第30話 歪んだ加護
三日前の昇格試験。
鉄のゴーレムを一撃で倒したあの“斬り方”は、もう街中の噂になっていた。
けれど、カイの胸に残っていたのは誇らしさではなく、拭えない違和感だった。
(あれは……斬ったんじゃない。
“線が消えた”みたいだった)
その不気味な感触を抱えたまま迎えた朝。
ミリアがふと声をかけてきた。
「今日ね、教会で子どもたちの“加護の儀式”があるの。
一緒に行かない?」
彼女の誘いに、カイは頷いた。
自分の胸のざわつきを、いったん落ち着けたかった。
◆ ◆ ◆
街の中央にある教会は、白い石でつくられた立派な建物だった。
扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を包む。
天井には女神の絵が描かれ、
ステンドグラスの光が床にきらきらと広がっている。
「ほら、あれが儀式だよ」
ミリアの指先には、小さな子どもたちの列。
ひとりずつ祭壇に進み、神官から祝福を受ける。
それで、ちょっとした魔法くらいは誰でも使えるようになるという。
温かい光景――
けれど、カイにはどこか遠い出来事のように思えた。
(俺には……関係ないよな)
そう思ったときだった。
祈りを唱えていた神官が、カイを見つけて微笑んだ。
「カイさん。よければ、あなたも試してみませんか?」
「え……?」
「“魔力がまったくない青年”と聞いています。
この場で確認しておきたいのです」
周囲がざわつく。
ミリアが心配そうに囁く。
「カイ……受けてみて。
本当に何か分かるかもしれない」
その瞳には、不安と、ほんの少しの期待が混じっていた。
カイは小さく息を吸う。
「……分かりました」
◆ ◆ ◆
祭壇の前で膝をつく。
柔らかな光が降りそそぎ、神官が祈りの言葉を唱える。
「女神よ……この者に祝福を……」
そして、両手がカイの頭上にかざされ――
光があふれ出した。
次の瞬間。
ふっ。
光はカイに触れた瞬間、
“はじけて霧のように散った”。
「……っ!」
神官の表情が固まる。
砕けた光は床や壁にぶつかって乱れ、
その一部が祭壇の後ろに“黒い影”を落とした。
穴のように見える、嫌な影――
ほんの一瞬。
誰も気づかないほど短い時間だった。
だがカイには、背中を冷たい手でつかまれたような感覚が走った。
「カイ……今の……影が……」
「見えたのか?」
「ううん。でも……胸がぎゅっとして……
“間違ってる”って思った……」
神官は視線を落としたまま震えていた。
「……ここまで祝福を拒む人は、見たことがありません」
「俺、女神に嫌われてるんですか?」
半分冗談で言ったつもりだった。
しかし、神官は首を振る。
「違います。
あなたは、この世界の“加護の外側”にいます」
「外側……?」
「普通、人は生まれたときから見えない力に包まれています。
それが魔法であり、運命であり……存在の証でもあります」
神官は恐る恐る告げた。
「ですが、あなたには……その“線”がまったくありません」
「……ない?」
「世界が、あなたを“この世界の人間”として扱えていない。
まるで……外から迷い込んだ存在のように」
その言葉が胸に深く突き刺さる。
◆ ◆ ◆
儀式は急きょ中断され、
周りの子どもたちが不安そうに遠巻きに見る。
ミリアがそっとカイの手を握った。
「行こう、カイ……。
ここ、もう長くいられないよ」
「……ああ」
外に出ると、明るい昼の光が目にまぶしい。
でも、その光でさえどこか遠く感じた。
(俺は……本当に、この世界の人間じゃない?)
光を拒んだだけじゃない。
あの影。
あの嫌な揺れ。
あれは――本来、教会にあるはずのものじゃない。
(俺は……異物なんだ)
空を見上げたとき、
一瞬だけ青空に“ひび”が走ったように見えた。
(……まただ)
(歪みの時と……同じだ)
その時だった。
背後から柔らかな風が吹き、静かな声が近づいてくる。
「興味深い現象でしたね、カイ君」
振り返ると――
レオン・ハーツが立っていた。
昼の光を受けても、彼の瞳は冷たい。
「光を拒むだけでなく、
聖堂に“黒い穴”のような影を生むとは……」
「……見てたんですか」
「観察は、私の役目ですので」
彼は微笑んだ。
丁寧な笑みだが、どこか嬉しそうで――冷たい。
「あなたは、世界の“外側にいる者”です。
放っておけませんよ」
「……放っておいてください」
「できません。
あなたという存在が、世界に何を起こすのか。
私は、それを見届ける義務があります」
◆ ◆ ◆
レオンが去ったあと、ミリアが心配そうに見つめてきた。
「カイ……大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。でも……平気だ」
「どっち?」
「どっちも」
ミリアは困ったように笑い、その手をぎゅっと握った。
「世界がなんと言っても、
私はカイを信じるよ」
その言葉だけが、不思議と胸に沁みた。
(俺は……何者なんだ?
どこから来て……どこへ向かうんだ?)
今日の空からひびは消えていた。
けれど、カイの胸には残ったままだった。




