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獣王  作者: 川瀬ハンナ
20/25

20.美しい桜



「この野郎!」


地面に投げ出され、身体を蹴られる。もう痛みすら感じなかった。


「また人の物を盗みやがって!この泥棒野郎!」


全身を蹴られて、力無く横たわる。男たちが去っていく。


・・・ああ、今日も収穫なしか。もう何日も何も食べてない。この身体じゃ今日は盗みを働けないだろう。


がっかりしながら空腹を紛らわすため空を見ていると、ふと顔を覗き込まれる。


私より少し年上の可愛らしい女の子だった。


「大丈夫?」


「・・・え?」


大丈夫かと聞かれたのは生まれて初めてだった。


「どうして泣いてるの?そんなに痛い?」


思わず涙が溢れた。


「医者に診てもらわないと。立てる?」


「いしゃ?」


何とか立ち上がる。


「医者を知らない?」


「うん」


「怪我を治してくれる人のことよ」


女の子についていく。たどり着いたのは王宮だった。


「ここ、王様のおうちだよ。勝手に入ったら殴られる」


「私のお家でもあるから大丈夫」


驚くほど白い肌に、美しい赤い眼。

思わず惹き込まれる。


「ここに住んでるの?」


「そうよ」


王宮を見渡す。


「きれい」


「王宮のこと?全然、綺麗じゃないわ」


「どうして?」


私から見たら王宮は綺麗だった。輝いてた。


「うーん、秘密。楽しくない話は苦手なの。本当に綺麗なのは、海とか星空とか・・・」


「さくらもきれいだよ」


女の子は嬉しそうに飛び上がる。


「桜が好きなの?私も大好きなの」


「うん」


「私、美桜って言うの。美しい桜って書いて、美桜。すごく気に入ってる」


「かわいい名前だね」


「あなたのお名前は?」


名前で呼ばれたことはなかった。


「・・・わからない」


「じゃあ今つけてみるのはどうかしら?」


女の子は嬉しそうに笑う。


「桜の他に美しいと思うものは?それをあなたの名前にしよう」


「なんだろう」


「私が美しいと思うのは雪とか月とか・・・」


ふと目に入ったのは女の子の服だった。思わず指をさす。


「これ?」


「きれい」


私の薄汚れた穴だらけの衣と違って、女の子は汚れ1つない綺麗な桃色の服を着ていたのだ。


「お母様が大切にしていたお着物を借りてるの。糸作りからたくさん手間をかけて作ったんだって」


「いと?」


「服は糸からできるのよ」


「私のも糸からできてるの?」


「そうよ」


嬉しかった。こんな可愛い女の子が来ている美しい服と、自分の服が同じものからできているなんて。


「この糸が気に入ったの?」


「うん、きれい」


「じゃあ名前は糸にする?」


「うん!」


糸。今は私が着ている薄汚い服のような私も、いつかは美桜が来ている美しい服のようになれるだろうか。


「糸、私とお友達になってくれる?」


頷くと、美桜はすごく嬉しそうに笑った。




これが美桜と私の出会いだった。










「糸ちゃん、それ何読んでるの?」


夏野くんがこっちを覗き込む。


「美桜がくれた本」


「理解して読んでるの?それ医学書だよ」


「医学書?」


「医者になるために読む本」


「ちょっと、彰!糸の邪魔をしないであげて」


「あ、美桜!」


美桜が夏野くんの隣に並ぶ。よく日に焼けた夏野くんの隣に並ぶと美桜の肌の白さが際立つ。


「今までどこにいたの?」


「講義を受けたり、勉強したり、やることがたくさんあったの」


夏野くんの質問に美桜はうんざりした様子で言う。


「もうすぐ十四だからね。立派な大人よ」


最近の美桜はすごく忙しそうだった。


「糸ちゃんはまだ十だから、気楽でいいよな」


夏野くんが揶揄うように言う。夏野くんと美桜は同い年で、4歳年下の私は時々置いてけぼりになることがあった。2人は大人で、私は子供だった。


美桜は大人っぽさと同時に子供心を兼ね備えた人だったから、年の差はあまり感じなかったが、夏野くんに至っては同年代の中でもずば抜けて大人っぽくて、私はいつも子供扱いされていた。


「彰だって気楽でしょ!すぐ王宮を抜け出して」


夏野くんの両親は王様に遣えていた。夏野くんはまだ見習い。一生懸命勉強して一人前になったら、彼もまた王様に遣えるんだそうだ。王様とは、美桜のお父さんのこと。


「ちょっと欲しいものがあって」


「お父様に言いつけてやるわ」


「これをあげるって言っても?」


夏野くんが取り出したのは砂だった。


「海の砂だよ。ずっと欲しがってたから取ってきた」


美桜は嬉しそうに頬を赤らめる。子供の私でも、2人の間に時々流れる甘い空気には気付いていた。


その時だけ、大人っぽい2人が子供のように笑うことも。


「見て、糸。すごく綺麗じゃない?」


「うん、綺麗」


美桜は誰よりも美しいものが好きだった。


初めて会った時、『王宮は綺麗じゃない』と言っていたが、ここに来て数年たったその頃はその意味をなんとなく理解していた。


王宮には自由がない。特に王女の美桜は、どんなに頑張っても王宮の前の市場に行くのが限界だった。


私は美桜に名前をつけてもらった日から王宮で使用人の見習いとして働いている。美桜が王女と知って慌てて失礼を詫びたが、美桜はむしろ悲しそうな顔をした。『友達だから』、そう言われた時は心の底から嬉しかった。


