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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第2章:揺らぐ街と観測者レオンハーツ

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第34話 選べない選択

 レオンが去ったあとの部屋は、妙に広く感じた。

 静けさが重くのしかかり、

 まるで世界そのものがカイをひとりにしようとしているようだった。


(……俺がいなくなれば、この街は守られる?)


 レオンの“救済”の提案。

 甘いようで、どこか残酷だった。


 確かに、歪みもノイズも、自分が動けば反応する。

 観測局の言い分どおりなら――

 自分さえ消えれば街は安定するのかもしれない。


(でも、それが本当に正しいなんて、誰にも分からない)


 観測局は“観るだけ”。

 レオンはそう言った。


 だが、その“観る”の中には

 切り捨てや排除に繋がる判断だって含まれているはずだ。


 窓の外には、月が静かに光っている。

 屋根の影が淡く揺れ、街は深い眠りの中にあった。


(ミリアや街のみんなを守るために、俺が消える……?)


 その考えが、胸を強く締めつけた。


 ふと、ミリアの声が蘇る。


『カイがいない世界なんて、意味ないよ』


 あの時のミリアは怒っていて、泣きそうで、そして真っ直ぐだった。

 自分以上に、自分のことを信じていた。


「……選べるわけ、ないだろ」


 小さな声が、夜気に溶けて消えていく。


 カイは剣を手に取り、刃に映る自分を見つめた。

 目の下には隈が浮かび、疲れた青年の顔がそこにあった。


「世界も、街も、ミリアも……

 全部守るって言ったのは、俺だ」


 口にした瞬間、胸の奥がひどく痛んだ。


 世界を守るなんて大きなこと、

 本来できるわけがない。


 ただ――

 ミリアとこの街を守りたい。

 その気持ちだけは、ずっと変わらない。


 そのとき、コン、と小さなノックの音がした。


「カイ? 起きてる?」


 ミリアの声だった。


 カイは意識を整え、静かに答えた。


「……起きてる。入って」


 扉が開き、寝間着姿のミリアが入ってきた。

 髪は少し乱れ、少しだけ頬が赤い。


「さっき……窓の外にレオンがいたの、見た」

「……そっか」


「何を話してたかは分からないけど……

 カイの顔が、すごく苦しそうだった」


 ミリアはためらわず、カイの隣に座った。


「悩んでる顔、してる」


「……まあな」


 カイは天井を見た。


「観測局に行ったほうがいいのかなって……考えてる」


 その言葉を聞いた瞬間、

 ミリアの眉がキュッと吊り上がった。


「ダメ」


「即答かよ」


「当たり前だよ」


 ミリアの声は震えている。

 怒っているのではない。

 “怖がっている”のだ。


「そんなの……カイが幸せにならないでしょ。

 “守るために自分を捨てる”なんて、そんなの私は一番嫌い」


「俺がいると、世界が壊れるって――」


「世界って何?」


 ミリアの声が、震えながらも強く響いた。


「街より大事なの?

 私たちより大事なの?

 カイが生きてる、今この瞬間より大事なの?」


 カイは返す言葉を失う。


 ミリアは続けた。


「世界を守りたい気持ちは分かるよ。

 でもね……その世界からカイが消えちゃったら、

 それって本当に“同じ世界”なの?」


 その言葉が、胸の奥深くまで届いた。


「……俺は……どうすればいいんだよ」


「分からないなら、今は決めなくていい。

 レオンも言ってたんでしょ?

 “急がなくてもいい”って」


「……よく聞いてるな」


「当たり前だよ。カイのことだもん」


 ミリアはそっとカイの手を握った。

 人間の、確かな温もりだった。


「観測局がどうとか、世界がどうとか。

 そんな難しいことは今は置いておこう?」


 ミリアは窓の外の静かな街を指した。


「今は、“ここ”を守ろうよ」


 街灯のない夜道。

 風の音さえ聞こえない静けさ。

 その日常の景色は、脆くて、それでも温かい。


 カイは、心の奥から息を吐いた。


「……ありがとう」


 ミリアの笑顔は、レオンのどんな言葉よりも強かった。


「ううん。

 カイがいる世界を守りたいだけだよ」


 その言葉に、胸が少しだけ軽くなる。


(選べない選択なんて、本当は存在しない)


 世界か、自分か。

 街か、観測局か。


 そんな大げさな話より――

 もっと近くに、大切なものがある。


(答えは……急がなくていいんだ)


 ミリアの手の温かさが、そう教えてくれた。


 カイは手を握り返した。


「……今だけは、ここにいていいか?」


「ずっといてよ」


 迷いのない返事だった。


 その夜、カイは久しぶりに少しだけ眠れた。


 世界は壊れかけていても、

 選べない選択の中にいても――


 ミリアが隣にいる限り、

 まだ前に進める気がした。

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