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「傭兵に登録するには何がいる?」

 冬籠もりが明けた町は明るく、活気に満ちていた。

 それは傭兵ギルドも同じで、ギルド職員はろくな休憩も取れずに右へ左へ走り回っている。

 昼時、丁度人波が僅かに途切れた頃受付にやってきたのは、血のような色の髪と片方だけの金色の目が鮮やかな子供だった。

「年は」

 端的に問えば「十四」と、同じく端的に返ってくる。

 多く見積もっても十二かそこらに見えるが、十四とは。しかしそれが嘘か本当か、傭兵ギルドにとってはどうでもいいことだ。登録は十になっていれば可能なのだから。

「武器は扱えるのか。魔物を倒したことは」

「武器は少し。魔物は、単独ではまだ。でも、解体はそれなりに出来る」

「狩人か。解体に慣れてんなら、刃物や血に怯むことはねえな? 文字は書けるか」

「少しだけ」

「そら、登録用紙だ。ここに名前、生年、わからなければ年齢でいい。それから────」

 記入する場所と内容を教えてやれば、子供は虫が這った後のような、辛うじて文字と呼べるもので名前と年齢と性別を記入した。

 他にも出身地などの記入欄はあるが、必須ではない。登録料もかからないから、なるだけなら、誰でもなれるのが傭兵だ。

「これで晴れて、お前さんは傭兵になったわけだが、今はあくまで仮登録だ。ひと月以内に依頼を受けて、依頼人から評価点を貰う。評価点が一定数に達して初めて本登録になる。ギルド章も、その時に交付するから、それまではこれを持っていろ」

 カウンターテーブルに、銀色のコインを置く。貨幣価値はない、ギルド印が刻まれているだけの屑鉄だ。これが仮登録を済ませている証になる。

 仮登録をした内、約六割が仮登録のまま去っていく。向いていないと諦めるか、元から傭兵になるつもりがないか、無茶をして死ぬか。登録した全員にギルド章を渡していては採算が取れなくなるのだ。この屑鉄程度なら例え紛失したとしてもギルドの財政は揺るがない。

「依頼を受けるのに、金が必要だって聞いた」

「そうだ。何せ傭兵登録だけなら無料だからな。冷やかし対策の契約金制度だ。今の時期なら、冬籠もり明けで、街中の依頼がかなり多い。害獣駆除依頼も例年より多いんだ。報酬は安いが、その分契約金も安く済む。駆け出しや下位等級傭兵の食い扶持だ。何か受けてくか? その方がギルドとしても助かるが」

「そうしたいのは山々だけど、今は金がない。どんな依頼があるのかだけ見てもいいか」

「ああ、依頼は掲示板に貼り出されてる。適当に見ていけ」

 金の当てはあるのか、と思わず口にしそうになったが、余計な世話だろうと思い直した。これから傭兵になるなら、その辺りは自身で対処をしていくべきだろう。子供だからと無闇に手を差し伸べるのは得策ではない。

 ギルド職員は掲示板に向かう小さな背を見送り、自分の業務に戻った。



 ◇ ◇ ◇


 とりあえず、傭兵ギルドへの登録は出来た。

 門前払いすら想定していたルカとしては、呆気なさすぎて拍子抜けしたくらいだ。

 まさか、登録料が必要ないとは思っていなかったのだ。その分依頼受注に契約金がかかるようだが、お節介な連中のお陰でひとまずの金策には当てがある。

 本当は現金を持たされそうになったが、そこまでは世話になれないとどうにか断った。かなり不満そうではあったが。

 ともあれまずは、契約金にどの程度の金がかかるのか目星をつけて金策を行わなければ。正式に傭兵になれば、今後動きやすくなるだろう。

 ルカは依頼書が貼られた掲示板を見上げてゆっくり内容を読んでいく。

 すると近くのテーブルで食事をしていた厳めしい男たちがニタニタと笑いながら「読んでやろうか、嬢ちゃん」と声をかけてきた。登録用紙に苦戦していたのを見ていたのだろう。

