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三下令嬢、わが道を逝く。  作者: 波月カジマ
1/6

特注フライパンはお小遣い1年分

■ep1


 いま自分になにが出来るのか。

 そう自問したとき、私の答えは「小銭稼ぎ」だった。


 ロイヤーの町を中心としたロイヤー地方を治める子爵家の長女として生まれた私は、幸か不幸か前世の記憶を持っていた。

 思い出したのは7歳の時。弟のおやつに豆を煎っていたとき、弾けた豆がおでこに命中したのだ。

 驚いた私はそのまま踏み台から足を踏み外し、キッチンの床にしたたかに頭を打った。

 根性で熱々のフライパンだけはそばで見ていた弟と逆方向にぶん投げたものの、その反動なのか煎っていたお豆はすべて私のもとへと降り注いできた。


「アツッ、アッツイアッアツ!」


 気をうしなう前、ふと頭に思い浮かんだのは「いまのリアクション、竜ちゃんみたい」という良くわからない感想だった。


 そんなこんなで前世の記憶らしきものを思い出したのだが、これがさっぱり役に立たなかった。

 何故かというと、まとまった記憶がぜんぜん無いのだ。町の屋台で買い食いした時に、「あっ、店主さん横山○ックにそっくり!」と思っても、その「横山○ック」が誰なのか分からない。

 そして○ックさんの屋台が豚串屋だったことにも、何故か「違う!」と憤りを感じてしまったのだ。


 私が私じゃなくなってしまったような感覚に、私は怖くなってお母様に泣きついた。

 可愛くて素直で弟の面倒もよくみて町のみんなに愛されている天使なリリアーヌ・ロイヤーはもしかしたら消えてしまったかもしれない。私はお母様の大好きなリリアーヌとは違う誰かに乗り移られてしまったのかも知れないと、涙ながらに訴えた。

 お母様は困ったように首をかしげて、いつものようにぽんぽんと膝をたたく。私はのそのそとソファによじ登り、お母様に膝枕してもらう。

 お母様にうながされて、私は前日にキッチンで頭を打ったこと。そして今日、町へ食べ歩きにいったこと。そして知らない誰かの記憶らしきものが思い浮かぶことを説明した。

 お母様は優しく頭をなでてくれながら、最後まで私の話を聞いてくれた。


「私の可愛いリリー、安心しなさい。あなたがちょっと人とは違うのは元からよ。

 忘れているかもしれないけれど、豚串屋のノックの髪型を変えたのはあなたなのよ。

 『ノックなのにカクガリじゃないのはおかしい』って言って無理やり変えさせたの、覚えてない?」


 私はハッと思い出した。

 あれは4歳の誕生日、ロイヤーの町で私の初のお披露目会が開催された日。そこで紹介された豚串屋のノックを見て、私はギャン泣きしたのだ。

 曰く、「名前がノックなのに、ぽっちゃりロン毛で髭モジャなのはおかしい」と。そしてこんこんと屋台やるなら髪を切ってヒゲを剃り、衛生的にしないと駄目だと説教した。

 そして毎日とは言わずとも出来るかぎり水浴びして綺麗にしろと。そのまま理髪店に連れていき、お父様のツケでノックの髪を角刈りにし、ヒゲを剃らせた。

 ヒゲを剃る男なんていないと駄々をこねていたが、領主(の娘)権限で押し通した。

 理髪店の店主が角刈りを知らなかったので、絵を描いて説明した。こんな髪型見たことないと難しい顔をされたので、王都の最新ファッションだから知らないと恥ずかしいと丸め込んだ。もちろん私は王都に行ったことはない。

 あとぽっちゃりなのも「ここの豚串を食べたら太る」と思われて致命的だからと減量を命じた。


 その後、小綺麗になったノックの屋台は女性客が増えてほんの少し売上も上がったらしい。そしてなんと嫁ができたと噂が広がり、ロイヤー領で角刈りブームが巻き起こったのだ。

