騒動のあと、すぐにお風呂で頭を丸洗いしました
■ep3
前略、お母様。早いもので私が王立学園に入学してもう半年になりました。
初めてのお友だちがなんと2人もできて、毎日がとてもとても楽しいです。
今日は私の部屋で朝まで「女子会」というものをしてしまいました。お母様知ってましたか? ちょっと厚手のパジャマという夜着で、同じベッドに寝転んでたくさんお話ししながら夜ふかしするんです。
ドーラとレイシーの秘密のお話しもたくさん聞けて、私もお父様のないしょの毛生え薬の隠し場所とかたくさん話しちゃいました。本当にほんとうに楽しかったです。次にロイヤーに帰った時にはお母様も一緒に「女子会」やりましょうね。お父様のお母様大好きグッズの隠し場所、ないしょで教えちゃいます。
あと、同じ学年にお母様たちが大嫌いな王族がいました。私が特化生でAクラスになったことを不正だって言い出した先生がいて、それを信じて難癖を付けられました。
私の言うことをまったく信じてくれなくて、そのくせ先生の言うことは全部信じていて。いつだって私の言い分もちゃんと聞いてくれるお父様が、聖人君子のように思えたほどです。
しかも初対面なのに私の髪を断りもなく触ってきて……。あのときの目は、王都出張で1ヶ月ぶりに帰ってきたお父様がお母様を見る目と同じでとてもとても気持ち悪かったです。
私と同じ15歳というのは嘘で、本当はもっと歳上なのかもしれません。なるほどだから歳下の私たちに成績で負けて悔しいんですね。やっと得心がいきました。
それから……
「ステイ! リリーステイ!」
女子会の翌日。私がハイなテンションのままにお母様への手紙を書きなぐっていたところ、レイシーになんとかアームホールド的な感じで止められてしまった。
なんとかアームホールドってほんとに何だろう?
「落ち着いてリリー、今はまだ11月の初めよ。まだクラス分けから1ヶ月ちょっとしかたっていないわ」
「そうよ、殿下へのやらかしからどうリカバーするか、まだ何も決まっていないのだから逃げちゃ駄目よ」
そうなのである。
昨日の夜から続いている女子会の本当のお題は、わたくしリリーが引き起こした「第3王子の浮気相手乱立事件」をどう乗り切るかである。
はい、もう問題起こしてしまいました。3年どころか3月持ちませんでした。
ことの始まりはそう、私が王子に初めて遭遇した2週間前のことであった。
「君がリリアーヌとやらかい?」
声を掛けてきた緑髪の男をはじめ、初対面の印象はなんだか全員チャラチャラした人たちだなあ、というものだった。
男なのにすっごい長髪で、なのにそれを結い上げるでもなく無造作に束ねるだけ。まさに長髪の無駄づかいである。
長髪は維持するだけでたいへんだから、無駄遣いできる高位貴族以外の男は普通は適当な長さで切ってしまう。その高位貴族だって式典とかで箔をつけるためだけに長髪を維持するのは勿体ないから、最近はカツラにしている人がほとんどなのだ。
しかもみんな顔がいい。第一印象は最悪である。
「はあ、私はリリアーヌですが。なにか御用でしょうか?」
お母様の教えでは、こういう男たちは動物と一緒で動くものを追いかける習性があるらしい。
だからじっとしてるのが正解。逃げると追ってくるのだという。
「いやなに、君が不正をしてAクラスに入ったと耳にしてね。それにその髪の長さ、平民だろう?
