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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第1章:歪む世界と特異点の少年(カイ)

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第19話 ミリアの願い(ミリア視点)

 夜の森は、昼とはまるで別の世界だった。


 昼間の森には、まだ“生き物の気配”がある。

 葉を揺らす風、鳥の鳴き声、どこかで動く獣の足音──全部が、生きている音。


 でも、夜の森は違う。


 暗くて、静かで、深い。

 ただ暗いんじゃない。“色”そのものが抜け落ちたみたいな、底なしの黒。


 私は掌に小さな火球を灯し、その光だけを頼りにゆっくりと森の奥へ進んでいた。

 足音は土に吸い込まれ、世界の音が一つ、また一つと消えていく気がする。


 胸の奥が、ざわざわと落ち着かなかった。

 昨日の、あの“歪み”との戦いを思い出すたびに。


「……やっぱり、カイは普通じゃない」


 思わず口に出してしまって、自分でハッとする。

 でも私の言う“普通じゃない”は、怖いとか怪しいとか、そういう意味じゃない。


 ――あの人は、抱えすぎている。


 三年前。

 森の外れで倒れていた彼を見つけたときから、ずっとそう感じていた。


 魔力反応はゼロ。魔法も使えない。

 でも身体能力は驚くほど高くて、戦い方が妙に洗練されている。

 経験値の“質”が、他の冒険者とはまるで違う。


 昨日なんて、特にそうだった。


 あの黒い影に向かっていくカイの動きは、明らかに“戦場”を知っている人のそれだった。

 自分のためじゃなく、“誰かを守るため”に体を張る動き。


 そんなの、普通じゃない。


 そんな生き方をしてきた人が、どれだけ痛い思いをしてきたんだろう。

 そう思うと、胸がきゅっと締めつけられた。



 森の奥へ進むほど、空気は重く、沈んでいく。

 昼間の名残なんてどこにもなくて、本当に別の層に迷い込んだみたいだった。


 やがて──見えてきた。


 昨日の“戦場”。


 木々は根元からねじ切られたように折れ、

 地面は何かにえぐられ、焼けたように黒く焦げている。


 けれど、魔力反応はほとんどない。


「……魔獣の攻撃じゃ、絶対こうはならない」


 火球の光が地面をなぞるたび、肌の上に鳥肌が走る。

 ここには確かに“何か”がいた。


 魔法じゃない。魔獣でもない。

 もっと得体の知れない、“別の力”。


(これが……歪みの残滓……)


 私は地面へ手を伸ばしかけて、そこで動きを止めた。


 昨日、カイがこの中心に近づいた瞬間。

 空間そのものがカイを弾き返そうとしているみたいな、あの異常な反応。


 そのときのカイの声が、耳によみがえる。


――『ミリア、下がれ!!』


 あの叫びは、

 自分の命なんて後回しで、誰かを守ろうとする人の声だった。


(本当に……どうして、そんなに無茶をするのよ)


 火球がふっと揺れ、闇の影がざわりと動いた。


 私は思わず、拳を握りしめる。


(私だって……守りたい気持ちは同じなのに)


 私は火属性で、攻撃力には自信がある。

 実戦経験だって、それなりに積んできたつもりだ。


 それでも、昨日の“あれ”には通じなかった。


 私の炎は触れた瞬間に、音もなくかき消された。

 まるで、最初から存在していなかったみたいに。


 あれは魔法じゃない。

 魔獣でもない。

 カイにだけ見える“黒い影”は、世界の理そのものを無視していた。


 そんな存在に、カイは躊躇なく正面から立ち向かった。


 怖くないはず、ない。

 たぶん、怖がる余裕すらなかったんだと思う。


(カイは……無茶をしないと、自分を許せない人なんだ)


 そう気づいた瞬間、胸の奥がズキッと痛んだ。



「……観測局。あいつらはいったい何者なの?」


 村に突然現れた白衣の男。

 魔法式を唱えずに魔法を展開し、カイを“観測対象”と呼び、聞いたこともない言葉を口にした。


 あれは、明らかにこの世界の存在じゃなかった。


 魔力の流れも、魔術反応も、何一つとして噛み合わない。


 団長が言った言葉が、頭の中で蘇る。


――「カイ、お前は“観測されている”」


 まるで──

 カイ自身が、この世界に存在する“特異点”で、

 外側から覗き込まれる“研究対象”みたいだ。


(そんなの……許せるわけない)


 カイが狙われる世界なんて、おかしい。


(もし観測局が、カイを連れていこうとしたら……

 私は絶対に、許さない)


 胸の奥で、燃えるような感情が静かに火をつけた。



 そのとき──


 森の奥で、黒い“もや”のようなものが、ふっと揺れた。


 私は反射的に火球を大きくして、声を張り上げる。


「そこ! 誰!? 出てきなさい!!」


 しかし、影は風に溶けるように消えてしまった。


 魔獣の気配ではない。

 もっと乾いていて、冷たくて、無機質な“視線”だけが、そこに残った。


(また……観測局……?

 それとも、歪みの残滓……?)


 背筋を、冷たいものがすっと走り抜ける。


「カイを……連れていかせないから……」


 声が少し震えた。

 でも、火球をぎゅっと握り直し、深く息を吸う。


 夜風が吹き、森の影がさわ、と揺れた。

 空気は冷たいのに、胸の奥では炎よりも熱い何かが燃えている。


 私はふと振り返り、森の外──遠くの街の灯りを見つめた。


 あの灯りのどこかに、カイがいる。


(絶対に……守る)


 心の底から、そう呟いた。


「カイ。あなたがどんな存在でも……

 どれだけ“特別”だとしても……

 たとえ世界があなたを拒んだとしても……」


 掌の火球が、強く燃え上がる。

 木々の影が、炎に押されるように揺れた。


「私は――あなたの味方だから」


 その瞬間、森のさらに奥で、小さな“歪み”がふっと揺らいだ。

 それが何を意味するのか、今の私には分からない。


 けれど、一つだけはっきりしていた。


――たとえ“世界”がカイを拒絶しても、

 私はこの人を守る。


 それが、私の揺るがない願いだった。

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