第4話 情報収集と協力者
朝から雨が降っていた。
窓を叩く雨音で目が覚める。灰色の空を見上げながら、ため息をつく。
昨日聞いた初心者狩りの話が頭から離れない。弱い者から金と装備を奪う。最低の行為だ。
『おはよう、相棒!今日は雨だな』
ロトの能天気な声が響く。
「ああ」
『で、昨日の件はどうする?初心者狩りの調査』
「やる」
『よし!俺も気になってたんだ。弱い者いじめは許せないからな』
制服に袖を通し、鞄を持つ。今日は普通に学院に行って、放課後に調査を始めよう。
家を出ると、雨が頬を打った。石畳が濡れて滑りやすくなっている。
学院への道すがら、すれ違う人々の会話が聞こえてくる。
「昨日、ギルドで大騒ぎだったらしいよ」
「また初心者が襲われたって?」
「今度はどこの冒険者だったんだろう」
また被害者が出たのか。急いだ方がいいかもしれない。
◇
教室に入ると、またあの視線。昨日と変わらず、多くの生徒が俺を見ている。
「おはよう、カイ!」
「今日もSSR装備持ってる?」
「一緒にダンジョン行かない?」
次々と声をかけられる。笑顔で話しかけてくるが、その目の奥に見えるのは興味と打算。
(面倒だ)
適当に返事をして席に着く。
一時間目、数学。公式を黒板に書く音が響く中、隣の席から小声で話しかけられる。
「ねえ、昨日ギルドに行ったって聞いたけど、本当?」
「...まあ」
「やっぱり冒険者になるの?一緒に――」
「集中しろ」
教師の声で会話が止まる。助かった。
二時間目、三時間目と過ぎていく。休み時間のたびに質問攻め。昨日と同じパターン。
四時間目、歴史の授業中。先生が語る内容は、この世界の成り立ちについて。
「我々の世界が創造されてから約2000年...中央大陸で人族が本格的に繁栄し始めたのは、ここ500年ほどのことです」
2000年か。文明が育つには十分な時間だ。
「しかし近年、世界各地で問題も発生しています。魔物の活動が活発化したり、一部地域で治安が悪化したり...」
治安の悪化。初心者狩りなども、その一つかもしれない。
昼休み。屋上に行こうと階段を上がりかけたが、窓から見える雨を思い出す。
(雨じゃ屋上は無理か)
どこか静かな場所はないかと廊下を歩いていると、声をかけられた。
「カイ」
振り返ると、セリアが立っていた。手には弁当箱を持っている。
「お昼まだでしょ?竜肉サンド、美味しかった?」
「ああ、美味かった」
「よかった。今日はお弁当作ってきたの。一緒に食べない?」
「ああ」
「どこで食べる?」
「静かな場所がいいかな。質問攻めで疲れた」
セリアが少し驚いたような顔をした。
「それなら知ってる場所があるわ。図書館の奥に小さな談話室があるの。あまり人が来ないから静かよ」
セリアに案内されて図書館へ。確かに奥の談話室は人がいなかった。窓から中庭が見える、落ち着いた空間。
並んで座り、弁当を開く。
「手作り?」
「ええ。料理は得意なの。ガチャに頼らない生活の一環で」
セリアの弁当は彩り豊か。野菜炒め、卵焼き、小さなハンバーグ。どれも手作りの温かみがある。
「すごいな」
「ありがとう。あなたは料理できる?」
「簡単なものなら」
前世では一人暮らしが長かった。最低限の料理はできる。
「今度教えてあげる。何か作りたいものある?」
「...特にない」
本当に特にない。食事はエネルギー補給の手段として捉えていた。
雨音が窓に響く。中庭の木々が雨に濡れている。
「ねえ、昨日ギルドに行ったって聞いたけど」
「情報収集」
「冒険者になるの?」
「考え中」
セリアは少し心配そうな顔をした。
「冒険者は危険よ。特に最近は...」
「初心者狩りの件?」
「知ってるのね。昨日も被害者が出たみたい」
やはり昨日も被害があったのか。
「どんな手口だ?」
「詳しくは分からないけれど...初心者ダンジョンで待ち伏せして、装備とGPを奪うらしいわ」
「卑劣だな」
「そうよ。だから、もし冒険者になるなら気をつけて」
セリアの心配は本物だった。打算じゃない、純粋な善意。
(この世界にも、こういう人間がいるんだな)
昼休みが終わり、午後の授業。
今日は実技があった。体育のような授業で、基本的な戦闘技術を学ぶ。
訓練場で木剣を持ち、基本の型を練習する。
「カイ君、この前の模擬戦すごかったね」
体育教師が感心したように言う。
「運がよかっただけです」
「謙遜しなくても。あの動きは才能よ」
才能、か。確かに前世の経験もあるが、不思議と自然に体が動くんだよな。まるで最初から知っていたかのように。
放課後。今日は調査がある。
◇
まずは冒険者ギルドで情報収集。
昨日と同じ活気のある雰囲気。でも、どこか重い空気も漂っている。
カウンター席で酒を飲んでいる冒険者たちの会話に耳をそばだてる。
「最近、初心者ダンジョンがおかしいらしいぜ」
「ああ、また襲われたって話だろ?」
「昨日も、Fランクの奴が血だらけで帰ってきた」
「GPを奪われて、装備も全部持っていかれたとか」
「初心者狩りか...最低だな」
隣のテーブルからも情報が聞こえてくる。
「犯人は複数だって話だ」
「三人から五人のグループらしい」
「顔は仮面で隠してるから、正体不明」
別の冒険者が首を振る。
