13.生まれ変わる
「本当に良いのか?俺はこのままの服でも十分・・・」
「いいの。そのままの服装だとすごく目立っちゃうもの。目立つのは嫌いでしょ?」
少しヒヤリとする。
糸が俺の素性を知っているはずもないが、まるで逃げていることを分かっているかのような言葉だったからだ。実際、格好の善し悪しなどどうでも良かった。ただ周りから浮いていると言われ、それは危険だと思ったのだ。人の世界に溶け込まなければいけなかった。
「ほら、病院でも患者さんに極力関わらないじゃない。皆あなたのことを気になってるのに」
続いた言葉に安心する。
どうやら俺の性格を判断してのことだったようだ。
「紗代子ちゃんなんて、あなたの顔を見たくてもう治ったのにこの2週間毎日病院に通ってるのよ」
「何故俺の顔を見たいのだ?」
「好きな男の顔は毎日見たいと思うものだから」
言ってる意味が分からず困惑する。紗代子とは、確か俺がここに来て数日経った頃に風邪を引いて病院にやってきた子だった。
基本2階にしか居ないようにしているのだが、その時はたまたま居合わせてしまい、それ以降話しかけられるようになった。
「身体中の傷を見てきっと大変な思いをして生きてきたんだろうなと思ったけど、恋を知らないなんてまだまだ純粋なのね」
意外そうな口ぶりの糸を見て自分の人生を振り返る。大変な思いをして生きてきた?そんなことはなかった。大勢に甘えて生きてきた。皆が支えてくれるから王でいれたというのに、ここに来たら1人じゃ何もできないただの役立たずだ。
「着いたわ」
歩いて30分くらいの距離に市場はあった。想像してたより何倍も人がいることに気付き、思わずマントで顔を隠す。
「早く行きましょ。一之助をとっておきのお洒落男子にしてあげる!」
糸に手を引かれながら店を回る。
見たことがないほど服が並んでいる店を見て驚く。俺が着ているような服は1着もなかったので、小僧と眼鏡が言ってたことは正しかったようだ。
これが似合ってる、いやあちらの方が良いと糸は散々俺を着せ替え人形のように着替えさせた後、彼女が気に入った数着を購入した。こんなに金を使って眼鏡に怒られないだろうかと今から怖い。
服を買い終わると、糸は俺を怪しげな店へと連れて行った。一体何をされるのだろうかと身構える。
「髪を整えてもらうお店なの」
「・・・髪を整える?」
散髪に金がかかるとは初めて知った。獣国ではそんな店はなかったし、散髪など身だしなみの管理は専属の召使いに全てやってもらっていたからだ。
「少し時間がかかるから、その間に私の個人的な用事を済ませて来てもいい?」
「もちろんだ」
「終わったらお店の前で待ってて!ここのお代はもう払ってるから大丈夫よ」
糸はそう言うと急いで店を出て行った。
髪をすっかり短く切られ、やたらと触って形を整えられて店を後にする。
まだ糸の姿はなかった。
退屈だったので向かいの店を覗き見ていると、店主の年配の男性に声を掛けられる。
「おっ、お兄さん!なかなかの色男じゃないか。こっちこっち、こんなのどうよ?これもらって喜ばない女はいないよ」
店主が掲げたのは青色に輝く首飾りだった。王宮でこの手の宝は幾度も目にしたが、目の前にあるこれは確かに上質な本物だった。じっと見ていると興味があると思ったのか店主が食いついてくる。
「興味あるかい?他の店だと何倍もするけどこの店は特別安いんだ」
「・・・すみません、金は今持ってないのです」
店主は残念そうにしたが、すぐにある事に気付きまた明るさを取り戻す。
「お兄さん、今あんたがつけてる首飾りは相当貴重なものだ。うちの店に売ったら、相当な額になるよ。どうだい?それを売ってこれを買わないかい?」
店主が言っているのは、俺が生まれた頃からつけている、王族の男子のみがつけられる特別な首飾りだった。いつもは服の下に隠しているのだが、新たな服に新調したから丸見えになっていたのだった。初代からじいまで、今までの全ての王の息子の中で、72番目に生まれた男子であることを指す“七二”と彫られたその首飾りは、大切な思い出のつまった品物でもある。
「この青い首飾りは“幸せの象徴”と言われていてね。つけていたら願い事は何でも叶うと言われてるんだ。贈り物にぴったりさ」
願い事は何でも叶う──。
そんなありきたりな商売文句に惑わされてしまうなんて、自分はなんて愚か者だろう。
葛藤がないかと問われればそんなことはなかった。それでも、少しくらい、恩返しをしたかったのだ。
身につけている首飾りを取って店主に差し出す。
「その青い首飾りを頂けますか?」
絶対に、彼女の願いを叶えてやるのだぞ。
そんなことを、首飾りに言い聞かせながら。