第24話 剣と無効の稽古
夕暮れが町外れを淡く染めていた。
空は茜から紫へゆっくりと移り変わり、森は長い影を草地へ落としている。
人影もなく、風が草を揺らす音だけが静かに響いていた。
その中に、剣を構えて立つカイの姿があった。
向かいには、鍛冶屋が作った木製人形。何度も使われ、ところどころ傷んでいる。
「じゃあ、いくよ――《フレイム・アロー》!」
ミリアの澄んだ声とともに、火の矢が放たれる。
夕焼けの色と混ざり、赤い光の軌跡が美しく伸びた。
しかし――カイに触れる寸前。
火矢は音もなく“溶けるように消えた”。
煙も残らず、わずかな熱だけがカイの肌に触れる。
「……はぁ。今日も綺麗に消えるね」
ミリアは肩を落としつつ、どこか科学者のように観察を続ける。
「悪いな。練習、邪魔してるよな」
「ううん。これはこれで大事なデータになるから」
ミリアは手帳に書き込む。
火球、火矢、爆炎――どれもカイの半径数十センチ以内に入ると、
“魔法のほうから逃げるように”消滅する。
「反応距離は……だいたい腕一本分。前より少し広まってる」
「広まるのか、俺の“無効”って」
「広まるというより……“強まってる”。そんな感じ」
ミリアは言葉を選ぶように口を閉ざし、やがて真剣な表情で続ける。
「問題はね、そこだけじゃないの」
「……まだあるのか」
「遠くの的に撃ったとき、覚えてる?」
「あれ、外したよな? 風じゃないのか?」
「違うの。――カイが“近くにいるだけで”、魔法の軌道がぶれた」
カイは息をのむ。
「……俺が、周囲の魔法を乱した?」
「うん。
“魔法が効かない人”じゃなくて……
“魔法を狂わせる存在”になりつつある」
その言葉は重い。だがミリアの声に責める響きはない。
むしろ、カイを守ろうとする気持ちが滲んでいた。
「だからね、カイ。
あなたの剣が必要なんだよ」
ミリアは真っ直ぐな目で言う。
「魔法の届かない前線で戦えるのは、あなただけ。
それって、誰かを守る力になる」
カイは俯き、剣を握りしめた。
(守れる、俺が?
あの日の歪みで、ミリアの魔法すら届かなかった俺が?)
「ほら、いつものやつ、見せてよ」
ミリアの声に、カイは木人形へ踏み出す。
剣を横に薙ぐ。
「……《斬》」
空気が裂けた。
目に見えない衝撃波が走り、木製人形は中心から“ぱきり”と割れる。
破片が舞い、地面には細い斬れ目が一本刻まれた。
魔法ではない。
魔力でもない。
ただ、“外側”の力。
「はぁ……ほんとタチ悪いよ、その技。
魔術師団の教材に載せられないタイプ」
「魔法じゃないからな。……多分」
カイの冗談にミリアは笑う。
だがその笑みの裏に、確かな不安が潜んでいた。
(俺の力……本当に何なんだ?
俺は、この世界の“人間”なのか?)
そんな疑問が胸に渦巻いた、そのとき――。
ぱち、ぱち、と小さな拍手が背後から聞こえた。
「見事な剣技ですね」
振り返る。
そこに立っていたのは、夕陽を背にしたローブ姿の男。
昼間、広場に現れた講師――レオン・ハーツ。
銀髪は淡い光をまとい、黄金の瞳は冷たく光っている。
「魔力反応ゼロで、あの衝撃……実に興味深い」
穏やかな笑顔。
だが、声の奥にだけ熱がある。
「……講師殿」
「レオンで構いませんよ、カイ君」
名を呼ばれた瞬間、背筋が粟立った。
広場で名乗った覚えはない。
ミリアがカイの背後へ下がる。
「少し――君の“無効”について、実験させてもらえませんか?」
その言葉は、完全に“観測者”のものだった。
対象を解析し、分解し、理解しようとする視線。
レオンの笑顔の奥には、何の感情もない。
◆ ◆ ◆
夕暮れは紫から紺へ変わり、空気がひんやりと冷えていく。
(この空気……昼より濃い。
こいつ、まだ力を隠してる)
カイは剣を握り直す。
横でミリアが呪文の構えを取るが――
今のカイの周囲で魔法が正常に働くとは思えなかった。
レオンは柔らかい声で言う。
「安心してください。危害を加えるつもりはありません。
ただ……あなたの存在が“とても珍しい”のでね」
珍しい。
その裏にある意味はひとつ。
――“世界の規格外”。
「では、少しだけ。
君の“力の本質”を見せてもらえますか?」
夕闇が二人の間に満ちていく。
草を揺らす風が、場の緊張をさらに強めた。
(レオン……レオンハーツ。
お前は王都の講師なんかじゃない)
カイは確信する。
(これは――ただの実験じゃない)
この夜、
カイの“力”とレオンの“本性”が初めて触れ合う瞬間が、
静かに幕を開けようとしていた。