「いらない。時間をかければ読める」

 すげなくあしらえば男たちは「ほら、お前の顔がいやらしいから断られた」「極悪人面のお前に言われたくねえよ」と笑いながら罵り合った。

「そんなら、下の方を読みな。上に行けば行く程高水準の依頼書が貼ってある。駆け出しなら、下だ」

 ぱちぱちと瞬いて、下方の依頼書を何枚かと、背が届く限り上方の依頼書を何枚か読んでみる。そしてその言葉に嘘がないことがわかると、ルカは男たちの方を向いた。

「ありがとう」

「素直! おっさん心配になるわ!」

「お前みたいなのに絡まれるかもしんねえもんな」

「アンタたちも傭兵だよな。この辺りに、買い取りをしてる道具屋か服飾屋があるなら教えて欲しいんだけど」

 ただで教えてくれるだろうか、と少し警戒して聞いたが、傭兵たちはあっさりといくつかの店をあげつらう。

 あそこはガキだと買い叩かれる、あっちは何でも買い取るがどんなにいいものでも安値しかつけない、などの情報までくれた。

「参考にする。ありがとう」

「素直だなあ、嬢ちゃんいくつだ」

「十四」

「えっ、十四にしてはちっこくねえか。ちゃんと飯食ってるか?」

「ぺったんこじゃねえか、こっち来い、これ食ってけ」

「おい助平親父、その発言はかなり際どいぞ」

「俺はまだお兄さんですう!!」

「……肉、ついてきたのに……」

「……それで?」

「お、おぉ……」

 何故か神妙な顔でテーブルに招かれ目の前に皿にあれもこれもと盛られる羽目になった。既視感……と思いながらも甘んじていると、通り過ぎざまの別の傭兵が「絡まれてんならこいつら伸してやろうか?」と茶々を入れる。

 何やら随分と、お節介な大人たちが多い。

「子供に構いたいだけみたいだから、平気」

 しれっと答えれば傭兵たちは「達観しすぎ」だの「こまっしゃくれたクソガキだ」だのと、ゲラゲラ笑った。

 何だ、とルカは思う。普通だ。ルカが普通にしていれば、すれ違う者たちも皆普通なのだ、と。

 不思議な気分だった。

 この街は、冬になる前に最後に立ち寄った街だ。あの時は目に写るもののすべてが敵だった。敵意も好奇も無関心も、何もかもが自身を傷付ける刃のように思えた。それらから必死で身を守っている、つもりだった。

