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三下令嬢、わが道を逝く。  作者: 波月カジマ
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行商人ごっことあんバター

■ep5



 私ははるか東の町からやってきた行商人のリリアーヌ。

 今日はエッゼル王国きっての美食家であるマーカス公爵に招かれ、公爵家の王都邸へと東方の珍味をもって商談にはせ参じたのだ。



「して、リリアーヌとやら。そのこんぺい糖なるものはどのようなものなのだ」


 ふさふさな白いおヒゲをくりんとカールさせたマーカス公爵が、平伏している私に声を掛ける。

 前に見たときよりお痩せになったみたい。ちょっと心配。



「ははっ、これなるこんぺい糖は、ふかした麦を乾かし砕いたものを核として、およそ半月ものあいだ糖蜜をかけては煎りかけては煎りと徐々に太らせていったものにございます。

 その工程の遠大さから、我が郷里を流れる大河にちなみ『テムール河の雫』とも呼ばれております」


「名前、そっちのほうが良いんじゃないか?」



「……次はこちらでございます。

 こちらは赤豆を用いた砂糖菓子でありまして、我が商会独自の製法によりえぐみのない上品な甘さを再現しております」


「ふきこぼしじゃったか、メルフィナから聞いとるよ。

 それよりユズリ餅は持ってこんかったのか? あれが食べたくて食べたくてのう」


「ございません。ナマモノは無理です」


 絶句するお祖父様。ごめんね、こんど王都の市でユズリ根さがしてみるからちょっと待ってて。



「わかった。待っとるよ。

 して、こんぺい糖と赤豆ジャムで幾らになるのだ」


 ここだ! 今月は欲しい本がたくさんあるし、ドーラたちとのお出掛けの予定もある。

 だからお金はあればあるほどいい。

 定価は小金貨5枚だけど、お祖父様ならきっともうちょっとくれるはず。

 でもやりすぎは危険。最悪お父様にチクられてまた怒られる。

 でもでも、少しだけなら……もう少しだけならいけると思うのよ。

 よーし、うなれ私の孫ぱわー!



「大金貨2枚にございます」


「たっか!」



 さすがに4倍はだめでした。

 その後、お祖父様は小金貨6枚で持っていった分をぜんぶ買ってくれました。

 あと毎月同じくらいなら買ってあげるから顔をみせに来いって。

 お祖父様だいすき!





‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



「いやー、やっと自分の部屋で寝られるよー」


 ひさびさに見た私のベッド。そのマットレスに両手を伸ばしてダイブする。

 ベッド2個ぶんの広さしかない部屋。今日までこんぺい糖と赤豆ジャムの瓶が梱包された木箱がうず高く積まれていたため、私は自分の部屋で寝ることさえ出来なかった。


 ちなみにベッドはけっこう大きい。これは貴族のお嬢様が小さなベッドでは寝られないからである。

 伯爵家以上でお金のある家門の人はもっと大きい部屋を借りるけど、小さい部屋は貴族も平民もみんな同じ大きさである。

 だけど、貴族の部屋だけベッドが大きい。つまり、その他のスペースが圧迫されてめっちゃ狭いのである。


 そんな小さな部屋に、小金貨8枚分(24万円相当)のこんぺい糖と赤豆ジャムの入った木箱が詰まっていたのだ。

 もう、山である。

 昨日の休校日にお祖父様のところのお手伝いさんたちが半分以上持っていってくれたので、ようやくベッドとベッドまでの通路が確保できたのだ。

 


「で、残りのこれはどーすんのよ」


 ポリポリとこんぺい糖をかじりながら、メラニーが手元の紙にこんぺい糖と赤豆ジャムの在庫数を書き込んでいく。メラニーとは3日間ベッドをともにしたのでばっちり仲よくなった。

 メラニーは大きな丸眼鏡をかけた知的美人さんで、本当は可愛いのにいつも髪をもさもさにして顔を隠している変な子だ。いまは肩よりちょっと長いこげ茶のくせっ毛をひとつにまとめて、可愛いお顔がばっちり見える。あと、私よりこんぺい糖5個分くらい背が高い。

 これでもう少しお胸が小さければもっと仲良くなれたのに……とても残念。


 そんなメラニーは私の3日間のたゆまぬ交渉により、なんと私の不労所得うはうは計画に協力してくれることになったのだ!


