12.外の世界
「一之助さん、いつまでその格好なんですか?俺だったら恥ずかしくて町歩けないですよ」
小僧は、俺のことをさん付けで呼び敬語は使うものの、相変わらず態度は生意気だった。
「普通の格好ではないか」
俺は人間の世界へやってきた時に来ていた服をここに来てからも変わらず着ていた。病人用の寝巻きは糸が病院にあったものを貸してくれたが、いつまでもその服を着るわけにもいかず、かといって小僧や眼鏡とは身長が一回りも違ったので合う服がなかった。
「正直言って、格好悪いですよ。そんなデザインの服装、今時見たことがないし。家内先輩を見習ってくださいよ」
眼鏡は嬉しそうに微笑んだ。人間の思う格好良さは随分我々の感覚とかけ離れているようだった。
「確かに一昔前の人みたいな服装だよね。祖父がそのような服を着てたのを思い出すよ。流行は一周まわるというけど本当みたいだ」
「別に流行ってないですよ!誤解しないでください、家内先輩。一之助さんがズレてるだけです」
どうやら馬鹿にされているようだということは十分伝わった。
「ハハッ」
糸がその様子を見ておかしそうに笑うので、だんだんと苛立ちを感じてくる。
「・・・俺の服装はそんなにおかしいか?」
糸に問いかけるとにっこり笑顔で即答される。
「2人の言う通り、変だね」
糸の返答に今度は俺の膝の上に乗っていた雪が笑う。雪は稽古をしている姿を見られた日からなぜか俺に懐いていた。
まったく、なんて人たちだ。王である俺がここまで侮辱されてる様子を見たら獣国の民は一体どれほど悲しむだろう。
「市場に行って新調してくる?」
糸の提案はありがたかったがそれは無理だ。
「金がない」
王宮にはたっぷりと生涯使えきれないほどの財産があるが、今持っていない上にここではそもそも通貨が違う。一応人間の世界に来るにあたって、換金できそうな金塊を巾着に入れて持って来たが、当然嵐でどこかにいってしまった。
「えぇ?!一文無しですか?花野先生、てことはこんなに世話して診療費とかもろもろ稼ぎゼロじゃないですか!」
「本当に一銭も手元にないのかい?」
男たちが目を見開くのが悔しい。まるで俺を貧乏人のように扱う。
「・・・ない。お代は、いつか必ず払う」
「そう言って払う人なんていないんですよ。そりゃあ一之助さんを信用してないってことじゃなくてここに来て金払わずに帰る奴はごまんといますから」
「金儲けのために病院をやっているわけではないけど、僕たちの生活も懸かっているし」
捲し立てた男たちに申し訳なく思う。確かに彼らからしたらたまったものじゃないだろう。食事も寝床もくれたというのに、何も代価を払えないのだから。
「まだ記憶が戻らないの?」
眼鏡の質問には頷くしかない。
「別に構わないわ。お金は私が払うから、服を買いに行きましょ」
あっけらかんと言う糸に男どもは立ち上がって反対する。ここに来て二十日が経ったものの未だ退院を許してくれない主治医は、相当なお人好しであることがだんだん分かってきた。
言われたことは何でも信じる馬鹿。困っている人には自ら率先して手を差し出すお節介。極め付けに、自分が苦しむことになっても人の頼みは断れないお人好し。
これほど揃っているとある意味生きにくそうだが、実に幸せそうなのも彼女のすごいところだ。決して、褒め言葉ではないが。
小僧に眼鏡に雪。絶対に気が合わなそうな3人が調和して過ごせているのもひとえに糸の存在のおかげであった。
こうして俺は糸と市場に出掛けることになった。