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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第2章:揺らぐ街と観測者レオンハーツ

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第33話 取引の誘い

夜の街は静かだった。


 昼間の騒ぎ――

 歪みの再発と、カイの“線を斬る力”の発現。


 その影響で、人々は早めに家に戻り、灯りもいつもより早く消えていた。


 けれど――カイだけは眠れなかった。


(……世界を“測るだけ”、か)


 観測局の理念。

 レオンが口にした、冷たい言葉。


 「救うかどうかは、別の部署の仕事」

 「私は、観ているだけだ」


 あの森で聞いた声が、頭の中で何度も繰り返される。


(本当に、観るだけなのか?

 俺のことを測って、分類して……

 その先にあるのは――)


 嫌な想像が浮かぶ。


 「排除」

 「処理」

「例外の切り捨て」


 どの言葉も、レオンの冷静な態度に妙に似合っていた。


 そのとき――


 コツ、と窓ガラスが小さく鳴った。


「……?」


 風かと思ったが、違う。

 一定のリズムで“ノック”されている。


 カイは警戒しながら窓へ歩み寄り、そっと開けた。


 ――そこに立っていたのは、レオンだった。


 月明かりに照らされ、

 その輪郭は影のように薄く見える。


「夜分遅くに失礼。少し、お話を」


「……勝手に人の窓の前に立つなよ」


「扉から行くと、ミリアさんに見つかりますから」


「普通に来てくれたほうが、まだマシだろ……」


 ため息をつきながらも、カイは窓を開けてレオンを中に入れた。


 ミリアの家はすぐ近くだ。

 大きな物音を立てれば、起きてしまうかもしれない。


 レオンは椅子に腰を下ろす。

 その動きには、街の“穏やかな講師”の雰囲気はなかった。


「単刀直入に言いましょう」


 レオンはカイを真っ直ぐに見つめた。


「観測局としてではなく、“一人の人間として”の提案です」


「観測局の人間が、“個人として”って……どういう意味だよ」


「そのままですよ。

 私は観測局の一員であり……同時に、“レオン・ハーツ”でもある」


「……それで?」


「その“レオン・ハーツ”として。

 あなたに、ひとつ提案があります」


 レオンの声に、これまでとは違う熱が混じる。


「あなたの力――

 魔法を受けつけない体質。

 周りの魔法の流れを乱す性質。

 そして、“線を斬る”あの力。


 それらを、私に預けてもらえませんか?」


「……は?」


 一瞬、意味が理解できなかった。


「預けるって……どういうことだ」


「あなたの力を、観測局の管理の中に置く、ということです」


「それはつまり……拘束ってことか?」


「“保護”です」


「言いかた変えてるだけだろ」


「いいえ。大きく違います」


 レオンは淡々と言葉を続ける。


「拘束は、あなたの自由を奪う行為。

 保護は、あなたの存在を“世界の揺らぎから守る”行為です」


 レオンの瞳がわずかに揺れた。


 カイは鼻で笑う。


「結局、檻に入れるってことだろ?」


「“安全な檻”です」


「ほらな。やっぱり檻じゃねえか」


「ですが、それがあなたにとって必要になる可能性がある」


 レオンは静かに言う。


「あなたがこの街にいる限り、世界は歪み続けるでしょう」


 その言葉が、胸に突き刺さる。


(……俺が、いるから?

 俺がこの街……世界のひび割れの原因?)


 レオンは続ける。


「あなたが森で斬ったのは、“ノイズ”だけではありません。

 ノイズに巻きつかれた“世界の線”そのものです」


「……」


「あなたは、自分で分かっていないだけで、

 “世界の外側の力”を使っています。


 そんな存在が、何事もなかったように世界の中で暮らし続けたら――」


 レオンは淡々と結論を口にした。


「崩れる速度が、早まります」


 部屋の空気が重くなる。


 カイは、怒りとも不安ともつかない感情で拳を握りしめた。


「じゃあ、どうしろってんだよ」


「私と来るのです」


 レオンは立ち上がり、カイに向き合う。


「私と一緒に拠点へ移動し、観測局の保護下に入る。

 “例外”として、特別に扱われる」


「……ふざけんな」


「ふざけてはいません。

 これは、“救い”の提案です」


 レオンの声には、冷たさだけでなく、焦りにも似た熱があった。


「あなたを守るためでもある。

 そして……あなたが守りたいと願っている、この街を守るためでもある」


「……つまり、取引ってことか」


「はい。取引です」


 レオンははっきりと言った。


「あなたが私と来るなら、

 この街に新しい観測班は送らせません。


 歪みに関する処理も、すべて私ひとりで引き受けます」


「――っ」


 カイは息をのんだ。


 それは、とても甘い提案だった。


 街から観測局の気配が消える。

 ミリアの前に、“観測する側の人間”が現れなくなる。

 街は、少しずつ“普通の生活”を取り戻せる。


 その代わりに――

 カイひとりが“例外”として連れていかれる。


 カイは世界の外側へ移され、“管理される存在”になる。

 おそらく、二度と戻れない。


 レオンがその覚悟で話していることは、すぐに分かった。


 カイは唇を噛む。


「……ミリアは?

 街の人は?

 この先、何か起きても……お前たちは助けないんだろ?」


「“必ず助ける”とは言えません。

 ですが――」


 レオンは、そこで言葉を止めた。


 ほんの一瞬、視線をそらす。


「……私は、あの人たちに危害が及ぶことを望んでいません」


 それは、観測者としての言葉ではなかった。


 “レオン・ハーツ”というひとりの人間の言葉だった。


「答えを、今すぐ出す必要はありません」


 レオンは窓のそばまで歩き、月明かりの中で振り返る。


「ですが覚えておいてください。


 これは、あなたを“閉じ込めるため”だけの提案ではない。

 あなたが“大切なものを守るため”の道でもあるのです」


 月の光が、レオンの瞳に映る。


 その色は、ただの観測者のものではなかった。

 どこか、切実さを含んだ色だった。


「あなたが、自分を選ぶのか。

 世界を選ぶのか。

 それとも――別のものを選ぶのか。


 その選択を、私は最後まで見届けます」


 そう言い残して、レオンは夜の闇へ消えた。


 残ったのは、静かな月の光と、

 胸の奥に沈んでいくような重たい痛みだけ。


(……俺は……何を選べばいい)


 カイはベッドの端に腰を下ろし、

 窓の外の月を見上げた。


 逃げられない問いが、何度も胸に響く。


(自分か。

 世界か。

 それとも――)


 自然と、視線がミリアの家の方角へ向いた。


(……ミリアか)


 答えは出ない。

 出せないまま、夜はゆっくりと深くなっていった。

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