16.約束
「で、この人誰ですか?」
小僧が嫌そうにシュウを指差す。
「一之助の友達だって」
糸の言葉に一層顔を歪ませた。
「またヤバいやつなんじゃ?」
「友達とは具体的にどういう・・・?一之助の記憶喪失のこともご存知ですか?」
「一之助のおともだち?」
小僧、眼鏡、雪3者3様の言葉にシュウは慌てて箸を止めて改まる。
「一之助とは幼馴染なんです。名はシュウタと言います!」
シュウタだと?
嘘がうまいなと感心する。
「ほう・・・秀でるの秀で秀太ですか?」
「そうです!秀でるです!俺にぴったりの名前でしょう」
シュウは眼鏡の言葉に食い気味に頷く。
「一之助さんを連れ帰りに来たんですか?」
小僧が聞くとシュウはニカっと笑って答える。
「違いますよ!一之助も俺も身寄りがないんです。一之助がこっちにいると思って、こいつを生活のあてにしようと来たのに、まさか記憶喪失になってるなんて一体俺はどうすれば」
俯いて涙を拭う仕草をする。大した演技力だ。
よくもこう、嘘をつらつらと並べられるな。
「じゃあしばらくここに居るのはどうですか?」
糸の提案にシュウは待ってましたとばかりに顔を上げる。
「いいんですか?」
「部屋が余ってないので、一之助と同部屋になってしまいますけど」
「全然大丈夫です!金がなくて、2人で小さな部屋に寝泊まりして寒さをしのいだことを思い出します」
「そんなことあったか?」
「覚えていないなんて!彼の記憶喪失は本当みたいですねハハッ」
シュウは乾いた笑いと共に飯をかき込む。彼の食欲は凄まじい。
「花野先輩、また人を置くんですか?!やめときましょうよ」
「糸、そう情に流されると僕たちの生活が・・・」
「でも仕方ないじゃない。身寄りがないんだもの」
俺が来た時と同じ会話が繰り広げられる。あの時は“言われなくても出ていってやる”なんて生意気な口を叩いたのに、今ではここを離れたくないなんてと自分の気持ちの変化に驚く。
シュウはそんなこともお構いなしに飯を食べる箸を止めない。あまりにも食べ過ぎだ。奴1人でここの食糧が尽きてしまう。
「おい、食べさせてもらっているのだからそこまでがっついて食べるんじゃない」
「一之助さんの言う通りです!金も払わないのに!」
小僧の言葉にシュウは懐から金貨の袋を取り出し机の上にどかっと置く。
「金ならあります。これで足りますか?」
3人の視線が一気に集中する。
「・・・本物ですか、これ」
「間違いない。金貨だ」
男どもは宝物でも見るかのように金貨を拝める。
「秀太さん、何かご不便はございませんか?どうか今までのご無礼をお許しください」
「おい正太郎、秀太さんにもっと食事を持って来い」
「わかりました!」
それから2人の態度は豹変した。
「一之助さんとは大違いですよ。今回は当たりです」
「こんなお金持ちが来てくれるんだったら無一文の一之助を面倒見た甲斐があったね」
言いたい放題な2人を睨む。
この金貨だって、俺の金だというのに・・・
そうして、賑やかな夜は更けていった。
庭で素振りをしていると、人の気配を感じる。振り返ると縁側に座っていたのは糸だった。
「風邪を引くわ」
「そちらこそ」
「・・・眠れないの?」
「うるさい奴がいるからな」
シュウは夕飯を食べるとすぐ眠りについた。大きないびきをかきながら。長旅で疲れ果てているのだろう。
眠れない原因は他にあった。
「その刀は特別な物なの?いつも持ってる」
糸は俺が手に持つ刀を指差す。
「・・・特別な物ではない。ただ、長く使っていると手放し難くなるだけだ」
「なるほど」
「糸にもそんな物があるだろう?」
「どうだろう」
糸はじっくり考えると、答えに辿り着いたのか頬を緩めた。
「ここでの生活」
懐かしむように夜空を眺めていた。
「平和で、安全で、ちょっとだけ幸せな生活。これを手に入れるのに、大変な苦労をしたわ」
糸のこのような話を聞くのは初めてだった。何か事情があるのだろうとは思っていたが、触れることはしなかった。
「ちょっとだけ幸せ?たくさんではなく?」
「あまりにも幸せだと、その後やってくる不幸に耐えられるだろうかって怖くなるの。だから、幸せすぎるのではなくて、不幸でもない、ちょっとだけ幸せなのが1番」
そう言い聞かせているように見えた。幸せになってはいけないのだと自分を縛っているような。
「人生で1番幸せだったことは?」
ふと、糸の幸せな表情を見てみたくなった。
「そうだなぁ。親友と出会ったことかな。5年前に亡くなった、私の親友」
同時に悲しそうな顔をしたのを見て後悔する。
「その親友が、雪の母親なの」
「・・・どんな人だったのだ?」
「美桜といって、私より4つも年上でね。美しくて、勇敢な人だったわ。行く当てのない私を、面倒見てくれて。美桜がいつも言ってたの。この世に味方がいない人なんていないって。どこかには絶対、自分の味方になってくれる人がいるって。近くにいなかったとしても、きっと違う世界にはいるって」
この世に味方がいない人などいない─。
糸は、味方を探して生きて来たのだろうか。
「だから私、決めたの。私は誰かの、味方になろうって。同じような境遇の子がいたら、見て見ぬふりをせず助けようって」
屋敷で今頃寝ているであろう男たちを思い出していた。彼らもきっと、色んな事情を抱えた、味方を探す人たちだったのだろう。
「それで、味方は見つかったのか?」
俺の問いに糸は寂しそうに笑う。
「美桜がいたけど、いなくなっちゃった」
「他には?」
「さあ、自分では分からないわ」
味方とは一体、何だろう。
獣人である俺は、糸の味方にはなれないのだろうか。
「幸せにしてくれるのが味方なのだとしたら、俺はお前の味方にはなれないが・・・ここにいる限り、どんな危険からもお前を守ると約束する」
糸は驚いた顔をして、嬉しそうに笑った。
月明かりに照らされた笑顔が眩しかった。