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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第2章:揺らぐ街と観測者レオンハーツ

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第23話 新しい講師

 その日の午後。

 いつもはのんびりした街の中央広場が、珍しくざわついていた。


 露店は早めに店じまいを済ませ、人々は仕事の手を止めて広場へ向かっていく。

 まるで「何かが起こる」と、街全体が同じ方向へ吸い寄せられているようだった。


 だが、その雰囲気の底には――

 前の“歪み事件”の影が、まだ色濃く残っている。


(……みんな、不安なんだよな)


 カイは小さく息を吐く。


 森から溢れた黒い裂け目。暴走する魔獣。乱れた魔法。歪んだ空。

 幸い、街に大きな被害は出なかった。

 けれどあの日、“世界の裏側に触れた”ような感覚だけは、誰の胸にも残っている。


「王都から、“魔法理論の講師”が来るんだってさ」


 隣を歩くミリアが、少しだけ弾んだ声で言った。


「今さら講師? この街、学問の街でもないのに」


「歪みと魔獣の件で、王都がようやく本気になったんでしょ。

 魔法構造の乱れを調べるために、専門家を派遣したって噂だよ」


 広場の中央には、簡素な壇が組まれている。

 布のかかった机、王都印の刻まれた巻物、見慣れない魔力測定装置のような箱。


 やがて、壇に一人の男が上がった。


 三十代前半ほどのローブ姿。

 整った顔立ちに柔らかな微笑――だが、その瞳だけは笑っていない。


「初めまして。王都魔術学院より参りました、レオン・ハーツと申します」


 よく通る、聞き取りやすい声だった。

 けれど、不思議と温度を感じない。


「この街で発生した“魔法現象の乱れ”について、

 調査と講義の任を仰せつかりました。

 しばらくの間、皆さんと共に学び、考えていければと思います」


 広場に拍手が広がる。

 人々の表情から、ほんの少し緊張が抜けたように見えた。


 だが――。


(……この感覚、何だ?)


 カイの肌が、ぞわりと粟立つ。


 魔力の圧ではない。

 魔獣の殺気とも違う。

 もっと冷たく、もっと無機質で、“別の層”から覗かれているような感覚。


(視線……いや、それだけじゃない。

 “世界ごと”覗き込まれてるみたいだ)


 レオンは穏やかな笑みを浮かべたまま、淡々と話を続けている。

 だが、彼の周囲だけ、空気から温度が抜け落ちているようだった。


 そして、ふと――

 彼の視線が動き、群衆の中のカイを捉える。


 本当に、一瞬だけ。


 けれど、その瞬間だけ、世界の音が遠のいた。


(――っ)


 冷たい刃先で背骨をなぞられたような感覚。

 カイは、息をすることすら忘れた。


 あれは、“観測局の男”と対峙したときに近い。


(見られてる……。

 身体じゃない。もっと奥――“中身”を)


 言葉にはできない。

 それでも直感が、全力で告げてくる。


(あいつは、ただの講師じゃない)


 レオンはすぐに視線を逸らし、また柔らかな笑みに戻った。


「特に、“魔術検査で異常値が出た方”には、

 ぜひ個別にお話をうかがいたい。

 この世界の謎を解く鍵になるかもしれませんからね」


 その言葉が落ちた瞬間――

 周囲の視線が、一斉にカイへ向かう。


「……カイ、異常値って、あの……」


「検査器ぶっ壊した件、やっぱり広まってたか」


 ミリアが困ったように、小さく笑う。


「完全に狙われてるじゃん」


「まあ、隠れてコソコソ調べられるよりはマシだろ」


 カイはレオンを見据える。


 整った笑顔。丁寧な物腰。

 だがその表情は、“顔に乗せた仮面”のようにしか見えない。


(目の奥が、人を見てない。

 “データ”でも眺めてるみたいな……)


 ぞくりと、嫌な寒気が背を走った。


(敵か、味方か……

 それとも、そのどちらでもないのか)


 カイの胸の奥がざわめく。


(――“未知の世界”の匂いだ)


 レオン・ハーツ。

 この街に来た“講師”。


 その正体を、この場で知る者はまだいない。


◆ ◆ ◆


 やがて広場のざわめきは薄れ、人々はそれぞれの日常へ戻っていく。

 夕暮れの風が看板を揺らし、石畳をひやりと撫でた。


「ねえ、カイ……」


 帰り道。

 並んで歩くミリアの声は、いつになく真剣だった。


「さっき、広場で震えてたでしょ。あれ、緊張じゃないよね?」


「……バレてたか」


「そりゃ分かるよ。友だちだもん」


 ミリアは少し言葉を選びながら続ける。


「レオンってさ、“すごい魔力の持ち主”って感じじゃなかった。

 でも、“魔力のない人間”の空気でもなかった」


「魔力、感じなかったよな。なのに、冷たかった」


「そう、それ。

 “魔法使いの気配”じゃない。

 学院の講師っていうより……もっと、別の何か」


 ミリアもまた、本能でその異質さを感じ取っているようだった。


「……気をつけてね。

 あの人、多分――普通じゃない」


 カイは静かに頷く。


(やっぱり、そうだよな)


 ふと、少し離れた石畳の先から、靴音が聞こえた。

 レオンが、街路の向こうを一人で歩いていく。


 背筋はまっすぐ。歩幅は一定。

 何かを“観測”しているような視線だけが、まっすぐ前を切り裂いていた。


(……あの歩き方。

 この街に来た“人間”って感じがしない)


 夕陽を受けたその背中は、街並みの中でひどく浮いていた。

 よそ者、という言葉では足りない。“世界の外側”から紛れ込んできた異物。


 その異物が、静かに街へ足を踏み入れた。


 そしてそこから――

 小さなひびが、ゆっくりと世界に広がり始めていた。

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