 だが世界は、ルカが思っていたよりもずっと、明朗だ。

 自分から、拒絶をしない限り。

 見ようとしなければ、見えないもの。あの時のルカは、見たくなかったもの。

 ひとりで生きていくために、知ってはいけなかったこと。

 もっと、もっとと求めてしまわないように。

 それに気付けるようになったのは、そして気付いても縋らずにいられるのは、きっとあのお人好しのおかげなのだろう。

「しっかしお前さん、その髪色は見事なもんだなあ、自前か?」

「あぁ確かに、こう真っ赤なのはなかなか見ないよな」

「そんでその金ぴかの目! 片方どこに落っことしてきたんだよ、勿体ねえ!」

 傭兵たちから浴びせられる粗野な称賛も、以前のルカだったら嫌悪も露に突っぱねていた筈だ。この男たちに他意はない。単純に、綺麗なものを綺麗だと言っているだけだ。

「丁度よくぴかぴか光ってるもんで、道を照らすのに使っちまったよ」

「勿体なさすぎる」

「人類の損失だ」

 大袈裟に嘆く傭兵たちに肩を竦め、ルカは少し高い椅子から飛び下りた。

「最後に言っとくけど、おれは育っても多分ぺったんこだぞ」

「「「え……?」」」

「勝手に勘違いしたのはそっちだし、今は払う金もないからな、ゴチソウサマ」

「「「えっ??」」」

 さて、予期せず腹も膨れたことだしまずは金策だ。ルカは足取り軽く、ギルドを後にする。


 背後で「目覚めた!」と叫んだ男が仲間たちに揃ってどつかれていたことは、ルカの知るところではない。



 -----


 傭兵たちに教えられたのは、道具屋が三店舗、服飾屋と雑貨屋がそれぞれ一店舗。

 一店舗ずつ、陳列されているものやその陳列の仕方をざっと見て回る。

 傭兵ギルドから一番近かったのは服飾屋。ギルドに近いだけあって、陳列されているのは実用性重視の傭兵向け装備が主だった。

 次に道具屋。片方は子供では買い叩かれると言われていた店で、ギルドからも近い。陳列されているのもやはり戦闘職向けの商品だ。

 もう一店舗は市場で見るような扉のない店で、狭い陳列場に幅広い商品をギチギチに詰めている。

 最後の店舗は二件目と同じ通り、同じ店構えで、日常で使う消耗品が多い店だった。

 何にでも安値をつけると言われていたのは、裏通りの雑貨屋だ。本当に何でも買い取っているのか、雑貨という名の通り並べられた商品に一貫性がない。

 候補としては、二件目の道具屋か、服飾屋、他の店は最終手段、といったところか。

 まずは道具屋で、骨細工の装飾を編み込んだ加護飾りを見せ、買い取りが可能か否かを訊ねる。

 最初に作った加護飾りはアクロに渡したので、これは次に作ったものだ。世話になったのだし、これらはすべて置いていくつもりだったのに、これはルカが作ったものだから持っていけと、受け取って貰えなかった。曰く、街で売ればいくらかの金になるからと。

 大量の現金を直接渡されるよりはと思い、「素材はルードのものなのに...…」と釈然としないながらも受け取ることにしたのだ。

 そして受け取ったからには活用させて貰う。これが金策の当てだ。

 店主は加護飾りを一瞥すると「小銅貨三十」とだけ言った。銅貨三十もあれば、依頼を受けるのには充分だ。

 しかしルカにはそれが適正価格であるかどうかの判断が出来ない。他でも聞いてみる旨を告げ返して貰おうとしたら、「三十四」店主は買値を吊り上げる。

「初めて売るので相場がわからない。他で聞いて、納得出来たらここで売るよ」

「三十五、……いや、四十でどうだ」

 食い下がる店主から加護飾りを取り返し、ルカは服飾屋に向かった。

 先と同じように加護飾りを見せると、店主は片眉を跳ね上げ、ルカを見据える。目付きが鋭いので、睨まれているようにも思えた。

「お前さん、これをどこで?」

「自分で作った。素材は貰いもんだけど」

 人の目を見るのは、相変わらず苦手だ。だが今は多分、逸らしてはいけない気がして、探るような店主の目を強く見返す。

 やがて店主は軽く嘆息した。

「これは、ノマの加護飾りだろう。特殊な編み方で、一般には知られていない筈だ。これは盗品じゃないのか? もしそうなら買い取りは出来ない。ノマを敵に回すような真似はしたくないんでね。ほら、今なら憲兵は呼ばないでやるから帰んな」

 驚いた。

 この店主は一目でこれがノマ由来のものだと見抜いたのだ。ノマに対しての敵意は感じない。盗品なら買い取らないと言い切ったことにも、ルカの心はそわそわと掻き立てられる。

「待ってくれ、本当に、友人に教わって作ったものだ。アンタ、ノマに詳しいなら、ノマの文字わかる? これ、その友人に貰ったものだ。そいつがノマだって証拠にならない?」

