第2話 金色の光は強者の証
学院への初登校。
制服に袖を通し、鏡で確認する。紺色のブレザーに白いシャツ。前世の高校とそう変わらない。
『おーい、起きてるか?』
朝からロトの声が頭に響く。
「うるさい」
『今日から学院だろ?頑張れよ!』
「分かってる」
簡単な朝食を済ませ、家を出る。石畳の道を歩きながら、すれ違う人々の会話が耳に入ってくる。
「朝のデイリーガチャ、今日もNだった」
「デイリーは大体そんなもんだろ」
「来週のイベントガチャ、水属性アップらしいぞ」
「マジか。GP貯めとこ」
どこもかしこもガチャの話。この世界の日常風景らしい。
学院の門をくぐり、指定された教室へ向かう。すでに何人かの生徒が集まっていた。
「あ、転入生だよね?」
声をかけてきたのは、人懐っこそうな茶髪の少年。
「ああ」
「よろしく!皆と仲良くしようぜ!」
「……うん」
(皆と仲良く、か。どうすればいいんだ)
前世でも友達は少なかった。金はあったが、それで寄ってくる人間しかいなかった。
簡単な挨拶を交わし、席に着く。徐々に生徒が集まってきて、教室が賑やかになってきた。
そして、担任らしき女性教師が入ってくる。
「はい、みんな席について。今日から新しい仲間が加わります。カイ君、前に出て自己紹介を」
俺は立ち上がり、教壇の前へ。
「カイです。よろしく」
シンプルに済ませて席に戻ろうとしたが、教師に止められた。
「もう少し詳しく。前の学校とか、趣味とか」
「……前の学校は遠くて。趣味は特にない」
ざわざわと教室がざわめく。趣味がないというのが珍しいらしい。
(しまった。普通は何か言うものなのか)
前世でも趣味と言えるものはなかった。投資のチャートを見るくらいで。
席に戻ると、隣の生徒が話しかけてきた。
「趣味ないって、ガチャも引かないの?」
「必要な時だけ」
「変わってるなぁ。みんな毎日引いてるのに」
「……そうなのか」
(この世界の常識がまだ分からない)
授業が始まる。内容は地球の学校とそう変わらない。数学、国語、歴史。ただし、歴史の授業では「ガチャ制度がいつから始まったか」なんて内容も含まれていた。
休み時間になると、廊下が騒がしくなった。
「うわああああ!」
廊下に出てみると、男子生徒が床に座り込んで泣いていた。頭を抱えて震えている。
「また全部使っちゃった……今月の生活費、全部……」
周りの生徒たちは冷めた目で見ている。
「またアイツか」
「毎月恒例だな」
「ガチャ依存症は治らないよ」
すると、一人の女子生徒が駆け寄ってきた。
「マルク!またなの!?」
肩までの黒髪に、きりっとした目つき。美人というより凛々しいという表現が似合う少女だった。
「だって、今日で限定ガチャ終わりだから……」
「お昼ご飯代まで使ったでしょ!何度言えば分かるの!」
彼女は依存症の生徒――マルクを叱りながら、手に持っていた紙袋からパンを取り出した。
「これ、私の分だけど……食べなさい」
「セリア先輩……」
セリアと呼ばれた少女は、ため息をつきながらマルクを立たせた。
(優しいな)
前世では、こういう場面を見たことがなかった。金はあっても、誰かに何かをあげたことは。
そして、俺と目が合った。
「……転入生よね?」
「ああ」
「私はセリア。3年生。こんな場面見せてごめんなさい」
「別に」
(謝られても、どう反応すればいいか分からない)
彼女は少し驚いたような顔をした。普通はもっと何か言うものらしい。
「えっと……」
「……」
会話が続かない。昔からこうだった。
『おっ、美人じゃん!』
ロトが茶々を入れてくる。無視。
そこへ、上級生らしき男子生徒3人が近づいてきた。
「おーい、マルク。GP足りないんだろ?」
リーダー格の金髪の生徒が、にやにやしながら声をかける。
「え、あ、はい……」
「特別に貸してやるよ。利子は日割り10%な」
「闇金だろ、それ」
俺は思わず口を挟んでいた。
(あ、言ってしまった)