美桜には友達がもう1人いた。それがここにいる夏野彰くん。大人ばかりの王宮で飽き飽きしていた2人が仲良くなるのは至極当然の事のように思えたが、そんな単純な話ではない。


王女に友人を作ることは許されなかったのだ。


「近くで見た海はどうだった?綺麗だった?」


「綺麗だったよ」


やっぱりねと美桜は笑う。

王宮では美桜に逆らえる人はほとんどいなかった。大人な夏野くんがそのことを知らないはずがないのに、この王宮の誰よりも夏野くんが美桜に対等に接するのが不思議だった。


「ところでこの医学書は何?」


「糸の勉強のためよ」


「なんの勉強?」


「医者になるための勉強に決まってるじゃない」


「えぇ?!糸ちゃんが、医者?」


夏野くんの驚きに満ちた顔に人知れずへこむ。黙り込む私の手を美桜は優しく握ってくれた。


「大丈夫、私は糸の味方よ」


美桜はいつもそう言ってくれた。


「医者になりたいの」


そう言うと美桜は嬉しそうに笑った。


「でも糸ちゃん、医者になるのってすごく大変なんだよ。勉強もたくさんしなきゃだしお金もすごいかかるし」


「大丈夫!お金は私が出すもの」


「えぇ?!美桜が?」



3人で医学書を見てはしゃぐ。



あの頃の私たちは、3人の友情が永遠と続くものと思っていた。






「獣人って知ってる?」


「ああ、あの野蛮な生き物って言われてる?」


「ちょっと、彰!獣人は野蛮なんかじゃないわ」


「でも父さんは言ってたよ。獣に姿を変えて人を殺すんでしょ?」


「それは迷信」


「美桜だって獣人に会ったことがないくせにそれが迷信だってなんで言い切れるの?」


「この話はぜったい、秘密ね」


美桜はこうして時々、私と夏野くんにだけ秘密の話をしてくれた。


王女が見習い召使いと友達だなんて知られたら王様に怒られるので、私たちは決まってこの薬品倉庫で話をした。


「ぜったいに秘密よ」


「わかったって。もったいぶらずに早く教えろよ」


ただでさえ狭い薬品倉庫だが、一層顔を近づける。


こうやってしてくれる秘密話の時間が、私は大好きだった。


「私のお母様は、獣人に会ったことがあるの」


「「えぇ?!」」


「静かに・・・!」


慌てて自分の口を塞ぐ。


「それ本当に言ってたの?」


「うん、小さい頃教えてくれた」


「美桜の聞き間違いなんじゃない?」


「違うよ!ちゃんとそう言ってたもの」


美桜の母親、つまり王様の側室は数年前に亡くなったそうだ。私がここに来る少し前のことらしい。


「側室になるまでの話は前したじゃない?ほら、お母様の家族が罪を犯して、一家全員殺されそうになったって」


美桜の母親は貧しい商人の娘で、家族の生活のために父親が王宮のお金を横領した。それがバレて家族全員殺されることになり、逃げていたが、捕まった時に今の王様、当時の王子様の目にとまり、側室になったことで家族全員、命拾いしたという話だった。


庶民が王子様の側室まで上り詰めたという話は少女たちの心を掴んだ一方で、王宮ではよく思わない人も多かったようだ。


王宮では美桜を毛嫌いする上層部も多い。


だけど美桜はそんな母親のことをむしろ誇りに思っていた。


「お母様は貧しかったけど、心の綺麗な方だったもの。あんなに勇敢な方はいないわ」


美桜の母親は美桜に外の世界の色んな話をしていたらしく、それが今の美桜の好奇心へと繋がっていた。


「お母様は逃げている間、獣界にいたんだそうよ」


「えぇ?!」


夏野くんと私は驚きを隠せなかった。


「獣界ってどんな風なの?」


「獣界にも王様がいるんですって。王族の男子は皆、オオカミへと変身するんだって」


「それで、生きて帰ってこれたの?オオカミに食べられなかった?」


「すごく優しくて、守ってくれる方がいたって」


「獣人が人間を守ってくれたの?」


そんな話があり得る?と夏野くんと顔を見合わせる。本当よと美桜はある物を取り出した。


「首飾り?」


七十と刻まれた銀色の首飾りだった。


「お母様を守ってくれた方の物なんですって」


「この数字は何?」


「生まれた順番を指すみたい。王族の男子だけがこの首飾りをつけられるの」


作り話だと笑っていた私たちも、思わぬ証拠品に何も言えなくなる。


「お母様、その方にもう一度会いたいっていつも言ってたわ」


王子の女である側室に自由などなかった。美桜の母親は王宮に入った途端、外の世界へもう一度戻ることは不可能だった。


「会ってどうするの?」


「その方の味方になってあげるんだって」


味方?と夏野くんは首を傾げる。


「お母様の味方になってくれたから、今度はお母様がその方の味方になってあげたいんだって」


「その話、王様は?」


「知る由もないわよ」


2人とも近付いて、と言われ顔を寄せる。お母様が言ってたことなんだけど、2人にも教えるわ、と。


「この世に味方のいない人なんていないのよ。絶対に自分の味方になってくれる人はいる。王宮に味方がいなくても、外にはきっといる。外にいなくても、そのさらに遠くにきっといる。どこにも味方がいなくても・・・きっと別の世界、獣界に味方がいる」



その時はその意味がちっともわからなかった。




まだ十歳の子供だった。






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