今年は平民が2人も特化生に選ばれたと聞いたが、一人は私たちも知っている優秀な人間だ。でも、君のことは聞いたことがないんだ」
不正? この男は何を言っているのだろうか。
というか平民の特化生は私ではないから人違いだ。だけどその平民特化生の彼女だって間違いなく優秀で不正なんてしているようには見えない。
つまりこの男の勘違いだろう。
「何をおっしゃっているのか分かりかねます。不正をお疑いなら教員に聞いてみれば良いでしょう。
私はみなさんと一緒に試験を受け、結果としてAクラスに入りまし……」
「その教員が不正の疑いがあると言っている!」
私ができるだけ無表情で答えていると、チャラチャラ集団の赤髪がいきなり怒り出した。
そして後をつぐように青髪の長髪が話し出す。
「貴方の点数はあり得ないんだそうです。
聞けば女性がもっとも不得意とする地理と算術で満点を出し、なのに誰もが知っているはずの王国史で前代未聞の2点だったとか。
現国王の名前も答えられないような方が、2教科満点という快挙はとてもではありませんが無理だと言ってました」
おい、教員。なんで私も知らない私の得点をこいつらが知ってるんだ。
しかもどこ間違えたとか、ぜったい言っちゃだめなところでしょ。
私が怒りで黙りこんでいると、なにを勘違いしたのか後ろに控えていた最後の金髪の男がすっと近づいてきた。
「気を悪くしたら済まない。
だが、私たちは王国の将来を担うものとして不正をそのままにはしておけないんだ。
だからといってクライスラー先生に従って君を退学なんかには絶対にしないと約束する。
だから、私たちを信じて罪を告白してくれないだろうか」
そういって私の髪をすくい、おもむろに口を近づけ──
「ぎゃあああ!!!」
解った。本能で解ってしまった。これがお母様の言っていた王族だ。
これは気持ち悪い。どこまでも自分勝手で独りよがり。
ありがたいことに私の絶叫に驚いた男たちが距離を取ってくれた。
私はすかさずハンカチで、ばっちくなった髪を何度も何度も拭った。
「そこの金髪の貴方!」
私の豹変具合にあ然としていたたぶん王族らしき男をゆびで指し示す。
不敬だろうが関係ない。
こんなの耐えられない。こんな屈辱、我慢がならない。
それに名乗られてないからたぶんセーフ!
「貴方には婚約者様はいますか?」
知っている。ドロテア・フィッシャー様だ。私の大好きなドーラの婚約者。
さっきレイシーと駆け付けてきてくれたのも、金髪が私の髪に触れて息を呑んだのも見ていた。
いるのは知っている。だから答えを聞かずに話し続ける。
「私の大好きなお母様は、むかし婚約破棄されました。
婚約者が過度に接触した令嬢が勘違いして、お母様にえん罪を仕掛けたからです」
そう、この金髪がしたこととそっくり。
「幸いお母様のストーカーだったお父様が、時間は掛かりましたがお母様のえん罪を晴らしてくれました。
なのでお母様の名誉は取り戻せました。しかしその間に元婚約者と間女はお咎め無しで結婚しました」
元婚約者は先代の王太子と仲が良かったから。だからお母様が泣きをみた。
えん罪だってハッキリしたのに、浮気相手の女は実際に被害にあっていたから勘違いしても罪はないって王太子が言い切ったから。
だから私たちは王族が大嫌い。
お祖父様は小さな新聞社を買い取って、号外で裁判結果を何千枚も刷って王都中にばら撒いた。
だから面子を潰された王族も私たちのことが大嫌い。
「つまり婚約者がいるのにほかの女性に過度な接触をする輩は、みんなろくでなしの犯罪者予備軍です!
そして私はお母様を泣かせた顔の良い男が大嫌い! 金輪際近寄らないで!!」
ドーラが泣きながら笑っていた。レイシーから聞いて知ってた。王子の浮気グセが辛いって泣いてたの。
赤髪が「不敬だ!」って騒いでるけど、私は金髪が誰だかなんて知らない。だって名乗られてないから。
青髪が言ってた通り、私は現在の王様の名前すら覚えるつもりはないのだ。
だから金髪はもちろん、その側近候補の貴方たちの名前だって覚えてあげない。
「名乗られてないのでどこの誰だが知りませんが、もしもいるなら婚約者さんをお大事に!
