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獣王  作者: 川瀬ハンナ
15/25

15.ろくにんぐらし



「ちょっと、一之助!患者さんに何してるの?!」


糸が顔を真っ赤にして俺とシュウを引き離す。


「ごめんなさい、あの、今すぐ処置しますのでこちらへ」


シュウは苦しそうに立ち上がった。俺は呆然として座り込んだままだ。手を差し出される。


「生きててくれて、嬉しい」


シュウの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。2人で熱い抱擁を交わし、再会を喜ぶ。


「どうしてここが分かったのだ?」


「・・・これ、勝手に捨てるんじゃねえよ」


シュウの手には俺の首飾りが。


「見つけるのに苦労した。もう諦めかけて、帰ろうかなって思った時に、たまたま寄った市場でこれを見つけたんだ」


「諦めの早い男だな」


「だって、船が嵐で沈んだって・・・そんなの、死んじまったのかなって思うだろ普通」


首飾りを買って行った男とは、シュウのことだったのだ。


「あの・・・喧嘩するかと思えば泣きながら抱き合ってるけど・・・一体どういう関係?」


糸の困惑を滲ませた言葉に2人とも我に返る。


「一之助の友達?記憶が戻ったの?」


そうだ。記憶を忘れている設定だった。シュウに目をやると任せとけと言わんばかりに胸を張った。


「そうなんですけど、どうやらこいつ、親友の俺のことだけは覚えてるみたいです。それ以外はなんも思い出してないよな?」


「ああ。お前のことだけ、今、思い出した」


その場で繕うと、糸は気付かずにパッと笑顔になる。


「一之助の友達なんですね!よろしくお願いします!ぜひこちらで治療を」


糸が診療室へと案内する後ろをシュウとついていく。糸に聞かれないよう、シュウは小声で俺に囁いた。


「記憶喪失ってことにしてるんだろ?糸さんから聞いた。名前はイチノスケだって?ここで雑用係として働いてる」


半笑いで告げるシュウに苛立ちを覚える。


「何がおかしい?」


「あの威厳のある王様がこうも変わるんだなって」


「みすぼらしいと思うか?」


「いや、お前らしいよ」


よく分からない返答に首をかしげたところで診療室に着く。他に患者はいなかった。


「ところでその怪我はどうしたんだ?」


気付かなかったが顔の傷だけでなく身体中に痣があった。まさかゼファにやられたのか・・・?


「ええっと、喧嘩」


「・・・は?」


思わず気の抜けた声が出る。確かに昔からこいつは喧嘩っ早い性分だが、人間の世界で争いごとを起こすなど言語道断だ。


「だって金を盗まれたんだぜ?返してもらうよう言ったが返さなかったから力づくで奪ってやった」


「まったく、あなただけじゃなくてあなたの友達も怪我ばかりなの?なに、あなたたち怪我をするのが趣味なの?」


糸の問いかけに返す言葉もない。


「糸さん、お綺麗ですね。こんな美人に治療されるなんて嬉しいなぁ」


シュウの言葉に糸は嬉しそうに微笑む。思わずシュウを睨むと満面の笑みで返された。この女好きめ。


一通り処置が終わると糸は他の患者のもとに戻って行った。診療室に2人きりになる。聞きたいことが山ほどあった。


「何があったのか説明してくれ、シュウ」


「それはこっちの台詞さ、ロウ」


「俺は特に何もない。嵐で船が沈んで、意識を失って、起きたらここだったんだ」


「海岸から歩いて30分もかかる場所なのに?」


それは俺も疑問だった。小僧は初めて会った時俺を見て“花野先生が連れて帰って来た男”と言ったが、糸1人で俺をどうやってここまで運んだのだろう。


「まあ無事だったならそれでいい。俺はお前が逃げてから、輸送船が沈没したと船乗りから聞いて、イナヤ様から命を授かったんだ。ロウの無事を確かめて来いって」


「じいは無事か?」


「うん、やっぱりゼファの狙いはロウみたいだ。まだ捕まえられてない。もう人間の世界にいるのかも」


「逃げ回るばかりじゃ、いつかは負ける。そう思って、強くなると俺は決めたのだ。そのためにここで金を稼いでる」


「そんなことだろうと思って、ほら」


シュウは懐から巾着を取り出した。中には大量の金塊が入っている。先ほど話していた喧嘩の原因だろう。じいが持たせたもののようだった。


「イナヤ様には、ロウの死を確認したら戻ると伝えてある。俺が戻らなかったら、ロウが生きてる証だって。だから、俺もここに残って一緒に戦うよ」


「・・・危険な目に遭うぞ。お前を巻き込めない」


シュウはいつものように歯を見せて笑った。


「俺がいなくて勝てると思ってるのか?そんな気遣いされる仲はもうとっくに過ぎた」


「・・・感謝する」


心強い仲間が来てくれた。


シュウはどっと座り込む。


「もうヘトヘトさ。何週間もほとんど寝ずに昼は人、夜は鷹の姿でお前を探した。それがあんな美人と平和に過ごしているとは拍子抜けだ」


「ゼファは近くにいるか?」


「多分いない。ロウはずっとここに留まってたから見つけるのに時間がかかったが、あいつはもっと活発に動き回ってるはずだから、俺が気付かないということはこの近くにはいないよ」


この男の偵察の腕はピカイチなのだ。


「あいつを殺して国に戻ったら、たっぷり報酬をくれよな、王様」


「美人を紹介してやる」


「人間とは恐ろしいな、あんな堅物だった男が冗談まで言えるようになるなんて」


また2人で笑う。そこに糸が戻ってきた。


「今日の診療はこれでおしまい!夕飯にしましょ」


3人で2階へと上がる。



夕飯が出来上がった頃には小僧も帰って来て、雪と眼鏡も部屋から出て来た。





初めて6人で食べた夕飯は、今まで食べたどんなごちそうよりも美味しかった。










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