 それでほかの屋台の店主たちも小綺麗になって、領内の食あたりが劇的に減ったとお父様に褒められた記憶があるようなないような……。

 あっ、商工ギルドのおじじたちに飴玉をもらってアドバイス求められたから、手洗いうがいとか体調悪いときはとりあえず酢を飲んどけとも言った気がする。


 うん、頭打つ前からなにも変わってないや。

 というよりお母様に言われるまでまるっと忘れていた自分の記憶力の無さに絶望した。豆の乾煎りだって、町では見たことないからたぶん前世の知識だ。

 というわけで私は私でした。


「リリーみたいに生まれる前の記憶を少しだけ残している人はたまにいるの。だから怖がらなくても大丈夫。なかにはその知識を活かして商売をしている人もいるそうよ。

 前の記憶に寄りそってもいいし活かすだけでもいい。まるごと無かったことにしても構わない。

 リリーの好きにしてよいのよ」


 そう言ってお母様は優しく頭を撫でてくれた。

 当時の私はその言葉にとても安心したのを覚えている。




 ということで話は振り出しに戻る。

 今をときめく15歳になった私は、考えに考えて思い至ったのだ。

 知識を売って上前をはねて、世の中をらくに生きていこうと。


 私は貴族とは言ってもしょせんは子爵家の令嬢だ。領民から見ればお嬢様だが、上にはもっとすごいお嬢様が山ほどいる。

 つまり私はお嬢様界の三下なのである。

 そんなわけで、安定した老後を迎えるためにもお金はあればあるほど良い。


 なのに私の前世の記憶はひどくあいまいでお金儲けに直結するものが少ない。

 それに小さい頃は飴玉ひとつで思いついた知識を披露していたため、かんたんにできるものはすでに再現済み。商工ギルドのおじじ許すまじ、である。


 きっかけはこんぺい糖だった。

 「大きなフライパンで砂糖水をじゃらじゃら焼いたらお星さまになっておいしい」という5歳の私のつたない表現では、おじじたちでは再現できなかったのだ。

 あとあと詳しく思い出したものの、その作り方はめちゃめちゃ大変でどうやっても個人で作るのでは採算が合わなかった。


 なので私は12歳の時、お父様からお小遣い3年分の前借りをしてお店を借りたのだ。

 そこに子育てが落ち着いて仕事を探していたノックの嫁のモニカを誘い、1年掛けてなんとか商品化にこぎ着けた。

 途中でお金が足りなくなり、弟のお小遣いも同意の上で徴収していたのがお母様にバレてとんでもなく怒られたのもよい思い出である。


 そんなわけで販売にこぎ着けたこんぺい糖はそこそこ売れた。

 だけどもうけは思った以上に少なかった。

 こんぺい糖はいかに大量に作れるとはいえ、作るのに半月もかかる。そのうえお店の維持費やモニカの賃金、次の商品を作るための貯金もしなくてはならない。

 おまけに初期費用の半分を巻き上……出してくれた弟にもお金を返しているため、手元にはほとんど残らない。


 それなのにわくわくした。わくわくしてしまったのである。

 そしてお小遣いが復活した今年、うはうはである。なんと、お小遣いの半額くらいが毎月余分に手に入るのである。

 これがこんぺい糖と他2つのたった3つ知識を商品化しただけで、である。


 つまり単純計算ではあるが、あと3つ商品化すればお小遣いと同じ金額を一生貰えるということになる。

 子爵家とはいえ貴族令嬢のお小遣いだ。ドレスまでは無理だがちょっとしたアクセサリーなら買えてしまうくらいは貰っている。

 だいたい平民男性のお給料と同じくらいだ。

 それをあと3つ考えるだけで、毎月貰えてしまうのである。


 お店で手売りする手間はちょっとあるが、一番面倒な作るところはモニカと新たに雇ったお手伝いさんがやってくれるのでそれに比べれば大したことではない。

 売り子を雇うと私の取り分が無くなってしまうのでまだ出来ない。



「てんちょー、ユズリ餅と赤豆ジャムのついかぶん出来たよー」

「グッドタイミングよアン、パン屋のメイヤーさんから赤豆ジャムの注文が入ってるから半ガロンぶん届けてきて」


 なので先月から手伝ってくれているモニカの娘のアンにはたいへん期待している。

 まだ10歳と幼いが、読み書き計算も教え込んである。私の代わりにお店に立つ日もそう遠くないであろう。

 ちなみにアンは、結婚前にモニカがノックに迫ってできた子らしい。モニカとノックは幼馴染みの関係らしいが「どんなに信用している相手でも、お酒を勧めた異性は信用しちゃ駄目よ」と、こんぺい糖を作りながら教えてくれた。深い。


