第3話 揺らぐ魔導結晶と、記憶の疼き
――《無属性の少年》、魔法試験へ挑む。
三年前――深い霧に包まれた森で倒れていた少年。
赤髪の魔導士・ミリアに拾われたその少年は、今では「カイ」と名乗り、小さな街で暮らしていた。
記憶はない。
覚えているのは名前だけ。
それでも――
(これが……普通の生活ってやつなのか)
三年間、ミリアの家で暮らし、薪割りや雑用をこなす日々。
霧の森で目覚めたときには想像すらできなかった穏やかな時間だ。
――もっとも、カイは“普通”から大きく外れているのだが。
本人はまだ知らない。
◆ミリアの家・朝
「カイ! 起きて! 今日は試験の日でしょ!」
階段を駆け上がる音。
扉が勢いよく開き、ミリアが飛び込んでくる。
「……試験。今日だったか」
「当たり前でしょ。ルーメン市民は《魔法試験》必須なの!」
「……俺、魔法使えないんだが」
「だから受けるのよ! 三年も魔法が一度も発動しないなんて、怪しまれるじゃない!」
「それを言うな……」
口喧嘩のようで、家族のような温かさ。
カイにとって、一番落ち着く時間だ。
――胸の奥の“疼き”さえなければ。
(また……熱い)
突然、胸の中心が焼けるように痛む。
浮かぶのは断片的な映像。
光。
痛み。
封じられる感覚。
(……何なんだ、これ)
答えは分からないまま、カイはミリアと家を出た。
◆ルーメン広場・魔法試験
年に一度の《魔法試験》の日。
広場には大勢の家族と子どもたちが集まっている。
「ミリアの家の子だ」
「でも魔法、使えないらしいぞ」
「結晶が光らなかったら……」
(慣れたけど……やっぱり苦手だな)
火、水、風、土……
次々と子どもたちの属性が判明していく。
「次、カイ!」
呼ばれた名前。
唯一覚えていた、自分の“核”。
カイは結晶に手を置いた。
……沈黙。
光らない。
(やっぱり、か……)
冷たい現実。
胸がじんと痛む。
――その時。
ギィィィンッ!
結晶が金属の悲鳴のような音をあげて揺れた。
「なにこれ……」
「光じゃない……?」
「波打ってる……?」
六属性のどれでもない。
むしろ“すべてを拒むような揺らぎ”。
黒と白――相反する色が、交互に瞬く。
「属性反応じゃない……?」
「いや、これは“魔力無効化”の波形だ……!」
「本当に人間なのか……?」
ざわつく広場。
判定官まで後ずさる。
揺らぎはしばらく続いたあと、突然消えた。
(今の……俺が原因?)
胸が熱くなる。
“封印”が軋むように疼く。
――虚無。
――光。
――両方が同時に流れ込む感覚。
記憶の断片が、一瞬だけよぎった。
「カイ! 大丈夫!?」
ミリアが駆け寄る。
カイは無理に笑った。
「平気。結晶の不具合とかじゃないか?」
しかし判定官の表情は硬い。
「カイ君の結果は――《保留》だ」
「保留?」
「後日、魔術師団による追加検査を受けてもらう。前例がない」
広場中がざわめく。
「普通じゃない……」
「黒と白なんてありえるの?」
「なんか怖い……」
その視線を背に、カイは広場を後にした。
◆帰り道
「……カイ、怖くない?」
「何が?」
「自分のことよ。魔法が使えないのに、あんな反応……普通じゃないわ」
(分かってる。俺が一番分かってない)
沈黙。
ミリアはふっと笑う。
「でも拾っちゃった以上、最後まで面倒みるって決めてるの。危険だろうとね」
「……俺はペットか」
「じゃあ弟?」
「それも違う」
思わず笑いあう。
その一瞬だけは、確かに“日常”だった。
――しかし。
空が、ひどく静かだった。
◆影の視点
この世界には、表には出ない“もう一つの役割”がある。
世界のゆくえを見守り、選択の結果を記録する存在。
人々はその存在を知らない。
気づくこともできない。
ただ、彼らは静かに“観測”している。
『……封印下でこの反応。やはり“対象”はカイで確定だ』
『現在、ルーメンで安定観測中。次の段階へ移行可能』
『監視を続けろ。
――“選択する者”が動き出す』
霧の奥で、声が響く。
カイが知らない場所で。
彼の運命は、すでに動いていた。




