第2話 エルフのお姉さんって何か
異様な疲労感に体の重みを感じながらうっすらと目を開けると、視界にはいってくる暖かな木漏れ日と、かすかに感じる良い花の香り。
「・・・私たち、また・・・別の世界に・・・?」
ハルカがぼんやりとした視界のまま辺りを見渡すと、先ほどまでいた森とは違い、少し開けた所に自分が横たわっていることが確認できた。
先ほど感じた良い香りはそれだったのであろう、薄いオレンジ色の小さく可愛らしい花がたくさん、そよ風に揺られ、近くには大きな樹が1本だけポツンと佇んでいた。
「あれ・・・?」
徐々に開けてくる視界の先、ポツンと立っている樹の根元に、見知らぬ人物が座っていた。
風になびく長く美しいブロンドの髪に、青空に映える麦わら帽子。
各段に白く透明感のある美しい肌と、湖面にうつる青葉のようなグリーンの瞳。
そしてなにより、横に長く飛び出ている耳。
身体的特徴は自分たちに似通っているが、確かに人間ではなく、そしておそらく多くの人が知っているであろうその存在は、目を閉じたまま樹に頭をつけ、ただじっと座っている。
「・・・エルフ?」
神秘的な光景に心を奪われていたハルカは、体の重みも忘れて起き上がると、想像していたであろう異世界の住人の名を呟いた。
「・・・あら、気が付いたのね」
ハルカに気が付くと、聞くだけで安心するような心地よい声色と共に、こちらを振り返るエルフ。
「私はこの近くの町に住んでいるマリーというエルフよ」
「そこで何を・・・していたんですか・・・?」
不思議そうに見つめているハルカに、マリーと名乗ったエルフは、周りに咲いている花と同じものを樹の根元に添えると、静かに口を開けた。
「・・・ここには、私の大切な人が眠っているの」
初対面にも関わらず、余計なことを聞いてしまったかもしれないと思い、ハルカは戸惑った。
「ごめんなさい・・・、変なことを聞いてしまって・・・」
「いいえ、気にしないで」
どこか物思いにふけるような、そして寂しそうな目をしながら、手のひらをそっと樹に当てるマリー。
「・・・」
ハルカは手元にあった同じ花を1本摘むと、黙ってマリーの所まで歩み寄り、マリーが置いた花束のそばに添え、そっと目を閉じた。
「・・・あら、ありがとう。優しいのね」
「こちらこそ、助けていただいてありがとうございます」
「私は何もしていないわ、あなたたちを見つけたのは、そこにいるソーン」
「ソーン・・・?」
「えぇ」
そう言ってマリーは、さきほどまでハルカが横たわっていた場所を指さした。
ハルカが振り向き、目の前にいた存在を確認すると、にハルカの顔は絶望の色に染まっていく。
「あ・・・・、あぁ、あわ・・・・、し、鹿・・・・!!」
自分たちを追いかけまわし、この状況に追いやった元凶が、伸びている3人のすぐ頭上で、足を折りたたみ、目を閉じて静かに横たわっていた。
「マフユちゃん!! マフユちゃん助けてえぇぇーーーー!!」
ハルカが涙目になりながら、気絶しているマフユに近寄り亜音速で揺さぶっていると、マリーがきょとんとした顔でハルカに近寄ってくる。
「あら、大丈夫よ、その子は別に危ない子ではないわ」
「あ、あの鹿って、マリーさんの・・・」
「あの子はソーン。大切な私のパートナーで、鹿ではなくフォレストエルクという生物よ」
「フォレストエルク・・・? 危険な生物なんじゃ・・・」
「うっ・・・」
ハルカが怯えた表情でソーンと呼ばれた巨大生物から目を逸らさないまま、マリーと会話を続けようとしたとたん、震動を与えらている気持ち悪さで口を押えながらマフユが目を覚ました。
「マフユちゃん!!無事だったんですね!!」
「うっ、 うえぇ・・・」
喜びのあまり音速を超えたハルカの揺さぶりに、再度気絶する勢いで目を回しているマフユは、最後の気力をふり絞って揺さぶられた勢いのままハルカに強烈な頭突きをかました。
「やめなさい!!!」
「痛ああああああぁい!!!」
