メラニーの述懐
■ep4
うすうすはそうではないかと思っていたのだ。
でも、もしかしたら年代が違うのではないかと期待していた。
なのに入学式に第3王子がいた。そしてその周りには宰相の次男の青髪、騎士団長の甥っ子の赤髪、そして公爵家の嫡男の緑髪と、攻略キャラ揃い踏みだった。
つまりここは「悠久の恋王国2nd season」、通称「ゆうこい2」の世界だということだ。
そして入学式にはヒロインがいなかった。私は絶望した。
いま思うとタイトルからしてかなりヤバいのだが、前世の私はこのゲームにめちゃくちゃ嵌っていた。
このゲームのすごいところは通称「ホストシステム」と呼ばれるゲームシステムで、その名の通り自分から何もしなくても男が寄ってきて全部してくれるのである。
つまりパンをくわえて指定時間に交差点に向かって走る必要はなく、ただ適当な時間に学校に向かえば相手が待ち構えてぶつかってきてくれるのだ。
しかも気に入らない相手ならそれを避ければ、次の相手が時間経過無くぶつかってきてくれる。
それはゲームとして成立しているのか? とは当然思うのだが、辻褄合わせのシナリオが秀逸で意外と気にならないのだ。
例えば浮気性で数々の浮名を流していた第3王子は、ヒロインと出会った瞬間からそれ以外をスッパリと切り捨て、ただただ真摯にヒロインだけを愛するようになったり。
女性をとことん見下している宰相の次男は、ヒロインに遅い初恋をして気持ちを上手く伝えられず、それでもひと目逢いたいがために毎朝校門で待ち構えていたり。
なんというか「貴女だけが好き」ってみんなにちやほやされるのがとても心地よいのだ。
学園自体がホストクラブになっていると思えば解り易いかも。
そんな「ゆうこい2」のヒロインはリリアーヌ・ロイヤー子爵令嬢で、腰まであるストレートの銀髪に紫の瞳をした超絶美少女だ。
彼女の母親はフェリシア・マーカス公爵令嬢で、実は「ゆうこい1」の悪役令嬢だったりするのだが、その話はまた後で。
リリアーヌはとにかく美少女なのだが、ユーザーの没入感を大事にするためにもゲームには立ち絵すら出ない。
だからスチルはほとんど全てが画面の向こうのプレイヤーに視線を合わせたものばかりで、それがまたドキドキ感を高めてくれる。
そしてエンディングでは各キャラクターがヒロインの銀髪を一房すくってキスをするスチルが見られる。これがまた良くて、上目遣いに目線をくれるのは同じなのだが、キャラクターとの関係性によって笑顔の種類が変わるのだ。
最推しだった陰険メガネのクライスラーで、狙った不機嫌デレを見るため何回周回したか解らないくらいである。
そんな「ゆうこい2」なのだが、何が問題かと言えばヒーロー全員がヒロインと出会わなければただのクズなのである。
私は恐怖した。
入学式でヒロインに出会い、浮気性を封印して永遠の愛を誓うはずだった第3王子は、ヒロイン不在のため入学式から10日で5人の令嬢に手を出していた。
ヒロインを通して人を守りたいと騎士団長を目指すはずだった騎士団長の甥っ子は、ヒロイン不在のため少しでも強そうな相手を見つけては見境なく喧嘩を売っている。
最推しだったクライスラー先生は、ただの性格の悪い嫌なヤツに成り果てた。
もう本当にどうすればいいのか。
支援してくれた司祭様には本当に申し訳ないけれど、もう自主退学しかないかと思っていた時、半月遅れでリリアーヌ?が登場した。
リリアーヌ?はなんというか、リリアーヌとぜんぜん違っていた。
まず髪が短い。肩にも届かないくらいの長さで、そこらの平民女性よりも短いくらい。
そしてこんがり日焼けしてる。
そしてそして背が低い。
えっ? 髪が短いのと日焼けはまだわかるけど、背が低いってどゆこと??
それでもリリアーヌは誰よりも綺麗で存在感が凄かった。
なのに言ってることはあべこべで、いきなり卒業したいと言い出してクライスラー先生を怒らせていた。
まあその後、リリアーヌが浮べた笑顔を見て真っ赤になっているクライスラー先生を見て、ようやくゲームがスタートしそうでホッとした。
地味に目立たないようにしてたのに、ついに昨日第3王子に声を掛けられてしまったので、戦々恐々としてたのだ。
ほんとはやくなんとかしてくれ。
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リリアーヌ?がAクラスにいる。意味がわからない。
リリアーヌはヒーローが何でも介護してくれるというシステムの都合上、基本的に無能なのだ。
クラスも可もなく不可もないCとかDとかだったはず。
それがA? しかも私と同じ特化生??
