6.転
「ったく、獣王様は警備が多くて大変だ」
「王子だった頃より人数が増えた上に屈強な奴ばかりだな」
「お前も俺みたいに飛べたらいいのに」
軽口を叩きながら王宮を抜け出す。1人の家来を捕まえ、服を頂戴した。必死に顔を隠して王宮を出て、市場で庶民の服を買ってもらい、その上に全身を覆うマントを着て、顔が隠れるほど深くフードを被った。
「何か心当たりはあるのか、ロウ」
「残念ながらない。じいが隠し事をしているなんてな。あれから手掛かりは見つけたか?」
「牢獄の方が騒がしいって言っただろ?その後軍の方も少し騒がしい。どう思う?」
「普通に考えたら、囚人が脱獄したのだろう。全面的に捕まえに行けばいいものを、じいは何に手こずっているのか」
「今までも何度か脱獄囚人はいたけど今回は指名手配もしてない。まちも静かだし。色々と妙だぜ」
「・・・ひとまず牢獄へ向かおう」
2人で牢獄へ向かった。王宮と牢獄は近すぎず、遠すぎない距離にある。王宮と牢獄の間には軍隊の駐屯地が。近すぎると王族が危険だから。遠すぎると軍隊の出動が間に合わないから。そんな理由なのだと幼い頃じいが話してくれた。
俺はじいが時々話してくれるこの国の話が大好きだった。
じいは何でも知っているのだ。もう何十年も王をやっている。
「俺、空から見てくるよ。ここで待ってて」
シュウが飛び立ったのを見送り、周りに誰もいないことを確認してから牢獄の裏口の側で待つ。何度かこうやって2人で王宮を脱走したことはあるが、見つかって連れ戻されたことも何度もある。こういう時の執事の剣幕といったらすごいのだ。王宮を脱走する前、「昨日の継承式の疲れが取れずしばらく睡眠を取りたい」とその場しのぎの嘘をついてきたが、その時から1時間近くが経過している。そろそろビビが起こしに来て、もぬけの殻となった部屋に憤慨している頃だろう。家来は近くにいないだろうかと耳を研ぎ澄ませると微かに人の気配がした。慌てて振り向き顔を隠す。
「誰だ」
返答はない。
怪しげな男が少しずつ近づいてくる。今まで感じたことのない程の殺気にマントで隠していた刀を手に取る。
「答えよ。お前は何者だ」
穴だらけの服に、無性髭と歪んだ口元。顔こそ隠れているが只者ではない。刺客か?
「この日を待ち侘びていたぞ、獣王」
ニヤリと笑みを浮かべる不審な男に、無意識に刀を握る手に力が入る。
「なぜ私の正体を知っているのだ」
出立ちからして王宮の人間ではないだろう。だがこんな男と面識など──。
「そりゃあ見ればわかるさ。俺の家族なのだから」
「家族だと?お前のような家族など私にはいない。私の家族は、じいとお祖母様だけだ」
男は枯れた笑い声を出すと、刀を手に取りさらに近づいてくる。
「お前は・・・」
フードから除いた男の顔に後ずさる。真っ赤な瞳がこちらを睨んでいた。
「獣王、あんたを殺したくて俺は、二十年以上耐えたんだ。生きた心地がしなかったさ。だけどあんたを殺すことで俺はまた生き返る」
走りながら振りかざした刀を必死によける。今までの相手とは比べ物にならないほど刀が重い。ぎらついた赤い眼は心なしか笑っているようにも見えた。刀と刀がぶつかり合い、強い力で押し込まれる。後ずさりながら体制を何とか整えて打ち返すも、やはり刀で止められる。
「なかなかの腕前じゃあないか獣王」
今度は向こうから振り下ろされた刀が顔をかする。このままでは負ける。少し距離を取ってオオカミへと変獣すると、男は苦しそうに顔をゆがめた。
「そっくりだ。・・・俺の大嫌いな奴に」
さっきから一段とスピードを上げている。精一杯よけて爪を立てるがこちらも避けられる。
「お前が私の家族ならば、なぜ私を殺すんだ」
「あんたの父親に俺は殺されたからさ」
「私の父に殺されただと?父はずっと前に死んだ。それにお前は生きているが」
「あんたの父親のせいで生きた心地などしなかった。皆に虐げられて、誰も俺を認めなかった。お前の父親が俺を殺したんだ」
「先ほどから何を言っているのかさっぱり…」
話に気をとられているうちに刀が腹部に刺さる。痛みに体制を崩すと今度は拳がふってきて、思わず倒れこむ。追い打ちをかけるように何度も何度も顔面を蹴られる。
「カイト、見ているか?これがお前の息子の最期の姿だ。よく見ておけ、あれだけ見下していた俺にやられてボロボロになった愛する息子の顔を!」
その時だった。
「ロウ!大丈夫か!」
シュウが数人の家来を引き連れて駆け寄ってくる。男は焦った様子でその場から去ろうとする。逃してたまるかと手を伸ばす。
「待て・・・」
おかしそうに男は笑いながら、去り際にこう囁いた。
「覚えておけ。俺は第38代イナヤ王の息子、ゼファだ」