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『アーク層の追放者 ―カイ・ラグナロック英雄戦記―』  作者: kaiくん
第1章:歪む世界と特異点の少年(カイ)

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第10話 観測者、来訪

 森に“歪み”が観測されてから三日後。

 村の空気には、言葉にしづらい種類の緊張が混ざり始めていた。


 原因は、誰にも分からない。


 けれど――

 確かに、世界のどこかが軋んでいる。


***


◆昼前の広場


 昼前の市場。

 野菜の匂いが漂い、子どもたちが走り回り、どこかの家からは煮込み鍋の音が聞こえる。


 一見すれば、いつも通りの穏やかな日常。


 ――そう“見える”だけだった。


「あれ……誰?」


 ミリアが足を止めて、小さく眉を寄せた。


 視線の先。

 広場の中央に、黒い外套の男がひとり立っていた。


 村の空気に溶け込んでいない。

 それどころか――


 空気そのものが、その男を拒んでいる。


「旅の魔術師か?」

「いや、気配が変だ……」

「魔術師団の紋章もつけてねぇぞ」


 周囲の村人たちがざわつき始める。


 けれど、カイが息を呑んだ理由は、別のところにあった。


(……ズレてる)


 男の周囲だけ、世界が**「少し傾いて」**見えた。


 時間がずれているような、

 空間そのものが別ルールで動いているような――


 そんな“観測ブレ”が起きていた。


 男はゆっくりとカイを見つけ、ふっと微笑む。


「やっと見つけた……“観測外の存在”」


 その一言で、広場の空気が凍りついた。


***


◆観測者の名


「……観測? どういう意味ですか?」


 ミリアが一歩前に出る。

 指先には、無意識のうちに炎の魔力が集まっていた。


 だが、男はミリアを見もしない。


 最初からずっと――カイだけを見ていた。


「私は“観測局”の者だ。


 この村に、魔力反応ゼロ――いや、“魔法干渉不可”という異常値の人間がいると聞いてね。

 それを確かめに来た」


 観測局。


 カイもミリアも、聞いたことのない組織名だった。


「観測局……?」

「魔術師団とは違うのか?」

「あいつ、何者なんだ……」


 村人たちが息を呑み、じりじりと後ろへ下がる。


 カイは無意識に拳を握りしめていた。


「……検査結果なら、つい最近聞かされたばかりだ。それ以上調べられる理由はないはずだろ」


「ほう。拒むのか。


 普通なら、興味を持つものだがね」


 男の声は、どこまでも平坦だった。

 だが言葉だけは、妙に人を逆なでする。


「――『自分が何者なのか』ということに」


(……言い方がムカつく)


 胸の奥に、じわりと嫌悪が広がる。


 男はその感情すら“観察結果”として楽しんでいるように、淡々と続けた。


「安心するといい。痛みはない。


 こちらの“魔法”は、君にはどうせ通らないからね」


 男が軽く指を弾いた。


 ――空気が、ひとつ震える。


「っ……!」

「やめろ!!」


 ミリアの制止より早く、風の魔法が放たれた。


 水面を裂く刃のような風の矢が、

 一直線にカイへ走る。


 次の瞬間――


 風魔法は、カイの身体に触れた瞬間、

 音もなく霧散した。


 魔法そのものが、この世界から“削除”されたかのように。


 だが。


「っぐ……!」


 魔法が消える“直前”に生じた爆風と瓦礫が頬をかすめ、

 鋭い痛みが走った。


「カイ!!」


 ミリアが駆け寄り、血のにじむ頬を押さえる。


 男はその様子を、ただ記録する研究者のような目で見ていた。


「予想通りだ。


 魔法そのものは無効化されるが――

 魔法が引き起こした“物理現象”までは防げない」


 淡々と、結論だけを告げる。


「実に、興味深い矛盾だ」


「……何なんだ、お前は」


 カイは低い声で問う。


 男は微笑みを崩さないまま、感情のない瞳で答えた。


「私は、ただの“観測者”さ。


 君が“どちら側に傾くのか”。

 その選択を見届けに来ただけだ」


「選択……?」


 脳裏に、記憶の向こうから聞こえた“声”が蘇る。


――『選べ。お前が何を守るのか』

――『その力は危険すぎる……封印するしかない』


(……繋がっているのか?)


 答えは、もうすぐそこにある気がするのに。

 手を伸ばしても、霧の向こう側から出てこない。


 男はふと、興味を切ったように肩をすくめた。


「回収は、まだ早い。


 君がどこまで成長するか――観測するのも、悪くはない」


 まるで、“次に会うこと”が当然であるかのような言い方。


「待てッ!」


 カイが駆け出した瞬間――


 男の輪郭が揺らぎ、紙を破るように空間から“削れ落ちた”。


 そこには、何の痕跡も残っていない。


 ただ、“この世界のレイヤーから外れた”後の空白だけ。


***


◆残された緊張


 広場に、冷たい沈黙が落ちた。


 ミリアは震える手で、カイの傷を押さえる。


「カイ……本当に大丈夫?」


「……ああ。大丈夫だ。少し切れただけ」


 口ではそう言いながら、カイの拳はかすかに震えていた。


(観測、回収、選択……

 あいつは、俺の“正体”を――知っている)


 記憶はまだ、深い霧の向こうだ。


 それでも。


(あの男は……森の“歪み”と同じ側の存在だ)


 胸の奥で、封印の疼きが強くなる。


(そして――あいつは俺を、“モルモット”として見ている)


 その確信だけが、焼き付くように胸に残った。

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