視える)
炎柱の中心に“黒い縦線”が走っていた。
光とも影とも違う。
ただ世界を真っ二つに割るような、底なしの黒。
(あれは……魔法の根っこに触れる現象のはずだ)
本来、この世界の誰にも視えない“裏側の線”。
魔法や世界の仕組みがどこかで歪んでいるときにだけ生まれる兆候。
だが、カイには視える。
(俺はいったい……何者なんだ)
胸が痛み、封印のようなものが脈打つ。
●気づかれない空の揺らぎ
炎柱が消え、住人たちが散っていく頃。
カイはふと空を見上げた。
何もない――ように見える空に、
(……まただ)
黒と白の揺らぎが走った。
普通の人間には絶対に視えない“異質な波紋”。
まるで誰かが空から世界を観測しているかのような残り香。
(……誰かに、見られている?)
背中を冷たい指でなぞられたような感覚が走る。
●影の視点
『……視たな』
霧のような声が、空の奥で揺れた。
『封印下であれを視認……やはり特異個体に間違いない』
『世界の“裏側”へ触れ始めた。干渉レベル上昇』
『段階移行を前倒しするか?』
無機質な声が応じる。
『否。
――“彼自身が選ぶ”までは、介入は禁止だ』
黒い波紋が空に広がり、静かに消えた。
カイが知らないところで、
世界の裏側の存在たちは彼を観測し、覚醒の瞬間を待ち続けている。




