第29話 鉄の巨人と“斬”
訓練場の中央。
乾いた石畳のうえに、巨大な鉄の影が立っていた。
全長二メートル超。
中級ランク冒険者の訓練用として街で最強クラスの“戦闘ゴーレム”。
丸太のような腕、鉄塊のような拳。
胸には魔力核が埋め込まれ、訓練場全体の魔力回路と連結している。
(こいつが相手、か……)
カイは深く息を吸い、ミリアと共に前へ出る。
「受験者、ミリア、カイ。前へ!」
試験官の声と同時に、周囲の視線が二人へ集中する。
(注目されるのは苦手なんだけどな……)
しかし、今はそれどころではない。
訓練場の端――
レオン・ハーツの姿が視界の隅に見えた。
講師の衣を着ていながら、あの目は“観測者”のものだ。
(……また観に来てる)
胸の奥がひとつ強く脈打つ。
◆ ◆ ◆
「試験内容は単純だ」
試験官が板を叩く。
「制限時間は五分。
もしくは、ゴーレムを完全停止させたら、その時点で合格とする!」
「了解!」
ミリアが元気よく返事をし、カイも頷く。
直後――
ゴーレムの目が青く光り、
ギギギ……と金属が嚙み合う音を立てて動き出した。
巨大な鉄の拳が振り下ろされる。
◇ ◇ ◇
(速いけど……見える)
カイは石畳を滑るように身をずらし、
拳を紙一重で回避。
風圧だけで頬が切れそうだ。
しかし構えは崩さない。
懐へ飛び込み、剣を握り直す。
「――《斬》!」
質量ごと叩き込む一撃。
鉄の装甲が鈍い音を上げて歪む。
ゴーレムが一瞬バランスを失った。
「ナイス!
――《フレイム・ランス》!!」
ミリアの炎の槍が腕の関節へ突き刺さる。
ボウッ!
熱が爆ぜ、関節が赤熱するが――
ゴーレムは止まらない。
「固いな……!」
「なら、押し切る!」
カイは距離を取り、構えを低くした。
(切断じゃない……線を“消す”)
剣を握る手の力を抜き、背にわずかな緊張を持たせる。
「行くぞ……!」
踏み込む。
「《斬》!」
――光。
視界が白く瞬き、
見えない斬撃が空気を裂いて走る。
カンッ、と金属を断つ乾いた音。
次の瞬間。
ゴーレムの胸元に、細く白い線が浮かび――
その線から鉄が静かに崩れ落ちた。
がしゃん。
魔力核が一度だけ明滅し、沈黙する。
鉄の巨人は、完全に停止していた。
◇ ◇ ◇
訓練場に、しばしの沈黙が落ちた。
「……今の、見たか?」
「斬撃が……空飛んだよな?」
「いや魔法だろ、あれ。
……魔力反応、なかったぞ? じゃあ何だよ……!」
ざわめきが一気に広がる。
試験官も目を丸くし――
「……合格。
文句なしだ」
そう絞り出すように言った。
周囲から拍手が起こる。
「やったね、カイ!!」
ミリアが嬉しそうに背中を叩く。
「お前の炎が助けになったよ」
そう言ったが――
カイの胸には、別の感覚が残っていた。
(斬った……っていうより……
“線を消した”みたいだった)
鉄でも、肉でも、骨でもない。
世界の“描写”そのものを斬ったような奇妙な手応え。
(やっぱり……俺の斬撃は普通じゃない)
◆ ◆ ◆
訓練場の端。
レオン・ハーツが静かに拍手していた。
だがその拍手は称賛ではなく――
“観測結果への評価”だった。
(……やはり規格外。
今の一撃は魔法でも技術でもない。
世界に刻まれた“記述”を直接書き換えた……)
黄金の瞳が薄く光る。
冒険者たちの歓声とは別に、
レオンだけが全く違う景色を見ていた。
(この世界の法則は、対象Kには干渉できない。
むしろ――彼自身が“歪みの中心”だ)
冷静で正確な観測者の思考。
だが、その奥に――微かな熱が宿る。
(面白い……)
レオンは静かに言葉を漏らす。
(君は、どこまで“外側”を侵し、
どこまで、この世界を揺らし続けるのか)
風がレオンのローブを揺らした。
そしてその視線は、
ひとときもカイから外れることはなかった。




