4.終わりの始まり
『ロウ、ごめんなさい。不甲斐ない私を許して』
『やめてくれ、お願いだ...!俺の大事なものを奪わないでくれ!』
響き渡る男女の叫び声。顔はよく見えない。
2人は泣き叫ぶ。
『ロウ!』
目が覚めた。幾度目かの、嫌な目覚め。
最近夢に現れる2人は一体何者なのか。
どこか釈然としないまま起き上がる。
「あなたたちは、一体・・・」
「お目覚めですか王様」
背後から聞こえたよく聞く声に驚き勢いよく立ち上がる。窓に1匹の鷹がとまっていた。シュウだ。
「盗み聞きか」
「人聞き悪いこと言うなよ。お邪魔しようと思って覗いたらちょうど起きたところだったんだ」
シュウはすぐに人へと姿を戻し笑みを浮かべる。
「何度も言ってるだろう。勝手に窓から入ってくるな」
「ここ王宮だぜ?玄関から入っても摘み出されるから直接来てやったっていうのに」
「別に来なくていい」
シュウはカッカッと歯を見せて笑う。昔から調子の良い男だ。
「警備が足りんようだな」
「俺が天才なのさ」
「口を慎め」
まるで自分の部屋であるかのようにシュウは慣れた足取りで部屋を歩く。シュウは農家の息子で、決して階級が高いとは言えない。俺がシュウの友であることによって周りから嫌な目で見られることもあるだろうに、こいつは変わらず馴れ馴れしく俺に接する。その気取らなさに心を開いているのは事実で、だからこうして窓から入ってくるのを嫌がりながらも鍵は閉めないようにしているのだ。普段おちゃらけているようで武術には長けているし、案外頭も切れるのがこいつの面白い所だ。
「用件はなんだ」
シュウは満面の笑みで近寄ってくる。嫌な予感だ。
「お前のお妃候補がまた逃げ出したんだが一体どういうことか説明してもらおうか、獣王様」
「・・・逃げ出した?」
獣王になることが決まり、それに合わせて後継が必要だとじいに言われ、妻となる女性を紹介されたのはついこの間のこと。父は俺が第一子として産まれてからすぐに亡くなり、父のたった1人の兄も独身のまま病で亡くなってしまったらしいので、獣王の家系に属す男子がとても少ないのだ。
こちらが驚いた顔をすると、シュウは少し睨んで言った。
「心当たりがないのか?」
考えを巡らせるが、特に思いつかない。紹介されて挨拶を交わし、そこから特に会ったり話したりもしていない。何か気に障ることがあったとしたら、ここでの生活に不満があったのだろうか。
「王宮の住み心地が悪かったのか?」
「馬鹿言え!本当に原因がわからないのか?」
「原因も何も、揉めたりするほどの仲ではない。じいが彼女を王宮に来させた日から1度も会っていないのだから」
シュウは大きくため息をつく。全くわからない。女性が愛想を尽かして出ていくというのは大抵、男との口喧嘩や、価値観の違いだと学んだはずなのに。
「原因はそれさ。婚約者に1度も会ってないだって?これから妻になるかもしれない女性だぞ。もっと興味を持てよ」
「興味?」
「もっと話してみたいとか、部屋に来て欲しいとか、2人で出掛けたいとか。そういうのがないから、彼女は“ロウ様は私と結婚するつもりがないんだ、他に相手がいるんだ”って泣きながら王宮を去って行ったよ」
「他に相手などいない」
「知ってるよ。ロウ、お前は基本、誰にも興味がない」
シュウの言葉が重くのしかかる。
「それで本題は?」
シュウは驚いた顔でこちらを見つめるとニヤリと笑った。婚約者に逃げられてしまったことはもちろんちょっとしたニュースだが、シュウの顔を見れば何かもっと大事なことを伝えにきたのは一目瞭然だった。
少し迷って、シュウは口を開いた。
「牢獄の様子がおかしい」
「牢獄だと?何も知らせは届いていないが」
シュウはその変獣術もあって情報屋としての腕がある。街中を自由自在に飛び回ることができ、目も耳も段違いに良い。だが牢獄で何かあればそれは獣王として第一に知らされるはずのことで、噂が先行するなどもっての外だ。
「それがおかしいんだ。王宮が何やら騒がしいのにお前の周りだけがやけに静かだ」
「情報が入ってきていないのか、それとも─」
「ロウに知られたくない何かが起きたのかもしれない」
友の顔は強張り先ほどと打って変わって緊張が伝わってきた。俺に知られたくないこと。全く見当がつかないが何かとても恐ろしいものな気がした。
「・・・嫌な予感がする」