自習室でなんか浮いてる気はしてました
■ep2
「先生、質問があります」
「何ですか、リリアーヌ君」
「王立学園をできる限りはやく卒業するにはどうすれば良いですか?」
初登校の日、私はいの一番に仮担任のクライスラー先生に質問した。
ギリーが私を探しにお店にきた日、私は気絶から復活したお父様にしこたま怒られた。夕ご飯のあとから朝ご飯の時間までずっとである。
途中でうっかり寝てしまったが、起きてもまだ怒っていた。カンカンであった。
そのあとお母様立会のもとで何とか独立の条件をすり合わせた結果、最低でも王立学園を問題を起こさずに卒業することが条件になった。
王立学園は3年制である。私は自分で言うのも何だが、どちらかといえば問題児よりである。3年間平和にすごす自信がない。なので問題を起こす前に卒業したいのだ。
もちろんお店にはやく帰りたいというのも理由である。
「…………」
クライスラー先生が黙って笑顔を浮かべる。あっ、これは馬鹿にされてる気がする。
でもここで怒って手を出したらたぶん問題になってしまう。そうすると独立できなくなるので我慢する。
「リリアーヌ君は半月も遅刻してきたから知らないかもしれませんが、1年生は来週にクラス分けの試験があります。
そこで高得点を取るかひとつの教科でも満点を取れば特化生として認められAクラスになります。
Aクラス生は飛び級認定の試験を受けられますよ」
なるほど? つまり良い成績を取れば飛び級できて、そのぶん早く卒業できると。言い方はイヤミだけど、ちゃんと教えてくれたのはありがたいのできちんとお礼を伝えた。
挨拶と御礼は人としてのマナーだってお母様が言ってたから。でも、顔の良い男は信用するなとも言ってたからクライスラー先生は信用しちゃダメな人だ。
お母様の言ってたことに間違いはない。信用して良いのはギリーくらいまでの顔面で、かつお父様くらいの紳士的な性格、そして私にお酒を勧めないひと。モニカの教えも混ざってるけどこれで間違いなさそう。
つまり紳士的でもない上に顔が良いクライスラー先生はダメダメだってこと。
今後はできるだけ近づかないようにしよう。
成人したら不労所得で食べていくつもりだったから、貴族として生きるつもりがまるで無かった。なので王国史はまるで分からない。王族どころかたまに遊びにくるお母様の実家の人以外の貴族を誰ひとり知らない。
何でもお母様とお父様はいまの王様に嫌われているらしく、そのせいでお付き合いを控えているのだそうだ。
「社交しなくてよいからラクー」と心からの笑顔を浮かべてお母様が言っていた。私も良い感じに王様に嫌われたいと思う。
話がそれた。王国史以外も算術と地理以外は自信がない。家庭教師の先生が長所を伸ばすタイプの人だったから、得意科目はとことん教えてくれた。
つまり算術と地理で特化生を目指すしかないということだ。
あと、さすがにテストで白紙はまずそうだから王国史もちょっと勉強しよう。
そんな感じでテストまでの2週間、私はほかの1年生とともに自習室にこもって一夜漬けに励んだ。
幸いにして、過去の問題集をまとめた冊子があったので自分のおおよその学力は分かった。
まあなんとかなるだろう。
そうして私は王立学園にAクラスとして入学した。
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「あなた、私達の自習室にいなかったと思うのだけど平民の人かしら?」
教室に入って空いていそうな最前列の席に座ると、綺麗な髪を綺麗に結上げたお嬢様が声を掛けてきた。
たぶん身の回りの世話をする侍女を連れてこれた高位貴族のご令嬢だと思う。
「いえ、私は子爵家の娘です」
お母様のマナー講座によると、このような問い掛けは高位の貴族がよくやる引っ掛けなのだそうだ。通常貴族は位の高い側から話しかけ、位の低いものから話しかけることは無礼に当たるとされている。
だから今回の場合も私はこの人の問い掛けに答えることは問題ない。
だが、名前を名乗ることは許されていない。
名前を名乗ることを許されるのは、相手が名前を明かしたときのみ。今回の場合は貴族か平民かしか聞かれてないからそれしか答えられない。
「子爵家の」と入れたのは相手の聞き返す手間を考えてのものだから失礼には当たらない。
ここで「ロイヤー子爵の」と返してしまったら、聞かれてもいないのに家名を売り込もうとした礼儀知らずとされてしまう。
貴族はとても面倒なのである。
「ドロシア様が聞いているのです。名前を答えなさい」
取り巻きっぽい人が名前を聞いてきた。あ、ドロシア様(?)が赤くなった。どうやら自分が言葉足らずだったことに気付いたみたいで取り巻きの人の袖をくいくい引っ張って止めている。ちょっと可愛い。
「失礼しました。私はリリアーヌ・ロイヤーです。王国の東端にあるロイヤー子爵領からきました」
教室にいるほかの人たちからも見られていたので、手間を省くために自己紹介しておく。これでほかの様子見していた人から話しかけてくることが減るだろう。
「順番があべこべでごめんなさい。私はドロシア・フィッシャー。フィッシャー侯爵家の娘です」
あ、取り巻きの人も気付いたみたい。ドロシア様と同じくらい赤くなった。
「ごめんなさい。私はレイチェル・アルレーです。アルレー伯爵家の娘なの」