 ルカが取り出した骨のナイフに、店主は今度こそ顔を強張らせた。

「…………その友人とやらは、死んだのか」

「え!? しっ、死んでない! 何で?」

「死んでもいないノマが、そいつを手放した? 本当に盗んだものじゃないのか?」

 ルカは困惑したが、店主も困惑しているようだった。その理由がルカにはわからない。

「冬の間ノマの世話になっていて、別れる時に、くれたんだけど……大事なものだってことくらいしか知らない」

「はあー……報われんな、そいつは」

 ルカの言葉に嘘はなさそうだと判断したのか、店主は溜め息を吐き、胸元から取り出した拡大鏡で加護飾りの鑑定を始めた。

「ふん……編み目も均一で綺麗だし、骨細工の加工も丁寧だな。こいつなら、小銅貨五十五で買い取るが、どうする」

「えっ、あ……じゃあ、他のも見てもらえるか」

「まだあんのか? 見せてみな」

 ルカは自分で作った六本の飾り輪と、ふたつの編み飾りをカウンターの上に出す。編み飾りは装飾として身に付けてもいいし、家の玄関付近に飾れば魔除けになるらしい。

 店主はそのひとつひとつを丁寧に鑑定していく。

「どれもいい出来だ。全部売ってくれるなら、多少の色をつけて大銅貨六枚出そう」

「そんなに?」

 店主はそれぞれの買い取り価格と合計金額を教えてくれたが、桁がすぐに大銅貨になってしまったので理解するのを諦めた。大銅貨は銅貨百枚分の価値だ。そこまでの計算は出来ない。

「今後騙されねえために、算術は覚えといた方がいいぞ」

 店主は苦笑しながら引き出しから取り出した大銅貨を角盆に乗せ、ルカの前に押し出す。

「結構な色を付けられたことくらいはわかる」

「まあ、疑った詫びだと思ってくれていい」

「……別に、気にしてないのに」

 憮然としながらも小さな巾着に大銅貨を入れていく。ルカにとっては大金だ。これだけあれば、ギルドの依頼を受けた上で食事付きの宿にだって滞在できる。勿体ないので野宿をするつもりだが、食事は店を探してもいいかもしれない。

「疑われて怒らないのも、可笑しな話だ。それどころか、ちょっと嬉しそうだったしな」

「……うそだろ……」

 怒っていなかったのは事実だが、嬉しそうは引く。流石に。店主はヒッヒッと笑いながらルカの髪を掻き回した。

「いいじゃないか、ノマの奴らが好きなんだろう」

「……うん……」

「素直なのはいいことだ。ついでに知らないようだから教えてやる。その骨のナイフはクルトゥといって、ノマが生まれた時に真名と一緒に与えられる、無二のものだと聞いた。あぁ、ノマの間じゃ、真名じゃなくて精名と言うんだったか? そこに刻まれてるのはノマの古代語で、そいつの精名らしい」

「精名!?」

「言っておくが、俺は読めんから安心しろ。精名は本人が生きてる間は、本人と名付け親だけが知るものだってのは知ってるんだな? つまり、友人程度の関係の奴に、そいつが刻まれたナイフをホイホイ寄越す筈がないってのもわかるだろう」

 ぽかんと口を開けたままのルカは、背後から近付いてくる気配に気付かない。

 否、そもそも『ソレ』は、気配を絶っている。

 だから、視界に入っている筈の店主も気付かない。

 『ソレ』は土色の外套から、ぬう、と腕を伸ばした。

「精名を明け渡すってのは要するに、自分の半身でいてくれっていう求あ────」


「そこまでにしてくれ」


 するり。

 逞しくしなやかな腕がルカの頭を抱え込み、その体と手のひらで、小さな耳を塞ぐ。

「おや、おや、もしやご本人かい? これはまた、仮面まで捨ててくるとは、熱烈なもんだ」

 一拍、驚いた店主はしかし、すぐに相好を崩した。


「坊主、また加護飾り作ったら持ってこいよ。何せうちの嫁さんは不器用でな、加護編みは苦手なんだ」





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