第28話 ギルドの再試験
冒険者ギルドの掲示板前は、朝から妙な熱気に包まれていた。
いつもなら依頼の取り合いで騒がしい時間帯だが、
今日のざわめきは、少し質が違う。
張り出された紙を、冒険者たちが真剣な顔で覗き込んでいた。
「えぇ~~、また試験~~?」
ミリアのげんなりした声が、吹き抜けに響く。
カイは苦笑して肩をすくめた。
「仕方ないだろ。歪みと魔獣の件で、“戦力の再確認”だってさ」
「再確認って……私たち、本当にその対象なの?」
「お前、歪みのとき一番働いてただろ。
俺は……まあ、色々あったし」
「“色々”でごまかせる内容じゃなかったんだよねぇ……」
ミリアは呆れ顔で、カイの肩をぽんと叩く。
掲示板には、大きな文字が躍っていた。
【中級ランク昇格試験・再試験のお知らせ】
・各パーティの実戦能力の再評価
・魔獣増加に伴う戦力強化のため
・推薦者は優先的に受験可能
「カイとミリアは、前回の戦闘評価で推薦が出てる。
今回の試験で受かれば、正式に中級認定だ」
説明してくれたギルド職員は、どこか疲れたような笑みを浮かべている。
「つまりまた戦えってことでしょ……」
ミリアは大きくため息をつく。
それでも、その瞳の奥には少しだけ闘志が宿っていた。
「悪くないと思うけどな。実戦は多いほうがいい」
「そういうとこが“戦闘バカ”なんだよ、カイって」
「褒めてるのか?」
「褒めてない」
口ではそんなことを言いながら――
二人とも胸の奥には、別の緊張を抱えていた。
三日前の歪み騒動以来、世界がどこか“ざらついて”いる気がする。
魔獣は増え、魔法は不安定。
そこへ、レオンという“異物”がこの街に居座っている。
本当は昇格試験どころではない。
それでも、日常を形だけでも取り戻すには、こうした「決められた行事」が必要だった。
◆ ◆ ◆
試験会場は、街はずれの大きな訓練場だった。
古い石壁に囲まれた円形フィールド。
簡易的だが観客席もあり、模擬戦には十分な設備だ。
すでに何組かの冒険者が準備を始めている。
「あ、カイじゃないか!」
土魔法使いの青年・ロイドが手を振りながら近づいてきた。
以前、森で魔法を暴発させ、カイにかすり傷を負わせた張本人だ。
「この前は悪かったな……。
暴発のせいで、お前怪我したって聞いた」
「気にしてないよ。あのときは、ロイドの土壁にも助けられたし」
カイが笑って返すと、ロイドはほっとしたように肩の力を抜いた。
「それにしてもさ――噂、本当だったんだな」
「噂?」
「お前、“魔法が効かない”ってやつ。
ギルド中の話題だぞ。この街じゃ前例なしだってさ」
「……まあ、そんなところだ」
カイは曖昧に答えるしかない。
ロイドはそれ以上踏み込んではこなかったが、
周りの視線がひそかにこちらへ集まっているのが分かる。
興味、期待、そして少しの恐れ。
(魔法が効かない。それだけで、こうも見られ方が変わるのか)
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
◆ ◆ ◆
「静粛に!」
甲高い声が訓練場に響く。
試験官が壇に上がり、説明を始めた。
「今回の試験内容は、模擬戦形式だ。
二人一組で、指定のゴーレムと戦ってもらう!」
フィールドの中央には、鉄製のゴーレムが並んでいた。
魔法核で動く、訓練用の攻撃人形だ。
「魔法攻撃への耐性を強化してある。
魔法だけで倒すのは難しい。――つまり、剣士の腕が問われる試験だな」
試験官の視線が、ちらりとカイのほうへ向く。
(……また注目か)
カイは静かに息を吸い、腰の剣にそっと手を置く。
そのとき――
訓練場の入口付近で、ふっと“空気が重くなった”。
(この感覚――)
気配の主は、すぐに分かった。
レオン・ハーツが、静かに訓練場へ入ってきたのだ。
ギルド職員と軽く言葉を交わしながら、
その視線は、たった一度だけカイを射抜く。
表情は穏やかな笑顔。
だが、瞳は氷のように澄み切っている。
(……観ている)
昼間の「講師」の仮面の奥に隠れている、
あの無機質で鋭い“観測者の目”。
(また俺を、測りに来たのか)
心臓が、どくんと強く鳴った。
「……カイ、落ち着いて」
ミリアが袖を軽くつまむ。
カイの心の揺れを、確実に感じ取っていた。
「大丈夫。レオンだって、試験そのものには口出しできないよ」
「……ああ。分かってる」
それでも、レオンの存在は
“昇格試験の緊張”とは別の種類の圧力を、場の空気に混ぜ込んでいた。
◆ ◆ ◆
「次、カイ・ミリア組!」
呼び出しの声が響く。
フィールド中央のゴーレムが、ギギギ……と駆動音を鳴らして動き始めた。
「行くよ!」
ミリアが杖を構える。
カイも剣を抜いた。
これは昇格試験であり、ただの模擬戦であり――
同時に、レオンにとっての“観測実験の場”でもある。
(やるしかない)
カイは迷いを振り払って、一歩前へ踏み出した。
この一戦が、
単なる中級ランク試験で終わらないことを――
この時点で、まだ誰も知らなかった。




