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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第2章:揺らぐ街と観測者レオンハーツ

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第27話 夜の観測

 その夜。

 街から少し離れた小さな丘の上に、一人の男が立っていた。


 レオン・ハーツ。


 昼間、街で見せていた「王都の講師」の柔らかい雰囲気はそこにはない。

 夜風に揺れるローブだけが、彼の輪郭を淡く縁取っていた。


 丘の上は静かだった。

 人の気配も、獣の影もない。


 ただ、風が草を揺らす音だけが聞こえる。


 空には星が散らばっている。

 この世界の夜空は、魔力の流れに合わせて微かにゆらぎ、星々はその揺らぎを反射するように瞬く。


 だが――レオンの瞳は、その星を「見て」いなかった。


 彼が注目しているのは、別の光だ。


(……魔力情報の残りかす。

 思った通り、この世界は軋みやすい)


 レオンの周囲に、透明な“窓”のような光がふっと浮かび上がる。


 一つ、また一つ。


 それらは半透明の板になり、その中に異なる光景を映し出した。


 一つ目の窓には――

 昼間の実験で、魔法がカイに触れる前に弾けて消えた瞬間。


 二つ目の窓には――

 三日前の森の歪み。黒い裂け目が開きかけた場面。


 三つ目には――

 今まさに眠っているカイの姿。


 カイの寝顔は穏やかだ。

 だが、その寝息の周囲で、空気がかすかに「揺れている」のが分かる。


 世界が、彼をうまく「掴みきれていない」かのような揺らぎだった。


「観測局第二班所属、レオン・ハーツ」


 レオンは静かに片手を上げた。


「地上観測レポート――送信開始」


 詠唱も魔法陣も使わない。

 ただ意識を向けるだけで、ひとつの窓が強く光り、夜空へ吸い込まれるように消えていく。


 次の瞬間、レオンの意識に“情報の音”が返ってきた。

 それは声ではなく、意味だけが直接流れ込んでくる独特の感覚だ。


《対象K――魔法拒絶率、安定。

 周辺空間への影響、小規模ながら継続中》


《精神状態――不安と自己嫌悪、その下に「守りたい」という決意。

 保護対象“M”への心理的依存度、中程度》


《観測継続を推奨。

 第二段階の完了を確認》


 レオンの表情から、街での人当たりの良い笑顔が完全に消えた。


 そこに残っているのは、純粋な“観測者”の眼差しだけだ。


(魔法拒絶の強度は少しずつ上昇。

 世界の法則とのズレも、じわじわ増えている)


 別の窓に指先を伸ばすと、歪みの映像が拡大される。


(歪みも収束していないな……。

 あの日、一応「閉じた」と判断されたが……内部はむしろ薄く、柔らかくなっている)


 指先で窓を払う。

 映像が切り替わり、眠るカイの姿が映る。


 その周囲には、うっすらとノイズのような揺らぎが滲んでいた。

 普通の人間には見えないが、観測者の目にははっきり見える。


(無意識の状態でも揺らぎが続いている。

 ……やはり、彼の“存在そのもの”が、この世界の枠を押し広げている)


 レオンはそっと目を閉じる。


(対象“K”は、この世界の法則に正しく組み込まれていない。

 あるいは、世界のほうが彼を“正しく処理できていない”)


 そんな存在が、

 ただの街で、ただの生活を送り、ただの人たちと笑っている。


(皮肉なものだ)


 ごく短く、レオンの口元に笑みが浮かんだ。


(世界の“例外”が、何も知らない顔で日常に溶け込んでいる)


 夜風が彼の銀髪を揺らす。


「さて……」


 小さくつぶやき、レオンは空を見上げる。


「君は、この世界でどんな選択をするのだろうね」


 一見すると穏やかな声。

 だが、その奥には観測者としての興味だけではない、別の何かが混ざっていた。


 興味。

 好奇心。

 そして――説明のつかない“揺らぎ”。


(この感覚は……何だ?)


 レオンは、ほんのわずかに眉を寄せる。


 本来、観測者は対象に「情」を持たない。

 高い場所から世界を俯瞰し、ただ観て、記録する。


 それが役割であり、存在理由だ。


 ――そのはずなのに。


(なぜ、対象“K”を見ていると、胸の奥がうずく?)


 世界の異常を観測するのは、あくまで任務。

 例外個体は珍しいが、それだけの話。そこに感情は介在しない。


 それなのに。


「……レオン・ハーツ」


 自分の名をあえて口に出してみる。


 だが、胸につかえているものは消えない。


(第六観測プロトコル――

 “観測者の内部に変調が生じた場合、即座に上層へ報告せよ”)


 今の自分は、本来ならその条文に触れている。


 それでも、レオンは報告をしなかった。


 しようという発想すら、自然とは浮かばなかった。


 なぜか――自分でも分からない。


◆ ◆ ◆


 そのとき、丘の空気がわずかに震えた。


 レオンの背後に、ひとつの“窓”が自動で生成される。


 今度映ったのは、カイの寝室ではない。


 森の奥――

 歪みが発生した場所の「今」だ。


 闇が、かすかに脈打っている。


 風が吹いていないのに木々が震え、地面がゆらりと波打つ。


(……動き出したか)


 レオンの金色の瞳が細くなる。


「対象Kの“覚醒”と、歪みの脈動が……重なり始めている」


 窓に触れながら、彼は追加の報告を送った。


《歪み内部――活性化の兆候あり。

 対象Kとの相関関係:上昇中》


《世界構造の局所揺らぎ――顕著》


 短い情報が夜空へ溶けていき、再び静寂が戻る。


 レオンはひとつ息を吐いた。


(この世界は、もはや“安定”だけではいられない)


 夜風の中で、彼は静かに告げる。


「どんな結末になろうと……

 君の選択を、私は最後まで見届ける」


 その言葉は、観測者としてだけのものではなかった。


 どこか、人間的で。

 どこか、熱を帯びていた。


 レオン自身は、その変化にまだ気づいていない。


 だが――確かにそこには芽生え始めていた。


 “観測対象以上の存在”として、対象Kを見てしまう感情が。


 夜空の下。

 レオンの観測は静かに続いていく。


 そして同時に――

 彼自身の内側にも、目に見えない小さな歪みが走り始めていた。

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