 そんなこんなで私の人生は今のところ順風満帆である。

 現在の目標は、成人を迎えてお小遣いを貰えなくなる18歳までにお店を軌道に乗せて、お小遣いと同じくらいの不労所得を得ること。

 あと3年もあるのだ。楽勝である。たぶん。


「姉さんっ! やっぱりここにいた!」


 のんびりあくびを噛みしめていたら弟のギニアスが慌ててお店に入ってきた。


「どうしたのギニー、そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたも何で姉さんはここにいるんだよ!」


 ここにいたって自分で言っておきながら「何でいるの?」って、おかしなギリーね。

 私がころころと笑っているとギリーはとんでもないことを言い出した。


「姉さんは王立学園の入学式に合わせて王都に出掛けたはずだろう! なのに学園からまだ来ていないって知らせが来て。それを聞いた父上は倒れちゃうし姉さんの侍女のマリーは泣き出すしでとにかく一緒に来て!」


 王立学園? 入学式? なんのこと?


「姉さん先週、大きい荷物もって出掛けただろう。みんなで見送りもして。一人はあぶないから一緒に行くってマリーが言ったのに『これからは一人でなんでもしないとだから大丈夫』って言って」


 確かにそのやり取りは覚えてる。

 先月、本格的に商売をはじめるため本拠をお店に移したいと考えていたところ、お父様から「いよいよ一人暮らしだが、本当に大丈夫か?」と聞かれたのだ。

 何で知っているのかと思ったが、前々からお母様には独立する夢を伝えていた。なのでお母様経由で聞いたのだろうと「ちょっと寂しいけれど夢のためだからへっちゃらです。任せてくださいお父様」と答えた。

 お父様、ちょっと泣きそうになってたっけ。


 そしてその足でお母様に「お父様が独立を認めてくれた」と伝えに行った。

 お母様はちょっと不思議そうなお顔をしたけれど一緒に喜んでくれた。

 次の日には屋敷のみんなが知っていて「頑張ってください」と言ってくれた。ギリーも「来年には僕も行くから待ってて!」と言ってくれた。

 さすがに家を継ぐギリーはお店で雇えないけど、同じ町に住んでいるのだ。来年といわず好きな時に遊びに来てと返したはずだ。

 お屋敷の皆にも「いつでも遊びに来てね」と伝えたのに。


 それに王立学園は強制じゃない。

 将来爵位を継ぐ人や官職に就きたい人は王立学園の卒業が必須だけど、それ以外の人はお金もけっこう掛かるから行かない人も多い。だから私はもともと行く気が無かった。

 お父様も独立を認めてくれたし行かなくても良いのだと思ってたけど……。


「母上から伝言。学園いかないと父上はすぐにでも姉さんをお堅い家に嫁に出すかもって。そうするとお店も出来ない上にお小遣いもなくなるわよ、って」


「なにそれ聞いてない!?」


 こうして私は、安定した老後と私の大事なお小遣いを守るために王立学園に通うことになった。

 お店のことはお母様に私のお小遣い半月分でお願いした。






□dasoku

モニカは小さい頃から自分の面倒を見てくれていたノックが大好き。見た目がアレだったので自分が大人になるまでライバルなんて現れないと思っていた。なのにいきなり小綺麗になって周囲の人の見る目が変わってきたので焦って……の流れです。ノックはお酒弱いので信用できる人としか飲みません。分かって飲んでるので犯罪じゃないです。


ユズリ餅=わらび餅

赤豆ジャム=あんこ

メイヤーさんのお店の未来の看板商品=あんぱん


※漢字が連続するさいにわざと開いている場合があります。あと、リリー思考では開いてたり。指摘されても直さない場合はそうしたいのだと思って貰えるとありがたいです。


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