混乱していると、リリアーヌがあとからクラスに入ってきたドロシア様とレイチェル様に絡まれていた。
って、ちょっとそれ私のイベント! 私が悪役令嬢その3(平民)になるイベントなのに何やってんのリリアーヌ!
……まあ、リリアーヌがドロシア様たちとつるむことは無いだろうから今は譲るわリリアーヌ。
私の目的は優しいドロシア様とレイチェル様を守って悪役令嬢にさせないこと。
別に今日お声がけ頂けなくても、まだまだ機会はあるわ。
とか言ってたらリリアーヌとドロシア様、レイチェル様が友達になってた。
そしてドロシア様が声掛けてくれない。私、忘れられてる?
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大変なことが判明した。
第3王子、遊びすぎてBクラス落ちしてた。
ゲームではドロシア様とトップを争うくらいの出来だったはずなのに。
……あんだけ女の子と遊び歩いていれば当然かもしれないけど。
宰相の次男もAクラスだったはずなのに、いったい何があったのだろう。
まあどうせ禄でもないことだろうけど。
幸い二人ともドロシア様に注言されるのが嫌なのか、Aクラスには寄ってこない。
クラス分け以降に王子のグループに参加するはずだった大商会の跡取りで、ゲームではお助けキャラだったハンスはちゃっかりAクラス入りしていた。
しかも落ち目と踏んだのか王子たちに近寄ろうともしていない。
リリアーヌは相変わらずドロシア様たちと3人で行動していて、ゲームが始まってるのかどうかも解らない。
そして私もドロシア様からぜんぜんお声が掛からない。
そんなある日、別のクラスの女子に声を掛けられ慌てて教室を出ていったドロシア様たちが気になって跡をついて行ってみた。
食堂へ向かう角を曲がると、先行していたドロシア様が前方の人垣の手前で泣きそうな顔をして立ち止まっていた。慌てて駆け寄ろうとしたその瞬間……
「ぎゃあああ!!!」
とんでもないボリュームの叫び声が廊下中を駆け巡った。
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「名乗られてないのでどこの誰だが知りませんが、もしもいるなら婚約者さんをお大事に!
浮気相手は切らないと、そのうち大変なことになりますよ!」
言いたいことを言ってとても満足した顔のリリアーヌがこちらへと駆けてくる。
ダメ押しのように振り返りながらべーっと舌を出し、あとは楽しそうにカラカラ笑いながら一目散に走り去っていった。
なんていうか、彼女は自由だった。
まるでゲームのことなんて関係ないかのように。ゲームのことなんてまるで知らないかのように。
そこまで考えてふと思いついた。彼女は──リリアーヌは転生者なのではないだろうか? と。
「ゆうこい2」なんて存在すら知らない、そんな転生者。
ただこの世界の生を楽しんでいるだけの、そんな転生者。
全部たらればの空想だけれど、そうだったら何となく良いなと思う。
そうすれば自分ももっと自由に生きてもいいってことだから。
「フフフッ」
自然にもれた自分の笑い声に驚く。笑ったのなんて、本当に久しぶりな気がする。
今まではずっと怖かった。いつかゲームの設定に巻き込まれるんじゃないかと。
いつかドロシア様たちと一緒に断罪されてしまうのではないかと。
でも、私たちが断罪されることなんて、きっともうあり得ない。
たとえ断罪されそうになったとしても、リリアーヌが全部ぶち壊してしまうだろう。
私もそれをもっと近くで見てみたい。
リリアーヌと一緒にカラカラと笑って走り出したい。
だから、まずは名前を覚えて貰うところから始めようかな。
「アズーリ公爵令息が刺されたぞー!!」
「とりあえず刃物持ってる女子は全員捕まえろ!」
「王子! 私のこと愛してるって言ったのは本当ですよね!」
「バルク男爵子息が暴れ出した! 誰か先生呼んでこい!」
「クライスラーを連れてこい! この騒ぎは全部アイツのせいだ!」
……さて。とりあえず寮に帰ろうか。
よくよく考えたら、私みたいな一般人ではリリアーヌの友達は絶対に無理だな。
こんな騒動の中心に毎回引っ張り込まれたら、ぜったい体がもたない。
今までみたいにちょっと離れてみているのが一番楽しそうだ。
私は茫然自失状態のドロシア様とレイチェル様の手を引いて女子寮に帰還した。
