第21話 観測者 ― Leonhart ―
――どこまでも白かった。
上下も境界もなく、ただ情報だけが漂う白の空間。
光というより“概念”の粒が浮遊し、世界の断片を宿したまま微かに脈動していた。
その中のひとつが、強い明滅を放つ。
《報告。対象コード“K”――魔法規格外個体。
一次観測、完了》
声とも思念ともつかない“情報の響き”が白の空間へ広がった。
音ではなく、波紋のように純粋なデータだけが構造を揺らしていく。
《魔法体系への分類不可。干渉不能。
観測プロトコル第七条に基づき、“行動選択の追跡”へ移行》
光点の周囲に円環が生まれ、多層の紋様が展開する。
森での“歪み”、魔獣の暴走、村へ及ぶ影響――
そして地上へ降りた“観測局の男(J)”の映像記録が淡く浮かび上がった。
《補足。対象“K”周辺に局所的世界乱れを検知。
仮説――対象は“この世界の規格外構造”を保持している可能性》
別の光点が、鋭い光を放つ。
《……削除案件の検討は?》
《否。プロトコル第十二条。
“処理不能な例外は、まず観測し、選択の軌跡を記録せよ”》
《つまり――例外は“見届けるしかない”と?》
《その通りだ。
例外は世界を揺らす。
我々の任務は、その揺らぎの“方向”を記録すること》
ひとつの光点が色を変えた。
青白から、深い琥珀の輝きへ。
《観測局、第二段階へ移行。
――地上への追加観測者の派遣を承認》
白の空間がゆっくりと裂け、“人型”が生成されていく。
情報の線が骨格を描き、外殻が重なり、輪郭が固まっていく。
姿が完成すると、その“男”は静かに目を開いた。
深い金色の瞳。
白銀に近い灰色の髪。
そして何より、“観測者でありながら感情の揺らぎを許された”特異な雰囲気をまとっていた。
その個体の名は――
レオンハーツ(Leonhart)。
《新規観測者ユニット“Leonhart”。
あなたを対象“K”の第二次観測担当に指名する》
名を呼ばれたレオンハーツは、視線だけをわずかに動かした。
その内部で、ごく微細な揺らぎが生じる。
(……久しく、この形態を使っていなかったな)
本来、観測者は形を取らない。
しかし“例外に接触するには、例外に近い構造が必要”――観測局はそう判断した。
《指令を》
レオンハーツの声は淡々としている。
しかし完全な無機質とは違い、どこか人間味の影が混じっていた。
光群が明滅し、対象“K”の行動ログが彼の意識へ流れ込む。
・魔法を“無効化”ではなく“規格外”として扱う
・魔獣の暴走を、因果すら歪めて結果のみを変えた
・観測者Jに対し恐怖反応ゼロ
・世界の物理法則を“別規格”で解釈している
情報を受け取るほど、レオンハーツの瞳に淡い熱が宿っていく。
《興味深い……。
これは“ただの例外”ではない》
《ああ。外的規格。特異点“K”。
本来の世界構造の上位に属している可能性がある》
《つまり――世界の“外側”に立つ者》
《断定はできないが、確度は高い》
レオンハーツは静かに思考を巡らせる。
(Jが干渉できなかった理由は……そういうことか)
《質問。
地上にいる観測者Jの状態は?》
《任務続行中。ただし対象“K”への干渉は完全に不能》
《あいつが停滞するほどの存在、か。
――なるほど、面白い》
その言葉は観測者にしては異質だった。
レオンハーツには“揺らぎ”がある。
それは、例外に触れる可能性を持つ唯一の性質でもあった。
《Leonhart。
任務はひとつ。
対象“K”を至近距離で観測し、選択の軌跡を記録せよ。
干渉は禁止》
《了解》
短い返答の裏に、沈黙が落ちる。
《ただし――》
《……続けて》
《もし“K”がこの世界を破壊しようとした場合。
あなたの権限はどう扱われる?》
一瞬、白い空間が静まり返った。
光点たちが揺らぎ、まるで息を潜めるように震える。
《権限は“凍結”。
対象“K”へのあらゆる行動を許可しない》
《徹底しているな……。
本気で“何もできない”前提か》
《そうだ。
Kは観測局にとっても未知数だ》
《破壊の可能性は?》
《不定。
ゼロではない》
その答えに、レオンハーツの口元がわずかに動いた。
人間なら、それは微笑に近い表情だった。
《了解。
降下準備に入る》
身体が光へとほどけていく。
《Leonhart。
あなたは観測者の中でも“揺らぎ”を持つ個体。
例外に近づきすぎれば――影響を受ける恐れがある》
《心配はいらない。
揺らいでも、俺は俺だ》
《……そうであればいいが》
光が弾け、レオンハーツの姿は消えた。
残された光点たちがざわめく。
《Leonhart を選んだ判断……正しかったのか?》
《むしろ最適だ。
例外には、例外に触れられる感性が必要》
《だが――Kと接触したとき、Leonhart がどう変化する?》
《それも含めて観測する。
それが我々の存在理由だ》
再び静寂が落ちる。
世界の外側の規格“K”。
その軌跡を追う、特異な揺らぎを持つ観測者レオンハーツ。
規格外同士の接触は、避けようのない未来として迫っていた。




