第14話 歪みの声、選別される者
先日の“観測局の男”の一件は、街に不穏な影を落としていた。
魔獣の活性化、得体の知れない来訪者、そして“観測”という初めて聞く概念。
市場では不安げな声が飛び交い、子どもたちでさえ森へ近づくのを怖がっている。
「カイ……森、行くんだよね?」
家の前に立つミリアの声は、普段より弱かった。
朝の光に照らされた赤い髪が揺れているが、その笑顔には影が差している。
「ああ。村中が不安になってる。歪みを見た俺が、確かめないと」
「でも……また昨日みたいなのが来たら……」
ミリアがぎゅっと袖を掴む。
その小さな仕草に、カイは自然と笑ってみせた。
「大丈夫。ミリアがいれば安心だし」
「もう……そういう冗談……」
ミリアは顔を赤くする。
だがカイには、その背後に別の不安が読めていた。
(先日の“観測局”……あいつは魔術師でも冒険者でもなかった。
魔法の枠すら使わず、世界に直接干渉していた。
しかも俺を“観測外”と呼んだ……)
胸のざわつきは、夜が明けても消えていなかった。
「カイ、行こう。団長が森の入口で待ってるよ」
「ああ」
二人は森へ向かう。
◆森の入口 ――拡大する“歪み”
森の入口には、すでに魔術師団員が待機していた。
団長レイノルドが振り返り、小さく頷く。
「昨夜から森の“歪み”が拡大している。魔法感知では反応がないが……何かが確実にある」
「やっぱり……カイにしか見えない“穴”なんですよね」
ミリアの言葉に、団長の眉が動いた。
「……カイ、本当に見えるのか?」
「はい。昨日と同じ……いや、もっと強い歪みが」
団長は短く息をつく。
「二人とも、気をつけろ。何が起きても冷静にだ」
「はい」
「ああ」
そして二人は森の奥へ進んだ。
◆深部 ――昨日より重い空気
森は異様なくらい静まり返っていた。
鳥も虫も鳴かず、まるで森全体が“息を潜めている”。
「昨日より……空気が重いね」
「ああ。嫌な圧がある」
進んでいくうち、カイは胸のざわつきが増していくのを感じる。
呼吸の奥が、警戒するようにざわついていた。
(……ここだ)
昨日の場所に辿りついた瞬間、視界に“それ”が現れた。
「やっぱりある」
「え? 本当に何も見えないよ……」
ミリアには空気にしか見えない。
だがカイには――“黒い穴”が、はっきりと見えていた。
光を吸い込み、空間をひっくり返すような異常。
底の見えない深い裂け目。
「近づくな、ミリア。これは昨日より強い」
(向こう側から……何かが押し寄せてきてる)
カイが手を伸ばしかけた、その瞬間。
「ッ……!」
胸が締めつけられ、視界が白く弾けた。
「カイ!? 離れて!」
ミリアが腕を掴んだ瞬間、圧迫は嘘のように消えた。
「……助かった。昨日より強い。深い……」
「もう……無茶しないでよ……」
ミリアの潤んだ目に、カイは小さく謝った。
だが――異変はそこで終わらなかった。
◆停止する世界――“声”の来訪
森の全ての音が消えた。
風も、葉のざわめきも、鳥の声も。
完全な“無音”。
――〈 カ イ 〉
声がした。
耳ではなく、脳に直接響いてくる声。
「っ……ミリア、今の聞こえた?」
「え? 何も……カイ? 大丈夫?」
「……頭の中に声が……」
――〈 反 応 …… 観 測 。
変 位 ナ シ 〉
断片的なのに、意味が“理解できてしまう”。
言語ですらない何かが、脳に書き込まれるようだった。
(観測局と同じ……“未知”の気配だ)
――〈 選 別 対 象 …… カ イ 。
監 視 継 続 〉
「……選別対象?」
冷たい言葉に心臓が強く掴まれる。
「カイ? 誰と話してるの?」
「……俺を“選んでる”らしい……いや、“分類してる”のかも」
自分でも意味が分からないまま、声は続く。
――〈 つ ぎ の 干 渉 …… 準 備 中 〉
「干渉……?」
カイの背筋を、冷たい汗が伝う。
次の瞬間。
黒い穴が“脈動”した。
「まずい……来る!」
「カイ、逃げよ!」
ミリアが叫んだが――
穴はゆっくりと閉じ、音もなく消えた。
◆残された恐怖――迫る“次の干渉”
「……消えたの?」
「ああ。でも終わってない。
向こう側の“何か”は、確実に俺を見てる」
ミリアは震えながらも、カイの手を握った。
「怖いよ……でも、怖いからこそ……私はカイを守るよ。
観測されるなんて……絶対に許さない!」
胸が熱くなる。
(俺は弱い。魔法も使えない。
だけど――ミリアと、この街だけは守りたい)
遠くで雷鳴が響いた。
“次の干渉”が、すぐそこまで迫っていた。