「被害額もバカにならない。一回につき20万から30万GPの被害だってさ」
20万から30万GP。若年層の月収程度の額だ。新人冒険者にとっては大金。
「しかも、狙うのは決まって一人で来た初心者。複数だと手を出さない」
「慎重だな」
「ああ。だから証拠も残さない。被害者は皆、『仮面の男たち』としか証言できない」
情報を整理する。複数犯、仮面着用、一人の初心者のみを標的。計画的な犯行だ。
受付嬢が心配そうに話しているのも聞こえてきた。
「パトロールを増やしてるんですけど、相手も巧妙で...」
「情報網を持ってるんじゃないかって話もあります」
情報網。気になる言葉だ。
ギルドの隅で包帯を巻いた若い男が一人座っている。明らかに怪我をしている。
近くのテーブルに座り、会話を聞く。
「...昨日の夕方、2階層で魔物を倒した直後だった」
男は仲間らしき冒険者に語っている。
「突然、仮面をつけた三人組が現れて...『GPと装備を出せ』って」
「抵抗したのか?」
「したけど、相手は慣れてた。あっという間に取り囲まれて、毒でも塗ってあったのか、切りつけられた時に体が痺れて動けなくなった」
「ひでぇな」
「逆らったから、見せしめに何度も切りつけられた。『次は命はないぞ』って脅された」
悪質だ。金品を奪うだけでなく、毒まで使う。
「そうだ、リーダー格の奴が何か通信魔法を使ってた。『明日は例の冒険者が来るから準備しろ』とか言ってた」
通信魔法。そして事前に襲う相手を決めている。
(相当に組織的だ)
ますます計画的な犯行の様相を呈してきた。
そして、一つの可能性が頭をよぎる。
(まさか、ギルドの内部に情報を流している奴がいるのか?)
初心者がいつダンジョンに入るか、一人なのか複数なのか。そういう情報を事前に入手できる立場にいる人間。
『おい、聞いたか?かなり組織的じゃねぇか』
ロトが心配そうに言う。
「ああ。しかも内部犯がいる可能性もある」
『内部犯?』
「ギルドの関係者が情報を流している」
『それは...厄介だな』
次は初心者ダンジョンの下見。
◇
初心者ダンジョンは街の南にあった。
入り口は洞窟のような形で、地下へと続く階段が見える。『初心者専用ダンジョン』の看板が立っている。
受付で入場料を払う。500GP。
「お一人ですか?」
「学生です」
「学生さんでしたら1階層目まで許可されています。2階層目から先は危険ですから、絶対に立ち入らないでください」
ダンジョン内は薄暗く、松明の明かりで照らされている。石造りの廊下が地下へと続いていた。
1階層目は確かに初心者向け。スライムやゴブリンなど、弱い魔物が徘徊している。
(これなら一般人でも何とかなりそうだ)
奥に進むと階段があった。『2階層目へ』の表示。
「鑑定眼」
スキルを発動し、周囲を観察する。1階層目には他の冒険者が数人いるが、みんな初心者らしい動き。
周囲に人がいないのを確認し、こっそり2階層目へ降りる。
2階層目は1階層目より薄暗く、魔物も強い。ゴブリンの集団やオークなど、初心者には手強い相手が徘徊している。
(ここで初心者狩りが行われているのか)
慎重に進みながら、構造を把握する。いくつかの部屋に分かれており、待ち伏せするには適した場所だ。
オークを一匹発見。「身体強化」を発動し、雷鳴の双剣で素早く仕留める。
(この程度なら問題ない)
2階層目の構造を把握したところで、引き上げる。今は調査が目的だ。
1階層目に戻り、ダンジョンを出る。
構造は把握した。1階層目は安全、2階層目から危険度が上がる。犯人たちは2階層目で待ち伏せしているらしい。
帰り道、街の情報収集をする。
酒場で耳をそばだてる。装備屋で世間話を聞く。薬屋でも情報を仕入れる。
だんだん見えてきた。
初心者狩りは最近始まったことじゃない。一ヶ月ほど前から断続的に発生している。ただし、ここ一週間で急激に増えた。
しかも、狙われるのは決まって一人で来た初心者。複数人のパーティは狙わない。
犯人は三人から五人。全員仮面をつけている。リーダー格は通信魔法を使える。
そして、何より重要なのは――事前にターゲットを決めて待ち伏せしていること。
『かなり本格的だな』
「ああ」
『で、どうする?このまま調査を続けるか?』
「ダンジョンの入り口で張り込む。一人の初心者の後をつけて、犯人グループと接触する」
『でも、一人の冒険者なんてたくさんいるんじゃないか?』
「初心者狩りが続いてるから、みんな警戒してる。一人でダンジョンに行く奴は、そう多くないはずだ」
『なるほど、それもそうだな』
家に帰り、今日得た情報を整理する。
初心者狩りグループ:3-5人、仮面着用、組織的
手口:事前情報収集→待ち伏せ→強奪
ターゲット:一人で来た初心者(事前に決定)
被害:GP+装備、毒を使った暴行
頻度:最近急増
可能性:ギルド内部犯
『明日から張り込みか』
「ああ」
『そうそう、お前のために特別にガチャを用意してやった!冒険消耗品ガチャだ。装備を整えろ』
ガチャウィンドウが開く。
【ガチャメニュー】
・アイテムガチャ(1000GP)
・スキルガチャ(100000GP)
・カイ様専用!冒険消耗品ガチャ(50000GP)※10連1回限定!
