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浮気

作者: 泉田清

 深夜。トイレに行きたくて目が覚める。四十を超えて朝までグッスリ眠れる者など存在するだろうか。


 額からタラリと汗が流れる。Tシャツもトランクスも汗だくだ。明かりもつけず、ベッドから這い出て手探りで暗闇の中を歩き回る。冷蔵庫を開ける、周りがパアッと明るくなる。仄かな明かりの中、炭酸水を取り出し一口飲む。口から溢れ幾らかTシャツに零れる。砂漠の真ん中でオアシスにたどり着いたようなものだ。もう一口、思うままに流し込む。トイレに行って、ヨロヨロとベッドに戻り、身を横たえる。ジワッと汗が滲む。水が身体を循環している、確かな感覚。やがてゆっくりと眠りに就いた。

 連日の熱帯夜。この部屋のエアコンは十年前に壊れた。寝苦しいどころではない。しかし汗だくになるほどの寝汗をかいた次の日は体の調子がいい。炭酸水はまさに、熱帯夜を凌ぐための命の水だ。


 炎天下。ドライブに出かけた。ギラギラと太陽が照り付ける。冷房を点けても汗が出る。少しずつペットボトルを口にしながら、高速道路をひた走った。梅雨明けからの繁忙期に向け、年休やら夏季休暇を消化させられる。それを利用してこの時期に遠出をするわけだ。毎年この時期は空梅雨になりやすく盛夏のような暑さ。今年もその例に漏れない。

 サービスエリアに入った。見慣れぬ土地の見知らぬ商品。ドリンク売り場で目が釘付けになる。ある缶ジュースに、「赤毛の美少女」が描かれ、屈託のない笑顔でこちらに笑いかけていた。相場の倍の価格でも迷わず買った。「赤毛の美少女」をドリンクホルダーに入れそのまま一時間ほど走り続けた。こんな幸福感は久しぶりだ。

 私は赤毛の美少女に目がない。きっかけは思春期にプレイした、恋愛シミュレーションゲーム。惚れ込んだヒロインが赤い髪をしていた。あれが初恋といっても過言ではない。今でもこうして、ふとしたところで「赤毛の美少女」に出会うと、何のキャラクターかもわからぬまま手に取ってしまうのであった。


 高速道路を下り、少し走るとそのラーメン店に着いた。ラーメンを食べに行く、それがドライブの目的だ。

 30分ほど行列に並んで店内に入る。壁には芸能人のサイン色紙がズラリと並ぶ。その中に私が支持する動画配信者のものがちゃんとあった。動画の通りだ、実に感慨ぶかい。赤毛の動画配信者。彼女の動画を観て、このラーメン店を訪れようと思い至ったわけである。 

 彼女がラーメンを啜る様を思い返し、ニヤニヤしていると、隣の席に外国人の女性がやってきた。ぴっちりとしたジーンズ、大きく胸元の開いたトップスはもちろんだが、何よりその髪に呆然とした。思わず凝視する。本物の赤毛だ!赤毛のキャラクターや動画配信者、それらは所詮絵にかいたモチであり、染めた髪だ。本物はこれほど優雅で気品に満ちたものなのか。私の前に丼が運ばれて来た。ラーメンどころでは無い。ボンヤリしたまま食べる、美味かったかどうかは覚えていない。

 「本物の赤毛」も食べ終え店を出る。少し間をおいて私も店を出た。「本物の赤毛」は道路沿いで佇んでいた。私と目が合う。なんと、彼女は私に向かってウインクをした!ズキンズキンと痛いほどに胸が躍る。そこへ、彼女の傍に、真っ黒でバカでかい車が停まった。私の車の三倍の大きさだ。降りてきたのはサングラスをした筋肉隆々のゴリラみたいな男だ。「本物の赤毛」とゴリラ男がフレンチ・キスを交わす。私は回れ右をして車に向かった、シルバーの軽自動車に。


 車内はサウナのように暑い。ゴー!冷房を最大にして涼しくなるの待つ。さあ、帰ろうか、ドリンクホルダーの「赤毛の美少女」に触れる。熱い!思わず叫んだ。彼女はこの炎天下でカンカンに熱せられていた。「私ほったらかして!」そう言わんばかりに。まあ、その、本当にゴメン。

 高速道路に乗る。問題はこの缶ジュースが飲めるかどうか、である。今夜酒と一緒に「赤毛の美少女」を味わうつもりだったのだが。あれほど熱せられた後では気が引ける。このまま飲まずに観賞用として飾っておくのも悪くはない。そうだ、サービスエリアは上りと下りで同じものが設置されている。帰りのサービスエリアで全く同じ缶ジュースを買えばよいのだ。かくして帰りのサービスエリアで無事、「赤毛の美少女」を手に入れたのだった。


 深夜、汗だくで目覚め、手探りで冷蔵庫までたどり着く。酔いで頭がクラクラする。炭酸水を取り出す。一口飲んで、また思うままに飲む。炭酸水を戻す。隣には「赤毛の美少女」が二つ並び、二つの笑顔があった。彼女たちにウインクして冷蔵庫を閉めた。

 ・・・あの後ドライブから帰り、飯の準備をし、シャワーを浴びた後、缶ジュースを二つ並べ、気づいてしまった。はて、どちらがカンカンになった方だったかな。いざ味わおうとして、どちらが帰りに手に入れた「赤毛の美少女」なのか分からなくなってしまった。彼女の怒りはまだ収まってないのか、思いのほか嫉妬深いようだ。そこもまた可愛らしいではないか。


 こうして「赤毛の美少女」は「双子」になった。二人はほとんど同一人物。「双子」を冷蔵庫に保管していても、不貞にはあたらない。幸福感も二倍である。

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