島村鋼大1
島村鋼大は思い返す。実に恥の多い人生であったと
自分で言うのもなんだが小学生までは極まともな人間であった。成績は然ることながら人間関係も円満で、近所の人たちは僕を見るや否や例の神童と噂し、教師からはクラスをまとめてくれて有難うと泣きながら感謝され、友人も多く友達百人も夢では無かった。
でもあの日僕の全てが狂ってしまった。
いつものように、数学の青チャを解き、鉄血会の厚壁を軽く読み返すというタスクをこなして学校に向かっていた。道中で引ったくりを転ばせてお婆さんを助けたり、手綱から離れた犬を華麗なテクニックで懐かせ飼い主に返したりと多少のアクシデントはあったが順調そのものであった。こんな時の為に2時間も家を出ている甲斐がある。そんな僕の前におじさんにホテルに連れ込まれそうになっている中学生が居た。
大事件だ。
「撃鉄プレイにはもう僕ぁ飽きたんだよ奏ちゃん、その先へその先を見たいんだぁ」
「あの?ちゃんと店のシステム把握してます?メニューに無い事はしないんだようちは。紐で首を絞めながら、三角木馬に搭乗、背中を蝋燭攻めされつつ、言葉攻めでフィニッシュしたいなんて変態かよおっさん。自殺なら他でやんな。」
「嫌だぁ嫌だぁ奏ちゅわぁんが良いんだぁー」
そういうとおっさんは紐で縛られたあられも無い姿を晒し、奏という少女目掛けて走り出した。
「どうしよう野生の変態だ」
周囲には早朝ということもあり、自分しかいない。どうしよう。
初めて生で見る、足がブルブル恐怖と困惑で震えている。
「でも,,,止めなきゃ」僕の中の正義がそう告げた。
「お姉さん危ない!!」変態目掛けて今自分に出来る最大出力の「すーぱうるとらぐれーとすぺしゃるぼんばーたっこぅる」を決め込んだ。はずだった。
「気持ち悪いんだよ糞ジジイぃ!」女子中学生がキレッキレッのハイキックをおっさんに決めて、おっさんがこちらに倒れこむ。
僕の「すーぱうるとらぐれーとすぺしゃるぼんばーたっこぅる」は止まらない。僕の目の前が女子中学生から一瞬にして紐でくっきり確認できる変態のヘンタイに変わった。
それはコンニャクよりも
「ムにっ」そして「コリっ」
「はぁぁぁーんコレも良いぃぃぃ」おっさんが高らかに叫んだ後に、地面に完全に伏しピクピクしながらエッフェル塔とともにご満悦の表情を浮かべている。
対して、僕は今あったことを頭で整理出来ず困惑の表情を浮かべる。
数分の硬直が続く
そうしてようやく整理が着いたのちに
「ふっぐ、ふっぐ、うぇぇぇぇぇん!」へその緒を切られた時以来泣いたことの無かった僕が人生二度目の号泣をしてしまった。
「くすっ、くすっ、ははははっはは」「少年、君サイコーだよ!久しぶりにこんなにわらったわ」
「うっ、うっ、ひどい」
「ごめん、ごめん。助けようとしてくれてたんだよね?他人に助けてもらうなんて初めてで、それもあってわらっちゃった。ありがとう嬉しかったよ。」
「ほんどに?」
「ほんとのほんとさ。謝罪とお礼にテンイレブンで好きなお菓子をお姉さんが買ってあげよう。だから涙を拭いたまえ少年。」
「ひっぐ。ひっぐ。うん」自分の状況のしょうもなさに冷静になって気が付き必死に涙を止めた。決して物に釣られたわけでは無い。
「何が欲しい?」満面の笑みを浮かべるお姉さん。
「カリカリ君っ!」負けない位の笑顔で僕。
これじゃぁ物に釣られて笑顔になったみたいじゃないか。決してそんなことは無い事をここに名言する
「さっきのは何だったのお姉さん?」
「ちょっと客とのもみ合いでね。」
真剣な表情を僕は浮かべ続きを促そうとする。
そうして折れたのかお姉さんは何かを喋る決意をした。
「アイス片手間で良いからさ、私の話を聞いてくれよ少年。」
「私ね、父親がいないんだ。シングルマザーってやつで、母さんだけが私の家族。母さん馬鹿だからさ、変な男に騙されて良いように使われて、飽きられて、それで出来たのが私。それなのに、憎むべき対象の子供のはずなのに、心も体も傷つけながら私のこと一生懸命育ててさ。病気になっちゃって。当の私は自由奔放で暴れて母さんに迷惑かけて。何でこんなのの為に体壊しちゃったんだろう。ホントに馬鹿だよねうちの母さん。」
打って変わって似合わない表情で喋るお姉さんに僕は動揺を隠せなかった。
何か言ってあげないと駄目だ。
トラウマによって一時的にIQが下がりまともな返答をしたか曖昧だが
「馬鹿じゃない。ばかじゃないよ。」そう言った覚えがある。
「そう,,,」ただ一言お姉さんは発し、またいつもの明るい表情に戻った。
「さっきのはその為に?大丈夫なの?」
「風俗のバイトは母さんの治療費を稼ぐ為だったんだけど、なんとまぁ私の知られざる癖と合致しちゃってさ、通常は楽しく出来てんだ。店の保証も厚いしさっきのがイレギュラーだっただけで、危険なことはしないから心配すんな少年!」
「私の話難しかったと思うけど、聞いてくれて有難う。君にお礼するはずが私が楽になっちゃった。」
「よく分からなかった、でも。でも頑張れお姉さん!」
「おぅ頑張る!」「少年名前は?」
「しまむらこうだい」
「ん!じゃぁシマコーだな。」
「うん。僕シマコー!」
IQが下がっているとはいえこんな某シマシマの虎の子みたいな返答をするなんて。
その語、あだ名を付けられた僕とお姉さんの他愛も無い会話は続き親密になっていくのと引き換えに学校までのタイムリミットが迫っていた。
「そういやさ。ランドセル背負ってるけど、お前学校は大丈夫?」
自分の優先事項にそう言われて気が付いたのは20分後であった。
「あ、やばい僕学校に遅刻しちゃう。」
今までに遅刻という概念からほど遠い存在だった僕はとてつもなく焦った。
「さよなら」と僕が言い「じゃあな」とお姉さんは返す。
最後は割と呆気無かったかもしれないが、なぜかまた会える気がして学校終わりに友達と交わす「また明日」のような簡素なお別れになったんだ。
口の中にほのかに残るゲリゲリ君を感じながら、走り出しお姉さんは遠くなっていった。
「また会えるといいな」自然と口から出てしまった。
結局お姉さんに買ってもらったゲリゲリ君の爽やかな甘みで先ほどのトラウマを流すことは出来なかった。でも流すことはカリカリ君には本来無い、甘酸っぱくてほろ苦いこの特別な味を消すこととも同義でありお姉さんとの出会いを忘れる訳にはいかなかった。
そうして僕は変態を思い返し、悶絶しながら学校に向かったのだった。