聞けばAクラスは通常、家庭教師を雇える貴族の子供しかいないのだが、今年は2人も平民の子供が入学を果たしたとのこと。マナーの問題もあるが、平民はこの学園ではとにかくたいへんだから誰よりも早く声を掛けていろいろと教えようとしていたのだそうだ。
そして性格が合えばレイチェル様みたいにお友達になって欲しかったとか。友達と言われた瞬間、レイチェル様めっちゃ照れてた。ごめんなさい、レイチェル様のこと取り巻きだと思ってました。
「リリアーヌ様はおぐしが短かったから、それもあってそうなのかな、と思って。間違えてご免なさい」
「ああこれですか? これは12歳の時に限界まで前借りしたお小遣いでも足りないものを買うために売っ払ってしまいました。イガ栗みたいな頭になったのを見て、お父様が泣くは怒るはでもう大変でした」
あのときもしこたま怒られたっけ。お母様が泣いてしまったので本当に反省した。次やろうとしたときは、必ずお母様に相談するよう涙を浮かべながら言われてさすがの私も堪えた。たぶんもうやらない。
あっはっはー、と笑って話したのに反応がない。見るとドロシア様とレイチェル様が固まっていた。
モニカの話では、髪を切るにしても女性らしさをたもつ程度には髪を残すのが普通で、お金になるからと限界まで短く切る人は見たことがないと大笑いしていた。町の食堂でも披露するたびに大笑いで私の鉄板ネタだったのだが、ドロシア様たちには効かなかったみたいだ。
お母様もそうだが貴族女性はむずかしい。
「でもでも、髪が短いととっても便利なんですよ。長い時にくらべて洗うのが何倍も楽だし、朝起きて整えるのだって一人で出来ちゃいますし。学園にきて寮に入ってからは特にそう思います」
一生懸命短髪のよさを説明しても伝わらない。お母様だって私が楽そうなのを見て、肩に当たるかくらいの長さに切り揃えてからは一切伸ばすことが無くなったくらい便利なのに。お父様はまた泣いてたけど、お母様は何をしても変わらないくらい美人だから、何日か後にはまたお母様にめろめろないつもの父に戻っていた。
そういえばあの後、久々にお母様に会いに来たお祖父様が、お父様に殴りかかっていたっけ。やっぱり貴族の女性は髪を短くしないみたい。
「リリアーヌ様、私たちとお友達になりましょう。何故だが分かりませんが、貴女は平民のかた以上に放っておいたらいけない人な気がします」
ドロシア様が私の手を、両手で包むように掴んで離さない。ぐいっと迫ってきたその勢いに思わずこくりと頷いてしまう。そして何かやろうとするときは絶対に私たちに相談してからにしてくださいとお願いされてしまった。
言われていることはいまいち釈然としないけど、お母様と同じことを言ってくれたドロシア様とレイチェル様はなんとなく信用して良い人な気がする。
それに侯爵家令嬢の取り巻き(友達)その2というのは、子爵家令嬢の私にはまさにうってつけのポジションだと気付いてしまった。これはテンションが上がらざるをえない。
「あ、また変なことを考えている気がします。ちょっとリリアーヌ様、落ち着いてください。皆さんの前で抱きつかないで!」
「お友達なら私のことはリリーと呼んでください! 私もドーラとレイシーって呼びますから!」
「リリー! ドロシア様は侯爵家のかたなのだから様をお付けなさい。それにドロシア様の愛称はドロシーじゃなくて?」
「初めてのお友達ですもの、3人だけのときは呼び捨てがいいわ! それにドーラのほうがひびきが格好よくて大好き!」
「ああもう! 何でもよいですからリリーはいったん落ち着きなさい!」
そう、初めてのお友達なのだ。
領地では同年代の子供にはみんなちょっと遠巻きにされていた。
理由は分かっている。私がお母様の美貌を少しとはいえ受け継いでしまったロイヤー領はじまって以来の美少女だったからだ。しかも領主の娘でロイヤー領の天使と7歳の頃から噂されていた。物語によくいる深窓のご令嬢というやつである。
でもドーラもレイシーも私と同じくらいに美少女だ。それに性格も良さそうだし、最高のお友だちになれる気がする。
お母様も言っていた。もしお友だちができたらリリーの全力で愛してあげなさいって。間違っていたら全力で止めてあげて、そうじゃ無かったらなにがあっても全力で信じてあげなさいって。
こうして私はAクラスに編入した最初の日に、生まれて始めてできっと一生もののお友だちを2人も手に入れたのだった。
□dasoku
ロイヤー領でのリリーの評価は領主様の娘のやべー奴です。悪い子にしてたり不潔にしてると丸坊主にされると親世代にナマハゲ扱いされているため、領の子供たちは決して近づきません。
ロイヤー領の天使とはギリーのことです。
ギリーはギリ美少年。小さい頃は可愛かったというタイプ。リリーの中ではいまも可愛いまま。
世話を焼かれているのに、お姉ちゃんだからしっかりしないと、と思ってる。
ちなみにリリーは自分が美少女なのは自覚してる。お母様の娘なのだから当然と思ってる。
けどお母様至上主義で、お母様>>>>>>>>>>>>>>>>自分だと思ってる。
またお母様が最強なので、自分程度が人と美人さをくらべる意味はないと思ってる。
なのでお母様以外の美人=自分と同じくらいの美人と思ってます。ある意味で傲岸不遜です。
お色気お姉様のモニカも大好き。