2人とも無事に起き上がったはずなのに、なぜか両方とも頭を押さえて転げまわっているという謎の状況にマリーはドン引きしつつ、新たに起き上がったマフユにも声をかけた。
「あ、あの・・・、大丈夫・・・?」
「ぜんっぜん大丈夫じゃないわ・・・、あなた誰なの?」
「私はマリー。この近くの町に住んでいるエルフよ」
「へぇ、エルフ・・・ そういえば耳が長いわね・・・ うっ・・・おえぇ・・・」
初対面のエルフに対して絶対見せてはいけないものを見せそうになり、マフユは口元を押さえてうつむいたまま、横目でマリーを眺める。
ハルカもそうであったが、エルフという存在に対して意外とリアクションが薄いマフユに、感心した顔を向けるマリー。
「あら、あなた達はエルフに対してそんなに驚かないのね?」
「ふふん、たかだかエルフ1人に驚く私ではないわ」
「マフユちゃん、そこ・・・」
「ん?」
やっと調子が回復して余裕を見せたマフユに、そのすぐ背後で横たわっているソーンをハルカが指さすと、マフユの表情は一瞬にして数秒前までのものより更に青く変化した。
「 」
「あ・・・、その子はソーンといって、私のパートナーよ」
「あなた達を発見して森からここまで運ぶのを手伝ってくれたの」
そう聞いた瞬間、目にも止まらぬスピードでマフユはマリーにも頭突きをかました。
「てめええええええぇ!!このくそエルフ!!お前が黒幕かあああああああぁ!!」
「ちっ、違うわ!ポーションの材料を集めるためにここに向かっていた途中で、ソーンが何かを感じ取ったようにいきなり走っていってしまったから、追いかけたらにあなた達が倒れてたのよ!」
「何が違うんだコラアアアアアァ!!私たちはあの鹿に追いかけまわされて気絶してたんだよおおおおおぉ!!」
マフユはマリーの胸ぐらをつかみ、自分と同じ目に合わせるべく光速を超える勢いで揺さぶっていると、ハルカが口を挟んだ。
「ポーションの材料?」
「え、えぇ、ここに生えているオレンジ色の花は、あるポーションの材料になるものなのよ・・・」
エルフといっても外部的な耐性は人間とほとんど変わらないようで、マフユによる怒りの揺さぶりによって目を回したままマリーは質問に答えた。
「そのポーションを使って、私たちの怪我を直してくれたんですか?」
「いいえ、ポーションを作るのにはそれなりに準備が必要なの。だから手元では作ることはできないわ」
「・・・それと、揺さぶるのだけやめてもらっていいかな?」
マリーがギブアップしたので、種族間異世界戦争の火種を生む前に解放してあげることにしたマフユ。
「まぁ、起こしてくれたのなら一応感謝しとくことにするわ」
「私もあなた達の症状は確認したのだけど、別に大きな怪我はしてなかったのよ」
「かなり深い気絶状態とでも言ったところかしら、よほどソーンが怖かったのかしら?」
「当たり前じゃないの!!あんなのに追いかけられたのよ!?」
「わ、悪かったわよ・・・。ソーンにも言い聞かせておくわ・・・」
また振り回されたいか?言わんばかりの表情で詰め寄られたマリーは、白旗降参とばかりに顔の前で持っていたオレンジ色の花を揺らした。
「・・・ところでこの草は、そのまま食べても回復効果はあるのかしら?」
「いいえ、そもそもこの花は回復効果ではなくて、ある神経的な刺激を与えるポーションの材料になるのよ」
「ポーションに加工せずに、そのまま食べてしまうと苦味で口の中が悲惨なことになるから、普通そのまま食べる人はいないわね」
「へぇ~、なるほどね」
そういってマフユはにやりと笑うと、不思議そうな顔をして眺めているハルカとマリーをよそに、そのあたりに生えている花をいくつかもぎ取り、完全に伸びてしまっているナツメの方に向かって、悪魔のような笑みを浮かながら、ひたひたと歩み寄っていくのだった。
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