投資をしていた頃、利率計算は日常だった。でも普通の学生はそんなこと言わない。
「あ?なんだその『やみきん』って」
金髪の上級生が眉をひそめる。
「それより、お前誰だよ。見ない顔だな」
「……転入生だ」
(闇金という言葉、この世界にはないのか)
金髪の上級生が俺を睨む。しかし、セリアが間に入った。
「やめなさい!彼をこれ以上ガチャ漬けにしないで!」
「マルクが望んでるんだから、いいじゃねぇか」
「借金してまでガチャなんて、破滅への道よ!」
セリアの必死な訴えに、上級生たちの表情が変わった。
「あ?元ガチャ廃人のくせに説教かよ」
その言葉に、セリアの顔が青ざめた。
「お前だって昔は借金してまで引いてたくせによ」
「それは……」
「偉そうに人に指図するな」
リーダーがセリアを睨みつける。
「お前、最近調子乗りすぎだろ。一度痛い目見た方がいいんじゃねぇか?」
「何よ、やるっていうの?」
「ああ、訓練場で決着つけようぜ。模擬戦なら学院公認だ」
この学院では生徒同士の私闘は禁止だが、訓練場での模擬戦なら許可されているらしい。
セリアの腕を掴もうとするリーダー。
(面倒なことになってきた)
正直、関わりたくない。でも――。
(ロトの言っていた「世界の発展」には、住民の幸福も含まれる。ここで見過ごせば、神力は上がらない)
それに、金を貸して利子を取る。しかも日割り10%。どう見ても搾取だ。
(前世でも、こういう奴らは嫌いだった)
「待て」
気づけば、俺は声を出していた。
「俺が代わりに相手する」
全員の視線が俺に集まる。
「あ、さっきの奴か。転入生だっけ?」
「ああ」
リーダーが鼻で笑う。
「初日から調子乗るなよ」
(信用を得るチャンスでもある。学院での立場を確立すれば、今後動きやすくなる)
「3対1でいい。それでも構わない」
上級生たちが顔を見合わせ、そして笑い出した
「面白れぇ!訓練場行くぞ!」
◇
訓練場は体育館のような広い空間だった。模擬戦用の結界が張られており、致命傷は負わない仕組みらしい。
いつの間にか、大勢の生徒が集まっていた。
「転入生が上級生3人と!?」
「無謀すぎる」
「瞬殺だろ」
セリアが心配そうに近づいてくる。
「やめて。あなたが巻き込まれる必要ない」
「もう巻き込まれてる」
「でも……」
「大丈夫」
俺は訓練場の中央へ歩いていく。上級生3人はすでに武器を構えていた。剣、槍、そして弓。
「始める前に準備していいか?」
「あ?何だよ」
「ガチャ引く」
場が静まり返った。
「は?今から?」
「装備がないから」
半分本当で、半分嘘。実は初日のガチャで引いたアイテムがあるが、新しいものも欲しい。
ガチャウィンドウを開く。アイテムガチャ、1回1000GP。
「10連行く」
1万GPを消費。カプセルが回転し始める。
(1万か。前世なら一食分の値段だな)
金銭感覚が狂っているのは自覚している。でも、30億もあれば関係ない。
1個目、白い光。N。
2個目、白い光。N。
3個目、銅の光。R。
4個目、白い光。N。
5個目、銀の光。SR。
6個目、白い光。N。
7個目、金色の光――。
「「「金色!?」」」
周囲がどよめく。SSRの証。
8個目、銅の光。R。
9個目、また金色の光。
「嘘だろ……」
「SSR2個……」
10個目、銀の光。SR。
『おおおお!SSR2個はすげぇ!』
ロトが興奮している。
結果を確認する。他人には見えないが、SSRは「雷鳴の双剣」と「疾風の靴」だった。
「準備完了」
俺は双剣を手に取る。雷の紋様が刻まれた美しい剣だ。
「ち、ちょっと待て!SSR装備とか卑怯だろ!」
「自分たちで提案した模擬戦だ。文句は受け付けない」
そして――。
「身体強化」
体に力が漲る。筋力、反射神経、動体視力。すべてが3倍に跳ね上がる。
「行くぞ」
床を蹴る。疾風の靴の効果で、移動速度がさらに上がる。
「速っ!」