「冒険消耗品?」
『回復薬とか、冒険で使える便利アイテムが出る特別仕様だ!引け引け!』
カイ様専用冒険消耗品ガチャを選択。10連の文字が光っている。
「回す」
ボタンを押すと、画面にカプセルが十個現れた。一つずつ回転していく。
【N】C級回復薬
【R】B級魔力回復薬
【N】解毒薬
【SR】A級回復薬
【N】携帯食料
【R】煙玉
【SR】灯火の精霊
【N】ロープ
【R】魔除けの札
そして最後の一個。カプセルが回転を始めた瞬間――プチュン!
画面がフリーズし、時が止まったかのような静寂。そして突然、虹色のオーロラが画面を包み込んだ。
【UR】エリクサー
『うおおおお!エリクサー出た!』
ロトが発狂レベルで大騒ぎしている。
「これ、そんなにすごいの?」
『すごいも何も、幻の回復薬だぞ!いかなる怪我や病気も治すって言われてる最強の回復薬だ!』
なるほど、凄いアイテムを引いたらしい。
「あと、このA級回復薬と灯火の精霊ってのは?」
『A級回復薬は通常より遥かに強力な回復効果がある。灯火の精霊は召喚系アイテムだ』
「召喚系?」
『最初に召喚した奴を主って認めて、それ以降は好きなタイミングで召喚できるようになる。この精霊は主に追従して辺りを照らしてくれるぞ』
便利そうなアイテムが揃った。これで準備は万全だ。
『明日から頑張れよ。期待してるぜ、相棒!』
ベッドに横になる。
明日から、初心者ダンジョンでの張り込みが始まる。
◇
翌日から、俺の張り込みが始まった。
学院は「風邪」という理由で休み。毎朝、初心者ダンジョンの入り口近くに潜んで、一人で入っていく冒険者を探す。
一日目。数人の冒険者が訪れたが、すべて複数人のパーティ。
二日目。一人の冒険者が来たが、明らかに中級者以上。初心者狩りのターゲットではない。
三日目。雨で人が少ない。
四日目。また複数人のパーティのみ。
『思ったより一人の初心者って少ないな』
「みんな警戒してるからな」
五日目の朝。いつものように潜んでいると、声をかけられた。
「カイ?」
振り返ると、セリアが立っていた。心配そうな顔をしている。
「学院休んで、こんなところで何してるの?」
バレた。
「...張り込み」
「やっぱり初心者狩りの件ね。危険だからやめなさい」
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃない!一人で何ができるっていうの!」
セリアが俺の腕を掴む。
「もう五日も学院休んでるじゃない。先生も心配してるのよ」
(五日もバレてたのか)
「でも――」
その時、ダンジョンの入り口に一人の人影が現れた。
オレンジ色の髪を二つ結びにした女の子。年齢は18歳くらいか。冒険者らしい装備を身につけているが、どこかぎこちない。明らかに初心者だ。
そして、一人だった。
「あの子...」
セリアも気づいた。
女の子は受付で何かやり取りをした後、ダンジョンの中へ入っていく。
「追わなければ」
俺は立ち上がる。
「待って!」
セリアが止めようとするが、振り切ってダンジョンに向かう。
「なら、私も一緒に行く」
「は?」
「一人が危険なら、二人で行けばいい」
「セリア、危険だ」
「あなた一人の方が危険よ。それに...」
セリアが決意したような表情になった。
「そういうところ、素敵だと思う。だから、協力させて」
セリアは俺が正義感から事件を解決しようと動いていると思ったようだが、俺の目的はあくまでも信仰を集めることだ。
「危険な相手だ」
「分かってる。でも、見過ごせない」
セリアの意志は固そうだった。意外に頑固なところがある。
「...分かった。でも、絶対に無茶するな」
「あなたこそ、無茶しないでよ」
セリアが安心したように微笑む。
「急ぎましょう。あの子を見失う」
二人でダンジョンの入り口に向かう。