浮気相手は切らないと、そのうち大変なことになりますよ!」
大声で叫んで逃げ出した。
金髪よ、健気で可愛いドーラのためにもいますぐ浮気を止めるのだ。
その上でもしドーラが許してあげるなら、いつか名前を覚えてあげなくはないぞ。
そんな感じに私はちょっと良いことしました風にさっそうと学園を飛び出した。
そしてほとぼりが覚めるころまで王都の本屋さんで時間を潰して、帰ってきた時には大変なことになっていた。
まず王子の側近の緑頭が王子の浮気相手に刺されていた。
そして赤頭が逆に王子の浮気相手に怪我をさせて捕まっていた。
青頭は逃げ出し、王子は両手の指で足りない人数の浮気相手に吊し上げを食らっていた。
ドーラは虚ろな目をして笑っていた。
レイシーは泣いていた。どうやら緑頭の婚約者候補だったらしく、ひそかに憧れていたそうだ。
それが王子と浮気相手をシェアしてたとか……。
あとでやり返してやろうと思っていたクライスラー先生も、なんでか責任取らされて辞職してたし。
もうなんというか、辺り一面の地獄絵図であった。
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「しっかし入学してから2ヶ月たってないのに浮気相手10人以上とか、とんでもない王子だったね」
お母様へのお手紙をちょこっと手直ししながら、ドーラたちに話をふる。
今回の騒動は、きっとお祖父様経由ですぐ伝わってしまう。なのでできるだけ正確に、だけどそんなに大きな騒動にはならなかった風に脚色してみる。
「おかげで王家側の有責で婚約解消もできて、お父様もお母様も喜んでいましたわ」
「私の家も、まだ正式なものではありませんでしたが、少しばかり包んで頂いたみたい」
良かった。どうやら2人とも吹っ切れたみたい。
最初は第3王子にお灸をすえてドーラとの仲を取り持てればいいな、くらいの気持ちであったのだ。
それが王子様以外にも飛び火してなぜだか学園中の浮気男が大炎上。婚約破棄・解消の連鎖がいまだ止まらない状況なのだ。
いま現在、解っている限りでも30組以上のカップルが破局したらしい。
ほんとどうしようこれ。私だけのせいじゃないよね?
「昨日は新聞社の取材も来てたみたいですわ」
えっ、ちょっとそれはまずい。ロイヤーがどんなに田舎でも、さすがに新聞は届いてしまう。
あせる私にレイシーがふふふと笑った。
「でも残念なことに、誰も王子と言い争っていた女の子を知らなかったの。
私たち1年Aクラスは誰も答えなかったし、ほかの1年生もクラス分けテスト前は平民の自習室にいたってことしか知らなかったみたい」
クライスラー先生のおかげね、とドーラが黒く笑う。
「なのにAクラスの平民特化生は2人とも違うし、ほかのクラスにも該当者はいないの」
ドーラとレイシーがそっと私の手を握る。
「だからリリーの名前はどこにも出ないから安心して」
なんだよもー。あふれる涙を誤魔化すように2人を抱きしめてぎゅっと顔を押し付ける。
「だからほら、お母様へのお手紙を書き直しましょう。3人で考えればきっとリリーが怒られない流れに持っていけるはずよ」
私たちは一生懸命に頭をひねって、今回の騒動にリリーがまったく関係ないけど大変だったという手紙を半日かけて創りだし、翌日早朝にポストに投函した。
私たちはやりきったのだ。
その日の授業は3人で交代して睡眠をとり、放課後にノートをシェアして教えあったりした。
3人で先生になりきって授業をしたりでとっても楽しかった。
そして半月後。私は王都にきたお父様に特大のゲンコツを落とされた。
新聞には確かに私の名前は載ってなかった。
けど、私が語ったお母様のことやお父様をストーカー呼ばわりしたことはそのまま載っていたらしい。
なのでそれを読んだうちの家族には、すぐに私がやったのだとバレたみたい。
嘘はダメだと怒られた。
お父様はお母様への手紙を脚色したことを一番怒っていた。
そしてリリーが無事で良かったと抱きしめてくれた。
ちょっとおじさん臭がしたけれど、空気を読んで私も抱きしめ返した。
お父様、お母様とギリーの次に大好きです。
そして私への罰は、お小遣い半年間の現物支給の刑に決まった。
毎月お父様かお母様が私のお店の商品をお小遣いぶん持って来てくれるそうだ。
お母様に会えるのは嬉しいけど、来月からお小遣いどうしよう……。
■dasoku
次回は別視点回です。
学園恋愛物なのに、開始一ヶ月でほとんどの攻略対象がフェイドアウトした現状に茫然自失な謎の女の子のお話しになります。
あと口ではいろいろ言ってますが、リリーはお父様も大好きです。
結婚するならお父様みたいな人が良いとずっと言ってます。変化球ですが。
そのうち退場予定だったクライスラー先生は、どう考えてもやらかしが酷かったのでここでさよならになりました。
第3王子は一応まだ学園内に存在してます。
次々回からようやくお店関連に話を膨らませられそうです。
長かった……。
リリーは良い子なので友達に売りつけたりはしないので、その点はご安心を。
現物支給はお母様の案なので、ちゃんと逃げ道は用意してあります。
最後に、楽しんで頂けたら、評価よろしくお願いします。