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獣王  作者: 川瀬ハンナ
18/25

18.不穏



「おい、聞いたか?ここ最近の事件」


「物騒だよね。犯人まだ捕まってないんだろ?」


患者同士の会話がふと耳に入る。


会話の種は大体噂話。これはどこの国も同じようだ。


最近、王宮の近くで次々と人が殺されているという知らせは俺も知っていた。糸によると、殺されたのは王族に遣える役人ばかりのようで、王宮は反乱が起きるのではないかと戦々恐々としているらしい。


「それが変な話があってな。どうやら襲われた後生き残った人が、オオカミに襲われたとか言ってるらしい」


思わず手に持っていた器具を落とす。金属音が響く。


「大丈夫?」


糸に聞かれて正気に戻り、落とした物を拾った。


今聞いたことは本当だろうか。


嫌な汗が流れてくる。


「どうやら周りは、頭を打っておかしくなっちまったと騒いでるらしいが」


「いくらなんでもあの地域にオオカミはいないだろ。それだけ殺していたら今頃捕獲されているだろうし」


「でも大体夜中の犯行だから、誰も姿を目にしてないんだ。証言はその1つだけ。それも本人は意識がはっきりしていて、オオカミで間違いないと言ってるんだと」


「それでも、オオカミが山を下って人を殺したってのは無理がある。殺された人たちだって刀で斬られていたんだろ?オオカミに刀が使えるものか」


息が乱れる。


「ちょっと、大丈夫?一之助」


思わず床に手をついてうずくまる。立つのも苦しいほどだった。


王宮で人を殺しているのが、ゼファだったとしたら。オオカミに変獣できる獣人は王族の男だけ。今生きているのはじいと俺と、ゼファだけだ。じいは今獣国にいる。ゼファとしか考えられなかった。やつはオオカミに変獣できなかったが、それは若い頃の話だ。もし年を取って、やっと変獣の才能が開花したのだとしたら。


「落ち着いて。深呼吸して」


言われた通りにするが、上手く呼吸が続かない。


「家内くん、ここ任せていい?一之助が体調悪いみたい。正太郎、一之助を部屋まで運ぶから手伝って」


「大丈夫ですか?」


小僧と糸に部屋に運ばれ、布団に寝かされる。こんな日に限ってシュウはいなかった。戦いに備えて上質な刀が必要だと、大きな町へ出掛けていたのだ。


「あとは私が診るから、家内くんを手伝って」


「わかりました!」


小僧が部屋を出て、糸と2人きりになる。糸は何も言わず、ひたすら俺の背中をさすった。


「大丈夫よ」


程よい高さの、澄んだ声で発されるその言葉と心地よい振動を背中から感じていると、いつのまにか眠ってしまった。




『ロウだけは殺さないでくれ、お願いだ』


いつもと同じ夢。

だけど今日は少し違った。いつもはここで終わるのに、今日は目覚めない。


『俺はいいから、ユイとロウは殺さないでくれ』


ユイ。母さんの名前。


『兄さん!』


じいの話は本当だったのだと改めて思う。何度も夢に見た二十そこそこの目の前の男はやはり、俺の父だったのだ。


『俺のことを除け者にしておいて、お前に生きる資格などない』


対峙するこの男は、父の兄であるゼファか。獣国で殺されかけた時より随分と若く、あの時ほどの殺気は感じられなかった。


『兄さんを除け者になんてしていない!』


『ナオが人間だと、父上に告げ口しただろ。お前があんなことしなければ、ナオは今頃幸せに生きていたはずだったのに』


『あれは、兄さんとナオさんに結婚して欲しくてやったんだ。兄さんを貶めようと思ったんじゃない』


『黙れオオカミ!悍ましい獣め!オオカミになれない俺がそんなに邪魔なのか?』


『兄さんが変獣できないからって何も思ってない。頼むから、昔の優しい兄さんに戻ってくれよ』


『・・・死ね!』


父に振り下ろされた刀の行き先を見ていられなくて、思わず固く目を閉じる。




目を開けると、見覚えのある天井だった。外はもう暗い。


「起きた?」


「・・・いたのか」


「ずっとうなされてるから」


糸は側で座っていた。ずっとここにいてくれたのだろうか。


「嫌な夢を見たの?」


「・・・夢だったらいいんだけどな」


あれは間違いなく現実に起きたことなのだと感じていた。夢ではない。


「最近の事件と、何か関係ある?」


言ってはいけない。

そう思った。




この子を、巻き込んではいけない。




でも同時に、どうしようもなく全てを打ち明けたい自分もいたのだ。


楽になりたかったのかもしれない。


糸に嘘をつき続けるのは辛かった。


彼女にだけは全てを打ち明けて、味方になって欲しかった。



「俺が何を言っても、味方になってくれるか?」



そんな弱い保険をかける自分が惨めだった。




「約束するわ。あなたも私を守ってくれるって、言ってくれたから」


糸の言葉に覚悟を決めた。





「・・・俺は、人間じゃない」





糸はしばしの沈黙の後、口を開いた。







「・・・知ってる」







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