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あの大騒動から半月後。
ゲームの舞台はすでに跡形もない。
攻略対象6人のうち、5人が姿を消した。
クライスラー先生が騒動の責任を取って辞職。
緑髪の公爵家令息がお腹を刺されてドロップアウト。
赤髪の騎士団長の甥っ子は暴行の現行犯で収監中。
金髪の第3王子は浮気相手がダースで名乗り出たとかで、婚約者のドロシア様とは王子有責での婚約解消が成立。さらにお城で再教育らしくいつ戻ってくるのか不明。
青髪の宰相次男はクライスラー先生を吊し上げる際に、女子生徒に対する差別的発言が多数あったらしく、こちらも再教育中。
最後の1人は2年生で今のところ姿を見ていないけど、リリアーヌの幼馴染みのはずなのに今まで会いに来ないってことは、過去にリリアーヌがやらかして退場した後なんでしょうね。
クライスラー先生だけは良くわからなかったけれど、同じ特化生のハンス(大商会の息子)に聞いたら教えてくれた。
何でもリリアーヌがクラス分けテストで不正したって王子たちに吹き込んで、あの騒動の切っ掛けを作ったのがクライスラー先生だったみたい。
確かクライスラー先生の設定で、特化生は対しての学生の頃のトラウマがあったはず。ゲームではリリアーヌは普通の学生だったから気にならなかったけど、現実のリリアーヌは特化生になってしまったから何かがこじれちゃったのかしらね。
つまりこの学園にヒーローは残っておらず、ドロシア様もレイチェル様ももう断罪される危険は無いということだ。
素晴らしい。圧倒的じゃないかリリアーヌの破壊力は。
まあ圧倒的すぎて絶対に近づきたくないんだけどね。
コンコンコンコン。
おや、誰か来たようだ……けど、嫌な予感がするから居留守を使おう。
コンコンコンコン。
「メラニー寝ちゃったの? 助けて欲しいのメラニー」
コンコンコンコン。
「メラニーメラニーメラニィ……」
ガチャ。
私が仕方なく扉を開けると、そこには案の定リリアーヌの姿があった。
「あっ、メラニー! よかった、これあげるからお部屋に泊めて!」
ばたん。
「メラニー開けてよメラニー! お話しだけでも聞いてメラニー!」
終わった。終わったわ私の平穏な日々が。始まったばかりだったのに。
一度も話したことないのに何でかリリアーヌに名前を覚えられている。
「ロイヤー子爵家令嬢、なぜ私の名前をご存知なのですか?」
「同じクラスの人の名前はみんな覚えているよ。最初の授業のときに自己紹介してくれたでしょ?」
あれも紹介に入るんかい。普通は平民の名前なんて覚えるわけないんだけど、そういえばコイツ普通じゃ無かったわ。
ガチャ。
私は諦めの境地でドアを開けた。
「メラニー、私のことはリリーって呼んでね! はい、もう友だちだからお部屋泊めて!」
扉の隙間をスルリと抜けて私の部屋に滑り込むリリアーヌ。もう絶対に締め出されたくないという意思がひしひしと伝わってくる。
「分かりました。お困りのようですからお泊めするのはやぶさかではありません。が、私は平民ですのでお友だちというのは難しいかと」
そこだけは譲れない。ジェットコースターは毎日乗るものではないのだ。
「私も卒業したら平民になるから問題ないね! じゃあ今日からお友だちってことでこれあげる」
はっ? え? なに言ってるの、というかこれって……
「あ、んこ?」
私の言葉を聞いた瞬間、リリアーヌの表情がぱぁーっとほころんでいく。
「分かるのメラニー!!」
ムササビのように飛びついてきて、がっちり抱きついて離れないリリアーヌ。怖い怖い怖い!
「逃げないからいったん落ち着いてリリアーヌ! というかリリアーヌも転生者なの?!」
「リリーって呼んで! それで転生者ってなあに?」
聞くところによると、リリアーヌはほんの少し前世の記憶が残っていて、その知識を元にあんこを作り出したみたいだ。
それでこれが重要なのだが、この世界では前世の記憶を少しだけ持って生まれてくる人は少数だが存在しているらしいのだ。
今までずっと転生者であることを隠して生きてきたけど、私もリリアーヌくらいの前世の記憶持ちってことにすれば、もっとずっと生きやすくなるかもしれない。
いや、私は平民なんだから今まで通り目立たないように生きていこう。
「メラニー、これからずっとよろしくね。一緒にリリーの商会をおっきくしていこうね!」
目立た……な、いよう、に。