「あれは交渉っつーか強迫でしょうが……。まあ、分け前はちゃんと貰うからいいんだけどさ」


 メラニーは本当にすごい。入れ物のガラス瓶が高くて割高だったコストを、なら「買うほうが容器を持ってくればいい」とバッサリ解決してしまった。

 たしかに4分の1ガロン瓶(約1リットル)しかなかったから、まとめ買いしか出来なかったのよね。

 でも、小売りしようにも小さい小瓶はもっと割高だしで、一番売りたかった甘味好きな女の子にぜんぜん売れてなかったのだ。

 唯一ユズリ餅だけはバンブーの葉っぱに包んで割安で売ってたけど、あれだって黒蜜かけるから持ち帰りづらいって不評だったのだ。


「あんこ……赤豆ジャムだっけ? これだってそんなに日持ちしないんじゃないの」


「いちおう熱湯で茹でた瓶に入れてしっかり密閉して1ヶ月はもったよ」


「なら半月だ。夏場はもっと短いと思っとこう」


 カリカリ書き込んでいる紙を覗き込むと、赤豆ジャムのところに「あと5日で廃棄」の文字が……


「なんで!? なんであと5日なの??」


 メラニーは「んー」とちょっと考え込みながら、在庫リストの空いたスペースに15等分した横棒を描いていく。

 そしてえんぴつを寝かせて、最初の2マスを「保管」、次の4マスを「輸送」、その次の4マスをまた「保管」と書いた。


「つまり今日の時点で作ってからざっくり10日は経ってるだろうから、あと5日経ったら売っちゃだめだ。

 というより買ったやつも1瓶をすぐに食べきるなんて出来ないから、5日後には価値はゼロになると思え」



 まだ4分の1ガロン瓶で7個も残ってるのに!?





‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



「で、今さらになって私たちのところにきたと」


 ポリポリとこんぺい糖を食べながらドーラとレイシーが冷たい目を向けてくる。

 ポリポリポリポリ……明らかに食べすぎであるが、リリーは何も言えずに2人の前で正座している。

 なぜかって? それは一週間もなにも相談しなかったリリーに2人がお怒りだからである。



「発言をよろしいでしょうか」


 すっと手をあげて、一緒に正座してくれてるメラニーがドーラたちに声を掛けた。



「メラニーさんね。許可します。というか、あなたはこっちに座ってよいのよ?」


「いえ、実はリリアーヌさ……」

「リリーって呼んで!」


 ポリ……。2人の手が止まる。



「……リリーとは寮の部屋が近く、私が最初に相談を受けたのです。

 フィッシャー様とアルレー様はその日ちょうど週中の休校日でご自宅にお戻りだったようでお二人に会えなかったそうで、同じAクラスの顔見知りの私の部屋を訪ねてこられました」