槍使いの懐に一瞬で潜り込み、雷鳴の双剣で斬り上げる。電撃が走り、相手の体が痺れる。
「ぐあっ!」
そのまま回転し、弓使いへ向かう。相手は慌てて矢を番えるが――。
「遅い」
横薙ぎの一閃。弓が真っ二つに切れ、弓使いも吹き飛ばされる。
「うわああ!」
最後はリーダー。剣と剣がぶつかり合う。
「く、なんで転入生がこんなに……!」
「鑑定眼」
相手の動きが手に取るように分かる。右上段からの斬撃、その後左薙ぎ、最後に突き。
すべて見切り、カウンターを決める。
「ぐはっ!」
3人とも地面に倒れ込んだ。時間にして、わずか30秒。
訓練場が静まり返る。
「「「…………」」」
そして次の瞬間、爆発的な歓声が上がった。
「すげええええ!」
「転入生強すぎ!」
「SSR2個引きも、戦闘もヤバい!」
俺は装備を解除し、倒れた上級生たちに近づく。
「もう彼女たちに絡むな」
「……分かった」
完全に戦意喪失している。リーダーは悔しそうに俺を睨むが、もう手は出せない。
セリアが駆け寄ってきた。
「あなた……何者なの?」
その質問に、俺は少し考えてから答えた。
「ただの転入生」
(他に何て言えばいい?元富豪?)
説明が下手なのも昔からだ。
『さすが俺が見込んだだけあるな!これで学院での信仰もアップだ!』
ロトが満足そうに笑っている。
(まあ、これで神力も上がるなら)
美月のために。俺はこの世界で成り上がる。
初日から派手にやりすぎたかもしれないが、これもまた必要なことだろう。
夕方、家に帰る途中でセリアに呼び止められた。
「あの……ありがとう」
「別に」
「でも、助けてもらったし……お礼をさせて」
「いらない」
(どうしてみんな、お礼とか言うんだ)
前世でも、金を出せば感謝された。でもそれは金に対してで、俺に対してじゃない。
「……変わった人ね」
彼女は苦笑した。
(変わってる、か。よく言われた)
「ところで、聞いてもいい?どうしてあんなに強いの?」
「運がいいだけ」
「運?」
「ガチャでいいものが出た。それだけ」
本当のことだが、全てではない。
セリアは複雑な表情を浮かべた。
「ガチャか……私も昔は信じてた。いいものを引けば、人生が変わるって」
「今は?」
「ガチャに頼らない生き方を探してる。だから、依存症の子たちを助けてるの」
(地球で言う、節約家みたいなものか)
ガチャ中心の世界で、あえてガチャに頼らない。興味深い生き方だ。
「じゃあ、また明日」
セリアは手を振って去っていった。
(手を振り返すべきか?)
迷っているうちに、彼女の姿は見えなくなった。
家に帰り、ベッドに横になる。
『今日は大活躍だったな!』
「疲れた」
『でも、学院で注目されたぞ!これで信仰もアップ間違いなし!』
「そうか」
(注目されるのは、苦手なんだが)
『ところで、あの女の子いいじゃん。セリアっていうの?』
「……うるさい」
『照れるなって!』
ロトの声を無視して、目を閉じる。
明日からは、もっと面倒なことになりそうだ。転入生で、SSR持ちで、上級生を瞬殺した奴。
注目されすぎた。
でも、これでいい。目立てば目立つほど、世界の発展に貢献できる。そうすればロトの神力も上がり、俺は美月の元へ帰れる。
すべては、妹のために――。
マルク
ガチャ依存症の生徒
学院の男子生徒。ガチャ依存症で、生活費まで使い込んでしまう問題児。
限定ガチャが終わる前に引きたいという衝動を抑えられない。
上級生から高利でGPを借りようとしたところを、セリアに止められる。
泣き虫で意志が弱い性格。
セリア
元ガチャ依存症の3年生
学院3年生の女子生徒。肩までの黒髪に、きりっとした目つき。
美人というより凛々しいという表現が似合う。
かつては自身もガチャ依存症で借金までしていたが、現在は克服。
その経験を活かし、ガチャ依存症の生徒たちをサポートしている。
ガチャに頼らない生き方を模索中。
カイに助けられたことをきっかけに、彼に興味を持つ。