3.新たな王の誕生
「嘘じゃないさ。島の向こうには人間ってのがいてな、そいつらはわしら獣人とは違い変獣ができないんだ。」
(変獣:獣人が通常の姿から獣へと変身すること)
トルおじいさんの言葉に小さな子供たちは驚きの声を上げる。
「私、人間見てみたい!」
よく聞け、とじいさんは声を張る。
「いいかい。人間は恐ろしい生き物だ。山の動物たちを殺して食べるんだよ。信丸様は人間に迫害されてここにやって来たんだ。だから、もし人間に出くわしたら逃げなさい」
子供たちは叫ぶ。人間は怖いと。
懐かしい。誰もが幼い頃に経験するじいさんの人間話だ。
皆ガキの頃はこうして人間の存在に恐れ慄くものだ。
話に聞き入っていると、あまり時間がないことを思い出す。子供たちが大勢いたので油断してしまった。いけない。これでは怒られてしまうだろう。
まちの人たちは次々と変獣して都を目指して走り始めている。この国は獣界と呼ばれる奇妙な世界だ。といっても、俺たちはこの世界しか知らないのだから、奇妙なのは人間の方だが。
全ての獣人が動物へと姿を変えられる。獣のような夥しい動物であったり、可愛らしい見た目の動物だったり、変獣する対象は人それぞれだ。(といってもほとんどが親から遺伝する)
俺は代々オオカミへと変獣する家系のもとに生まれた。今は亡き父も、獣王である祖父も、その前の先代の獣王である曽祖父も、ずっと遡るまで皆オオカミへと変獣できた。
この世界がうまれたのが俺の祖先である信丸という男性によるものだという話は、ここに住む人なら誰でも知っていることだ。
物心ついた頃には両親はどちらも病死していて、兄弟はいない。
じいとお祖母様が俺の世界でたった2人の家族だ。
歩きながらそっと背中にかけてある刀に手を置き深く息を吐く。
「行くか」
覚悟を決めて街を出た。
到着すると思った通り人でごった返している。
「おいロウ、遅えよ!」
シュウが慌てた様子で駆け寄ってくる。
「悪い、街でじいさんの話に聞き入ってしまった」
謝る俺にまったく、とシュウはため息を吐く。
「間に合うか焦ったぜ。主役は遅れて登場ってか?かっこいい奴め」
そう言って真っ白な歯を見せカッカッと笑う。
俺たちはこの三波島で生まれ育った幼馴染だ。獣界の人口はおよそ3000体。まあまあ大きいこの島だが、同い年の奴は数人である。
ちなみに、シュウは鷹に姿を変えられる。
「見ろ、始まるぞ」
シュウが指差す方にはじいが立っている。今日は俺の人生で最も大事な日と言えるだろう。
「じゃあ行ってくる」
「頑張れよロウ!」
シュウと別れて舞台の方へと急ぐ。
「それでは、王位継承を行います。皆さま準備はよろしいですか?38代目獣王•イナヤ王に大きな拍手を!」
大きな歓声とともに拍手が響く。今まで見たことのないほどの獣人がそこに集まっていた。
「あ、ロウが来たわ。全くもう、一体今まで何をしていたの?」
お祖母様の言葉に曖昧に頷きながら立ち位置につく。
「続いて、39代目獣王となるお方、ロウ様のご登場です!」
舞台上を歩く。歓声と拍手が自分に向けられたものだなんて、まるで実感がない。
どこに目をやったらいいか分からなくて視線を彷徨わせると手を振るシュウを見つけた。
隣の大人に嗜められ手を振るのをやめて拍手する彼に思わず笑いが溢れる。
「王位継承の方法は皆さまご存知の通り、初代獣王・信丸様から受け継がれてきた真っ赤な王冠の譲渡でございます。その前にイナヤ王から、お言葉です。」
じいが人々に近づく。小さい頃から見続けた背中だ。昔は大きく見えた背中だが、随分歳をとったものだと思う。
イナヤ王!イナヤ王!という歓声が響く。じいは人々に愛された王だった。
俺は、上手くやれるだろうか。
「私が望むのは、争いのない平和な世界。ただそれだけじゃ。孫のロウには、その望みのみを託す。まだ半人前の生意気な小僧じゃが、いずれこの国を治める偉大な王となる。民には、彼の成長を、どうか見守ってほしい」
じいは言い終わると自分の王冠を持ち上げ、近付いた。俺にしか聞こえない小さな声で呟く。
「ロウ、準備はできておるか?」
空を見上げる。雲一つない。
父さん、母さん。
深呼吸をして頷いた。
「...っ!」
頭に乗せられたずっしりとした重さに声が溢れる。じいちゃんは可笑しそうに笑った。
「重いじゃろう?覚悟せえ」
じいは小さな体でこんな重い物を背負っていたというのか。
「10代目獣王の誕生だー!!!」
俺の名が響き渡る。
俺は、この国の王になるのだ。