 そうなのだ。お父様にゲンコツを落とされて、そのままの流れで現物支給のお小遣いをどしどしと部屋に積まれてしまったのだ。部屋じゅう木箱だった。

 なので枕をもってドーラやレイシーの部屋を訪ねたのだが、ふたりとも不在でにっちもさっちも行かなくなった。

 そこで思い付いたのがメラニーの存在で、ワイロの赤豆ジャムの瓶を担いで突撃したのだった。



「なのでリリアー……」

「リリー!」


「リリーも仕方なかったのです。私も相談を受けていっぱいいっぱいになってしまい、お二人にご相談すればよかったことに思い至れませんでした」


 そうしてメラニーはぺこりと頭を下げた。ぴんときた私も一緒に「ごめんなさい」と頭を下げる。



「もう……そういうことなら仕方ないわね。

 あと同じAクラスの仲間なんだから、私たちのことも名前で呼んでちょうだい。まだ呼びづらいだろうけど、慣れてきたら愛称でも呼んでね。

 リリーのお友だちなら、私たちともお友だちになってほしいわ」


 ドーラが「いいでしょ?」と確認をとれば、レイシーも笑顔で頷いてくれた。



「すごい、4人でお友だち!」


 私はとっても嬉しくなった。私の大好きなお友だちたちが、私の新しいお友だちとみんなお友だちになってしまったのだ。

 世界に広がる友だちの輪だね! って言ったら、みんな「?」ってなった。王都では言わないんだろうか。


 ドーラがこんぺい糖の瓶を差しだしてくれたので、私も、なんでかめっちゃ照れてるメラニーもポリポリと食べた。

 なんでも王国では、ひとつのものを友だちと分け合って食べる習わしがあるんだって。

 ふふふってなった。みんなふふふって。

 ポリポリポリポリ。こんぺい糖の瓶はすでに半分無くなっていた。

 私はドーラから瓶を取り上げた。





‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡‡



「お父様に頼めば食堂の担当者に紹介はできると思うけど……たぶんすぐには無理よ?」


 レイシーのお父様が学園の理事会にいるって聞いてたので、赤豆ジャムをなんとか食堂に売り込めないかと思ったのだけど、やっぱりすぐには無理みたい。

 どうしようかって唸ってたら、メラニーが明日のお昼にまずはどのくらい美味しいかをみんなに知ってもらおうって提案してきた。


 たしかにドーラもレイシーもこんぺい糖は大好きみたいなのに、赤豆ジャムにはいっさい手を付けなかった。色が美味しそうじゃないんだって。

 私とメラニーはこの3日間ひたすらパンに挟んで食べてたくらい美味しいんだけど。

 そういえばお昼に2人の前で食べてても、2人とも食べたいとは言ってこなかったな。


 ということで次の日のお昼どき。私たちは赤豆ジャムを持って食堂に来ていた。

 いつも大盛りにしてくれる馴染みのおばちゃんに話しかけ、赤豆ジャムとバターを渡してフライパンで温めてもらえるようお願いする。すごい変な顔されたけど、ぜったい美味しいやつで半分あげるからって無理やりお願いした。


 赤豆ジャムをバターでソテーしてあんバターにするというのはメラニーの発案で、パンに挟むならぜったいこっちのほうが美味しいらしい。

 私たちはそわそわしながらあんバターが出来るまでの間に焼き立てパンを買ってきて、それぞれナイフで切れ目を入れていく。その頃になると食堂中に甘いにおいが漂いだして、私のお腹がぐるるるるーと鳴り出した。



「リリーちゃん出来たよー」


 興味津々といった感じで、食堂のおばちゃんたちもパンを持って集まってきた。

 ひぃふぅみい、こんなにサボって大丈夫かと思って厨房を見たら、食堂のおじちゃんたちがてんてこ舞いだった。……見なかったことにした。



「実食です!」


 おごそかに宣言して、バターナイフであんバターをパンの切れ目にこれでもかと塗り込んでいく。

 ドーラもレイシーもメラニーも、そして3人のおばちゃんたちも。

 いつのまにか集まっていた周囲のみんなから「ゴクリ」とつばをのむ音が聞こえた。


 そして……ザクリっ。



「おいしー!!」


 7人の声が見事にハモった。

 暴力的な甘味なのにけっしてくどくない赤豆ジャムを、パンに合うようにバターがまろやかに包みこんでいる。

 初めての食材のはずなのに完璧なマリアージュに仕上げてある。馴染みのおばちゃんやりおるわ。


 はむはむと食べていたら、ドーラが2個目のパンを手にとってあんバターを塗り込み始めた。

 あれ、それは私たち以外に赤豆ジャムを広めるための試食用だったのでは?

 あれあれ、レイシーもメラニーもおばちゃんたちも並んでるし……じゃあ私も2つ目たべちゃおう!



 結果、食堂のおばちゃん3人が1瓶ずつお買い上げしてくれた。

 試食用で1瓶使ったから残り3瓶。

 ドーラとレイシーも買うって言ってくれたけど、お友だちからお金を取るのはちょっと違うと思う。

 なのでこんぺい糖とセットで1瓶ずつプレゼントした。「お家の人で欲しいって人いたら紹介してね」ってお願いして。


 残り1瓶はメラニーと一緒に食べることにした。

 温かいあんバターにすると、こんなにパンに合うんだなんて知らなかった。

 お母様たちにも教えてあげなくちゃ!






■dasoku

1ヶ月後──ドーラ、太る。


あんこ1瓶=6000円

こんぺい糖1瓶=8000円

うち、瓶の値段=2000円


リリーは良くわかってないので原価率50%超えてても気にしません。どんぶり派です。

売価高いかなーと思いながら値段決めたけど、よくよく考えたら昔は砂糖はもっと貴重だったかもと気付いた。

この世界は砂糖はそこそこ穫れる世界だということで……。


果汁入りこんぺい糖ネタもあったのですが、後日に回しました。



※貨幣価値※

 小金貨3万円、中金貨7.5万円、大金貨30万円。(小10枚=中4枚=大1枚)

 半銀貨1000円、銀貨2000円、大銀貨10000円。(半10枚=銀5枚=大1枚)

 銅貨200円までが官銭。

※銅片50円は銅貨を適当に四分割したもので、国は認めていないので税金などでは使えないが、そこらの店では使える設定。



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